第152話 二人だけの後夜祭


 翌日。


 俺は無事に退院した。入院といっても、泊まりで検査をするだけなので、それほど時間は取られなかった。


 そして訪れるのは、ブラッドリィ家。ブルーノ氏に招かれて、今日はこの屋敷にやってきた。


 現在の時刻は二十時半。すでに日は完全に暮れている。


 夏休みの終わりは、先輩とこの門で別れた。しかし今は、その時と違って哀愁はなかった。


 屋敷の扉をノックすると、ゆっくりと開く。


「レイ=ホワイトです」

「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」


 メイドの方の案内で、ある一室に通される。


「失礼します」


 丁寧に一礼をすると、室内に入っていく。


 そこにいたのは、ブルーノ=ブラッドリィ氏。以前あった時は、無精髭もあってやつれていたが、今日はしっかりと身なりを整えている。髭を剃り、やつれた頬も幾分か良くなっている。


「久しぶりだね。レイ=ホワイトくん」

「ブルーノさん。その節はどうも」

「まずはかけてほしい」

「はい。失礼します」


 ブルーノさんの向かいのソファーに腰かけると、すでにテーブルには紅茶が二人分置いてあった。淹れたてのようで、湯気が立っている。


「この度は、娘のために……本当にすまなかった」


 頭を下げる。


 それも、膝につきそうなほどに深く。


 彼が行ってきたことは、全てレベッカ先輩のためだった。だから俺は、その行動を責める気にはなれなかった。


 大切な人を守りたいという気持ちは痛いほど分かるから。


「頭を上げてください。自分は、成すべきことを成しただけです」

「……そうか。いや、本当に感謝する。君がいなければ、レベッカはきっと……いつか壊れていただろう」

魔術領域暴走オーバーヒートの件でしたら、大丈夫かと。制御はしっかりとしていますので」

「感謝する……本当に」


 改めて、ブルーノさんは頭を下げた。


 俺はそれを受け入れる。


 今まで守れたものより、失ったものの方が多かった。しかし、今はこうして大切な人を守ることができた。それだけで俺は、満足だった。


「さて。謝礼だが……なんでも言ってほしい。最善を尽くそう」

「いえ。自分はそのために、先輩を救ったわけではないですから」

「しかし……」

「いいのです。あなたも娘のために最善を尽くし、自分も敬愛すべき先輩のために最善を尽くした。その事実だけがあれば、自分は十分です。何も必要はありません」

「……立派だな。君は」

「いえ。まだまだ浅学の身の上です」


 一息つく。


 ブルーノさんは、ふっと微かに微笑んだ。

 

 それは優しい笑みだった。


「それと、レベッカの件だが……今はおかげさまで、異常もないようで退院している。家にいるが、会っていくかい?」

「いいのですか?」

「あぁ。娘もそれを望んでいるだろう」


 打って変わって真剣な表情になる。


 そして彼は、語り始める。


「少しだけ、昔話をしようか。上の兄は、歳が離れているため特に下の娘たちには影響はなかった。だが、レベッカとマリアは違った。二人はあまりにも仲が良く……そしてよく比較された」

「……」

「私はどうするべきか、分からなかった。娘たちにどう接していけばいいのか、見当もつかなかった。そうして迷っている間に、レベッカは淑女に成長し……マリアは荒れてしまった。私は、いつも娘を前にすると厳格な父でいようと思って……厳しくなってしまう。ははは、不器用なものだよ」

「いえ。そんなことは」


 きっとそれは、愛ゆえに……だろう。


 娘との接し方がわからない。だが、三大貴族の当主として厳格な姿を見せ続けないといけない。


 ブルーノさんはきっと、父親と当主の二つの狭間で彷徨さまよっていたのではないかと思う。


「レベッカのことを知った時は、動転したよ。まさかの自分の娘が、そうなるとは……夢にも思っていなかったからね。そこで、急遽になるが、虚構の魔術師に依頼して、君を巻き込む形になってしまった」

