第130話 誰よりも優しいあなた


「いらっしゃいませ〜☆」


 この一時間で、かなりの数の接客をこなしてきた。『萌え萌えオムライスセット』の売り上げもきっとそれなりのものになっているだろう。

 

 しかし残念ながら、もう時間が迫っている。


 そんな時にやってきたのは、レベッカ先輩とディーナ先輩のお二人だった。


 見回りのついでにやってくると言っており、来れない可能性の方が高いと聞いていたが……こうしてわざわざ足を運んでくれたのだ。


 最後かつ、先輩方だからこそ、最高の接客をしようではないか。


「オススメはありますか?」


 二人を席に案内して、レベッカ先輩がメニューを見ながらそう尋ねてくる。もちろん答えは、アレしかない。


「そうですね……『萌え萌えオムライスセット』がオススメです☆」


 高く、可愛らしい声で俺はそう告げた。


「ではそれを二つで」

「え!? 私もですか!?」

「ではディーナさんは別のものにしますか?」


 ディーナ先輩にも注文して欲しいところだが、ここは俺から強いるわけにもいかない。


 レベッカ先輩のアシストを期待するしかないが……。


「ま、まぁ……レベッカ様がそういうのでしたら……」


 了承してくれたディーナ先輩。そして俺は注文を受けると、すぐに厨房に向かう。


「『萌え萌えオムライスセット』二つ入りました〜。今日のラストで〜す☆」


 と、そこにはちょうどアメリアがいた。ずっと接客しているにもかかわらず、まだ疲れは見えない。


「あら。これでラストなの?」

「えぇ」


 一応、客にも聞こえる距離感なので女性の声はキープしておく。


「……何だかレベッカ先輩と最近は仲がいいみたいだけど?」


 コソッと小さな声でアメリアがじっと見つめてくる。俺としては、何もやましいことはないので淡々とそれに答える。


「そうですね。以前より、距離は縮まったと思いますが……」

「ふ〜ん。ふーんっ!」

「でもまだ……先輩の本当の心は見えませんね」


 すると、アメリアはスッと表情が落ち着き……冷静なものに変わる。


「先輩。悩んでいるの?」

「えぇ。間違いないですね」

「そうなんだ……やっぱり、婚約の件。何かあるの?」

「だと思います」

「そっか。なら、やっぱりあなたが必要ね」


 柔らかい笑みを浮かべ、俺の肩をトントンと叩いてくるアメリア。


「ねぇレイ。あなたはきっと──いや、なんでもないわ。じゃ、私はいくわね」

「はい」


 何かを言いかけた彼女は、厨房から料理を受け取るとそのままテーブルの方へと戻っていく。


「レイ。上がったぞ」

「ありがとうございます」


 そして、アルバートから『萌え萌えオムライスセット』を受け取ると、俺はいつものように……伝家の宝刀を抜く。



「美味しくなぁれっ! 萌え萌え、キュ〜ン☆」



 もちろん二つ注文があったので、二回やっておいた。するとレベッカ先輩は、パチパチと拍手を送ってくれる。


「うわぁ〜。すごいですっ! すごく可愛いですねっ!」

「恐縮です」


 一方のディーナ先輩は、難しそうな表情をしていた。


「先輩。どうかしましたか?」

「……いや、可愛いけどさ。超絶可愛いけどさ」

「ありがとうございます」


 その場で丁寧に、お辞儀をする。


「これの元があれって考えると、ちょっとね……」

「もうっ! それは言わない約束ですよっ!」


 と、わざとらしくそう言ってみるが……相変わらず、ディーナ先輩は複雑そうな表情をしていた。まぁ……こればかりは仕方がない。


 その後、オムライスを召し上がった二人は教室を去っていく。


「リリィーさん。とても美味しかったです。それにとても可愛かったですよ?」

「ありがとうございます☆」

「お疲れのところ悪いけど、この後よろしくね」

「ディーナ先輩。了解いたしました」


