第145話 十年ぶりの邂逅


 文化祭。


 アーノルド魔術学院の文化祭が始まったと同時に、二人の男が敷地内に侵入する。


「よう、モルス」

「……パラさん。それは?」


 モルスにパラ。二人は来るべきの日のために、こうして下見にやって来ていた。


「あ? 焼き鳥に、とうもろこしだが?」

「……美味しそうですね」

「お前も食うか?」


 焼き鳥を一本だけ差し出されて、モルスはそれを受け取る。


「ありがとうございます」


 パクリと一口。


 タレの豊潤な風味と、少し焦げた焼き鳥の旨味が広がる。あっという間にそれを全て食べると、串を近くにあったゴミ箱に捨てる。


「なるほど。美味しいですね」

「だろ?」


 ニヤリと笑うパラ。彼は大量に買い込んだ食料を食べ続ける。と言っても、二人がやってきた目的は別に文化祭を楽しむことではない。


 これは下準備。


 最終局面は、この学院で起こることは分かっている。いや、それはモルスが相手の思惑に乗っている……とでもいうべきか。


 そのために、二人は文化祭を利用してこの学院の地形を改めて把握しようとしているのだ。


「さて、と」

「お。どこか行くのか?」

「レイ=ホワイトを見にいきましょう」

「どこにいるのか知っているのか?」

「えぇ」


 モルスがポケットから取り出すのは、一枚のチラシ。それを見たパラは、怪訝な表情を浮かべる。


「は? 伝説のメイドが現れるって……なんだそりゃ」

「この伝説のメイドが、レイ=ホワイトらしいですよ。調べた情報によると」

「……ははは! 冗談きついぜ! なんだ女装でもするのか?」

「それを確かめに行きましょう」


 パラは一蹴した。


 どうせ、子どものお遊び程度だろうと。彼はそう思っていた。一方のモルスは、手に入れた情報を確かめるためにも……レイ達の教室へと向かう。


 もちろん、中には入らない。不用意な接触は、避けておきたいからだ。


 そして二人がそこで見たのは……。


「おいおい。一人だけ、とんでもねぇ美人がいるじゃねぇか。モデルか?」

「いえ。あれがレイ=ホワイトです。名義は、リリィーだとか」

「は?」

第一質料プリママテリアを探れば分かりますよ」


 じっと目を凝らして、リリィーから漂う第一質料プリママテリアを一瞬だけ補足。


 パラはその直後、顔が引きつるのだった。


「ま、まじなのか?」

「えぇ。彼は、変態メタモルフォーゼの使い手のようです」

「……変態メタモルフォーゼ? まさか……」

「はい。聖級魔術です」

「……マジかよ」


 魔術の中でも最高峰に位置する聖級魔術。


 変態メタモルフォーゼは肉体を変化させる魔術だが、その使い手はほとんどいない。そのため、分類としては変態メタモルフォーゼは聖級魔術に分類される。


 またこの魔術は、求められるスキルが異常に高い。変質、という点においてもかなりの難度だがそれを固定しておくのはさらに難しい。


 レイは、冰剣の本質である固定を利用しているのだが、やはりそれは【冰剣の魔術師】である彼だからこそ、出来ることである。


 といっても、その変態メタモルフォーゼの異質さを理解できるのは最上位の魔術に限られるのだが。


「……行きましょう。とりあえず、視察は終わりです」

「レベッカ=ブラッドリィはいいのか?」

「そちらはいいでしょう。当日になれば、あちらが準備しているでしょうから」

「は。敵も随分と甘い奴だな」

「……そうだといいのですが」


 二人は学院での視察を終えると、いつものように隠れ家に向かう。



「で、当日の予定は?」


 夜の帳が下り、暗闇の時刻となった。二人はいつものように地下室に向かうと、そこで酒を飲む。


 モルスは適量だが、パラはいつものように大量にアルコールを摂取する。


「当日、パラさんはレイ=ホワイトの対処をお願いします」

「タイミングは?」

「レベッカ=ブラッドリィの封印後で構いません」

「邪魔するのは無しなんだよな?」

「えぇ。彼女は今のままでは使い物にならないので。冰剣の能力でおそらく、封印するつもりなのでしょう。向こうの筋書きとしては」

「なるほど。なら、封印後に冰剣を殺して、レベッカ=ブラッドリィを確保すればいいんだな?」

「はい」


 モルスは酒を呷る。


 トン、とグラスをテーブルに置くと目つきがさらに鋭いものになっていく。


「あちらの思考は読めています。これはいわば、チェスと同じです。この王国という盤上でそれぞれのピースを動かせばいい」

「だが、あっちの方がピースの数は上だろう?」