「そう……でしたか」

「レベッカはよくできた娘だ。本当に、私は何もしていない。ただ健やかに、幸せになって欲しいと。子どもたちにはそう思っている」

「きっといつか伝わると思いますよ」

「はは。そうだといいのだがね」


 その苦笑いは、どこか親しみがこもっているような気がした。


 子どもを深く愛しているのが、些細な所作から感じ取れる。


「婚約の件は、どうするのですか?」

「……卒業と同時にでも、破棄するさ。色々と理由をつけて。もともとは、虚構の案だったからね。私としては心苦しい選択だったが……今となっては、致し方あるまい」

「そうですね」

「さて。年寄りの話はこれまでだ。娘の部屋には、メイドに案内させよう」

「分かりました。失礼します」


 立ち上がり、部屋を去ろうとするとブルーノさんは最後に何かを言おうとした。


「レイ=ホワイトくん。もし君が良ければ……いや、これは当人たちの選択に任せるべきか。何でもない。またいつか、君と会えることを楽しみにしているよ」

「はい。それでは、またいずれ。失礼します」


 その場で丁寧に一礼をすると、ドアの前に立っていたメイドの方に案内されて、先輩の部屋へと向かう。


「こちらになります」

「ありがとうございます」


 部屋に案内され、ノックをしようかと思っていると……中からはレベッカ先輩とマリアの声が聞こえて来た。



「だーかーらー! こっちの方がいいって言ってるでしょ!?」

「マリアはいつも身勝手! 私はこっちがいいの!」

「自分から聞いてきたくせに! じゃあ聞かなきゃいいじゃん!」

「他人の意見は大事です。でも、マリアとは感性が合いません!」

「あっそ!」



 バンッと扉が開くと、マリアは呆然とした顔で俺を見つめる。


「あ……そっか。レイ、来てたんだね」

「あぁ。喧嘩か?」

「それがさぁ〜。聞いてよ! お姉ちゃんが、自分の漫画について意見を聞きたいから、意見したらさぁ〜。なんか逆ギレしてさぁ〜」

「ちょっとマリア! レイさんにおかしなことを言わないでください!」


 二人の関係は、変わった。それはきっと、良い方向に。


 先輩とマリアは本音で話せるようになったみたいだ。


 この二人に関しては、喧嘩するほど仲がいい……というのは間違い無いだろう。


「じゃ、私はこれで失礼するわ。お姉ちゃん」

「な、何?」

「私はお邪魔だから、失礼するね」

「もう! からかわないで!」


 飄々とした様子で、手をぷらぷらと振ると去っていくマリア。


 そんな様子を横目で見ていると、先輩と視線が交差する。


「あ……その。入りますか?」

「はい。失礼します」


 室内に入り、椅子に座る。そうして改めて、先輩と向かい合う。


「その……今回の件ですが」

「はい」

「本当にありがとうございました」


 ペコリと丁寧に頭を下げる先輩。


 感謝されるのは嬉しい。だが俺は、先輩のためとはいえ……その心を傷つけてしまった。だから、素直にその感謝を受け取ることはできなかった。


「いえ……自分は、先輩を傷つけてしまったので……」

「必要なことだったのでしょう? 父から全て聞きました」

「……そう、でしたか。それでも、傷つけたのは事実です」


 と、申し訳ない気持ちでいっぱいだった俺がそういうと先輩は逆にこう言ってきた。




「じゃあ、責任……とってくれますか?」




 上目遣いで、顔を微かに赤く染めながら。


 それはどこか妖艶というか、今まで見たことのないレベッカ先輩だった。


「責任でしょうか」

「はい」

「一体、何をすれば……?」

「そうですね。今から学院に行きませんか?」

「今から……ですか。しかし、もうかなり暗くなっていると思いますが」

「だからこそ、です」


 先輩の提案を受け入れると、俺たちはさっそく学院に向かう。


 今日は文化祭の振替休日。それに時刻は、ブルーノさんの予定に合わせたので、夜遅い。と言ってもまだ、二十一時前だが。


 学院へ伸びる坂を、二人で登る。


 そんな中、文化祭での思い出を語る。


 先輩は嬉しそうに色々と話してくれた。中でもミスコンのことは、今でも怒っているらしい。きっとディーナ先輩はレベッカ先輩に怒られてしまうのだろうが……それもまた、いい変化なのだろう。


 そして、たどり着いた学院。


 校庭には後夜祭の痕跡は何も残ってはいなかった。


 心残りがあるとすれば、後夜祭に出ることができなかったことだろう。


 そんな風に思っていると先輩が手を差し出してくる。


「先輩?」

「後夜祭。出ることはできませんでしたね」

「はい。残念です」

「だから今ここで、二人きりで後夜祭をしましょう」


 ニコリと微笑む。


 月明かりに照らせれている先輩は、やはりいつものように麗しい。


「具体的には何を?」

「踊りましょう」

「ダンスですか」

「はい。できますか?」

「そうですね……人並みには」

「それは、良かったです。では、お手を」

「はい」


 先輩の手を取る。


 その薄くて柔らかい手を、しっかりと握る。


 そして二人で、何の音楽もなく、明かりもない校庭でダンスを踊る。


 そこにあるのは、いつものように綺麗な月明かりだけ。


 ステップを合わせながら、先輩の手を取って、クルクルと回り続ける。


「レイさん」

「何でしょうか」


 踊っている最中に、レベッカ先輩が話しかけてくる。


「あなたはやっぱり、とても不思議で……そして、誰よりも優しい人ですね」

「恐縮です」

「それに、冰剣の魔術師だったのは……本当に驚きました」

「……そうですね。無理もないかと」

「もしもの話ですが」


 先輩は少しだけ顔を俯かせるが、すぐに顔を上げる。その瞳は少しだけ潤んでいて、いつもよりも大人びていた。




「また私に何かあれば、助けてくれますか?」




 その目は、何かを求めているようだった。


 もちろん、その問いの答えは決まっている。


「当たり前です。先輩は自分にとって、尊敬すべき素晴らしき人ですから」

「……」


 下を向いて、ボソッと何かを言ったみたいだが……よく聞こえなかったので、聞き返す。


「すみません。今、何と?」

「……何でもないですっ! さ、もっと踊りましょう!」

「うわっ!」


 先輩にリードされて、俺たちは回り続ける。


 この月明かりのもとで、くるくると。


 世界は回り続ける。


 そして俺たちもまた、回り続ける。


 ──この素晴らしき人生を、巡るように。




 ◇




「あ。レベッカ先輩。おはようございます」


 ペコリと頭を下げるアメリア。彼女は今日は日直のため、早めに登校していた。そんな時、ばったりとレベッカと出会う。


 レベッカはレイが入部する際に作った花壇で、花に水やりをしていた。


「アメリアさん。おはようございます」


 ──相変わらず、綺麗な人だわ。


 朝日に照らされるレベッカを見て、アメリアは純粋にそう思った。


「今日は水やり当番でして。朝からお花に水をあげているのです」

「そうでしたか」

「はい。レイさんが作ってくれた花壇ですよ」

「へぇ……レイってば、何でもできますよね」

「ふふ。そうですね。彼ってば──」


 と、レベッカはレイとの思い出をアメリアに語り始めた。


 するとアメリアの顔は徐々に歪んでくる。


「へ、へぇ〜。前から思っていましたけど、仲がいいんですねぇ〜」

「そんなことは。アメリアさんには敵いませんよ。えぇ」

「いえいえ。謙遜しなくとも」


 ニコニコと笑っているが、その目が笑っていないことにアメリアは気がついていた。


「あ。でも実は、昨日……レイさんと二人きりで夜を過ごしまして」

「え!?」

「ふふ。二人で手を取り合いながら、ダンスに興じました。とても楽しかったですよ?」


 ニコリといつものように人の良さそうな笑みを浮かべる。


 だがその目は依然として決して、笑ってはいない。


 いうならばこれは牽制。すでに乙女同士の戦いは、始まっているのだ。


「わ、私だって! 魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの時には、抱きしめてもらいましたし!? 一緒に生きていこうって言われましたし!?」