「えぇ。しかし、それは私とあなたで十分に補える。それに奴は、絶対に私との直接対決を望んでいます」

「その理由は? まだ聞いてなかったよな」


 彼は過去を少しだけ想起する。どこか焦点の合わないような目で、遠くを見据える。


「因縁……なのですよ」

「十年前のか?」

「はい。私は彼女、、と恋人でした」

「は、なんだよ。痴情のもつれか?」

「いえ。そんなものではありません」


 モルスは語る。その過去を。


 どうして相手との因縁が十年にも渡って続いているのか。


 そのすべてを語り尽くした。


 パラはそれを黙って聞いていた。モルスの感情的になる姿は、初めてだった。そして悟る。その復讐心は本物であると。決して、ただの痴情のもつれなどではない。その因果は決して、千切れることはないのだと。彼は理解した。


「……以上になります」

「そっか。そういうことか。お前がそこまで固執する理由も理解できた。あとは、俺とお前がそれぞれの仕事をこなせば、こっちの勝ちか」


 パラは冷静にそう言った。


 この手のものは別に珍しいことではない。ただ少しだけ、モルスの気持ちを理解することができたのだ。


「はい。そうなります」

「先代の冰剣、それに灼熱と幻惑対策は?」

「そちらは物量に任せようかと。大丈夫です。どちらも一対一の舞台を用意しています。相手もそれは分かっているはずだ」

「そうかよ」

「では、幸運を」


 そこでモルスとパラは別れた。


 全ての情報は共有した。


 この作戦の最後までの道筋は、すでに明確に、はっきりと見えている。


 あとは実行するだけ。


 そうして、パラは地下室を出ていき、モルスは震える手でグラスを掴む。


 ここまで、やっとここまできたと。


 彼女にたどり着くために、十年前の因縁を果たすために、やっとたどり着いたのだ。そして絶対に、奴を殺す……と。


 そう改めて誓うと、モルスもまた地下室を後にするのだった。




 ◇




 反響。


 コツコツと地面をブーツで踏み締める音が響き渡る。


 アーノルド魔術学院には非常用の通路として、膨大な地下空間が広がっている。この情報を知るのは、この学院の教員とその他の上位魔術師のみ。だがそれはもともと、非常用に使ったものではない。


 地下空間の上に、学院を後から作ったという方が正しい。


 ここに入るには、特殊なキーを必要とするのだが、モルスはそれを所持していた。いわばそれは、彼女からの贈り物だった。


 彼は難なくこの場にやってくると、真っ直ぐ前を見据えてただひたすらに進む。


 現在の時刻は、二十時を回っている。


 パラもまた、きっとすでに冰剣と戦っているに違いない。彼はそう思いながら、進んでいくと……影が見えた。


 それは人影。


 知っている。


 知っているとも。


 モルスはその姿を知っている。




 なぜならばそれは、彼と全く同じ姿、、、、、、、をしているのだから。





「久しぶりだね。今はモルス、という名前だったかな?」

「……」


 相手が彼に話しかける。


 まるでこれは雑談と言わんばかりに、陽気な姿でそう語りかけてくるのだ。


 モルスはただ、まるで何も映っていないかのような暗い瞳で相手を見据える。



「いや、こういうべきだね。久しぶり、エヴァン、、、、ベルンシュタイン、、、、、、、、

「あぁ。十年ぶりだ。リーゼロッテ=エーデン。いや、こう言うべきか?」



 一瞬だけ間を置くと、モルスことエヴァンはこう言った。




「──虚構きょこうの魔術師」




 ニヤリと笑った瞬間、その場に溢れるのは第一質料プリママテリアの奔流。エヴァン=ベルンシュタインに成り代わっていた、リーゼロッテはその姿を元のものに戻す。



「【僕/私】がこの姿になるのは、いつぶりかな? さて、エヴァン。改めて、久しぶりだね」

「……」



 その姿は、全くの別人のものになっていた。


 真っ黒なロングコートに、ロングブーツ。雪のような真っ白な肌と、純白の長髪は腰まであり、それがサラサラと流れている。


 その弾んでいるような声とは裏腹に、その表情はまるで人形そのもの。


 そして、彼女はニコリと微笑む。



「じゃあ、殺し合おうか。十年前みたいにさ」



 夜。

 

 二人以外には、誰もいない地下空間。


 ここでついに、十年前の因縁が果たされようとしていた──。

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