「なるほど。なるほど。それはとても、素晴らしい友情、、ですね」


 敢えて友情、という言葉を使ったその意味を分からないほど、アメリアは察しが悪くない。


 半眼でじっとレベッカを見つめる。


「……苦労しますよ。レイって意外にモテますし」

「えぇ。でも、それを受け入れる器が重要なのでは?」


 互いに睨み合う。が、アメリアはスッと右手を差し出した。


「負けませんよ」

「私もです。こう見えて、負けず嫌いなので」


 しっかりと交わす握手。


 別に互いに相手のことは嫌いではない。


 これからは、強敵ライバルとして戦っていくのだと二人はそう思っていた。


 そんなアメリアとレベッカの表情は、晴れやかだった。


 そうして、アメリアは頭を下げてその場から去っていく。


「では、失礼します」

「えぇ。ご機嫌よう」


 レイを巡る戦いもまた、密かに幕を上げる。


 きっとそれは、いつか大きな波乱を巻き起こすことになるのは……間違いなかった。




 ◇




 秋。


 本格的に秋がやって来た。


 制服も夏用から、冬用へと切り替わりすっかりと肌寒くなった。


 今はちょうど紅葉が綺麗な時期で、近いうちに散歩でもして見に行こうかと思っている。


 周囲の木々は葉を落とし、落ち葉を踏みしめることが多くなった日々。季節の巡りをはっきりと感じるこの王国は、やはり美しいと思う。


 そうして、放課後。


 俺はいつものように、部活をしてから寮に戻ろうとすると……正門に見知った人間が一人、ポツンと立っていた。


 長い白金プラチナの髪を後ろで一つにまとめている。いわゆる、ポニーテールというやつだ。彼女のその姿を見るのは、新鮮だった。


「アリアーヌ。どうした、こんなところで」

「レイ! 待っていたんですのよ!」

「俺に用事か?」

「厳密には、レイとアメリアですわね」

「して、その用事とは?」


 そう尋ねると、アリアーヌは高らかに声を上げた。



「わたくしと一緒に、大規模魔術戦マギクス・ウォーに出て欲しいんですの!」

「……大規模魔術戦マギクス・ウォー?」



 再び新しい日々が、幕を開けようとしていた──。




 ◇




 三章 麗しき花嫁 終

 四章 友情の果てに 続



 ・あとがき


 三章無事に終了いたしました!

 以下、長文になります。ご容赦下さい。


 三章は始まったのが1月23日なので、連載期間は約2ヶ月ですね。相変わらず、書き過ぎる癖は治らないようで……。

 冗長な面、拙い面なども多々あったかとは思いますが、少しでも三章を楽しんでいただけたのなら、作者として嬉しい限りです。


 さて、軽く三章を振り返ります。

 やはり一番やりたかったのは、エヴァンとリーゼロッテのミスリードですね。年末年始に思いついて、上手くできたかと思います(バレないかと、ヒヤヒヤしていましたが 笑)。ただもう少し伏線を綺麗に撒けたらなぁ……と反省中です。他にも反省点は多々あるのですが、そこは自分で振り返っておきます……! (ここまで書籍化すれば、色々と修正すると思います)


 そして、ブラッドリィ姉妹の和解もやりたいテーマの一つでした。きっとレベッカとマリアはこれから、新しい関係を築いていくのでしょう。昔と違い、喧嘩も多くなると思いますが(笑。こちらも無事に終えることができて良かったです。


 レイに関しては、さらに謎が深まった感じですね。それは後々回収していきます。女装回はまたやってしまいましたね(笑。四章は流石に自重しますが! いや、自重しますよ……?


 それと書いていて、リーゼロッテのキャラが個人的にかなり好みになったので、四章でも出そうかと考え中です。彼女は虚構の中で、きっとこれからも自分を探していきます。レイたちと出会うことで、リーゼロッテにも変化が出ればいいのですが。


 最後に、アメリアとレベッカは互いの気持ちを自覚して、乙女の戦いを繰り広げていくようですが……果たしてどうなることやら。



 さて、四章ですがタイトルは【友情の果てに】で、メインはアリアーヌです! しかし、今回はもう一人のキャラにも焦点を当てますので、そちらもお楽しみにしていただければ。


 今回は二章とは違って、団体戦。もちろん二章との差別化は図っていきます。さらに、レイもついに表舞台に出てくる予定なので、ご期待ください!



 また、改めて読者の皆様に感謝の言葉を。現在は、多くの読者の方が更新を追いかけてくれているようで、本当に感謝しかありません。改めて考えると、本当に多くの方に読んでいただいているようで……。


 皆様の応援があったからこそ、私も毎日こうして書き続けることができています。本当にありがとうございます。気がつけば、5ヶ月で65万字も書いていました 笑。


 ちなみに毎日更新の最中、書籍化作業はほぼ終了し、店舗ごとの特典もすでに仕上げました(まだやることは、多いですが 汗)。発売日などもいずれ報告しようと思います。コミカライズの方も進行していますので、近いうちにTwitterなどで共有できればと! (是非、フォローお願いします!)→Twitterアカウント【御子柴奈々】【@mikoshiba_nana】


 現在、私のツイッター上でヒロインの人気投票もしているので、是非ご参加ください!(三日間ほど)


 長々となりましたが、今後もWeb版の毎日更新は続けていきますので(もはや、ライフスタイルの一部に 笑)、本作をよろしくお願いします!



 それではまた四章で!

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