 そして俺は、二人を送った後はすぐに次の仕事が入っている。


「アメリア。俺はこれで上がる。すまないが、あとはよろしく頼む」

「十分すぎるほどよくやってくれたわよ。他の子もかなり休憩に入ることが出来たし。一人で何人分もの仕事を本当にしちゃうんだから」

「わがままを言っているからな。当然だ」

「じゃ、行ってらっしゃい」

「あぁ。言ってくる」


 教室の隅で、そう話すと俺は颯爽とその場から去る。向かうのは、着替えに使用した空き教室。そこで素早く女装からいつもの姿に戻ると、改めて姿見で自分の容姿をチェックする。


 化粧の落とし忘れなどあってはいけないからな。


「うむ……大丈夫だな」


 そして俺は空き教室を出ていくと、向かう先は生徒会室。


「レイ=ホワイトです。失礼します」


 ノックを三回ほどして、俺は室内に入る。そこには、レベッカ先輩とディーナ先輩が待機していた。


「レイさん。早いですね」

「遅れがあってはいけないので」


 そしてディーナ先輩は立ち上がると、俺の方に近寄ってくる。


「レイ。頼んだわよ」

「……はい」


 レベッカ先輩には聞こえないようにいうと、俺と入れ替わるようにしてディーナ先輩が出ていく。


 実は彼女とは、昨日あることを話していたのだ。


「レイ。明日の一時過ぎからの見回りだけど」

「はい」

「レベッカ様と行動することを許可するわ」

「……元々はディーナ先輩がする予定では? それに男性の自分と二人で見回りをするのはよくない、というお話を聞いていましたが」


 そう。レベッカ先輩はすでに婚約の身の上。男性と二人きりなるのは外聞が悪いということで、先輩と人の多い場所で二人きりになるのは遠慮していたのだ。


 そのような背景もあり、文化祭が開催される三日間はレベッカ先輩と二人きりになることはない……と思っていたのだが、ディーナ先輩は俺に小さなブローチを渡してくる。


「これは?」

「認識阻害の魔術を組み込んであるわ。少量の第一質料プリママテリアを流せば、起動するから。一応手作りだけど、問題ないはずよ」

「……なるほど」


 俺はじっと、そのブローチを見つめる。小さな向日葵ひまわりを模したブローチ。しかし認識阻害の魔術をこれに組み込むなど、それなりに高い技術が要求される。


 だというのに、ディーナ先輩はこれを自作したという。


 それが意味するところは……。


「よっぽど近距離に寄らない限り、男子生徒とは思われないはずよ。周りからは女子生徒に見えるように設定してるから」

「そんな高度な魔術を……どうして俺に?」

「レベッカ様はやっぱり、この文化祭を楽しむべきだと思うの」


 真剣な声色。


 そして先輩は話を続ける。


「私は去年、レベッカ様と楽しんだし。それに……今はちょっとね。でも、レイになら任せてもいいかなって。前も言ったでしょ? あんたのことは信頼してるって」

「先輩。しかし、自分でいいのでしょうか……」


 少しだけ不安を吐露してしまう。


 レベッカ先輩とディーナ先輩は幼い頃からの親友であり、その間に俺なんかが入ってもいいのかと……そう考えてしまう。


 それを分かっているのか、先輩は俺の側に近寄ってくるとギュッと両手を包み込んでくれる。


「レイもそんな不安そうな顔をするのね。意外だわ。いつも毅然としてるから」

「……俺はまだ、人との距離感を測りかねています。その心に触れるのが、怖いというべきでしょうか」

「そっか。レイも色々と過去にあったみたいね」

「……はい」


 先輩は俺の過去を聞かない。ディーナ先輩にならば、話してもいいと思っている。でも先輩は、俺のことを気遣って何も聞かないのだ。


 分かっていた。


 彼女はずっと、優しい人だと。


 俺が園芸部入ろうとした時、反発したのはレベッカ先輩のため、それに他の部員のためだった。自分から嫌われ役を買って出たのは、後になって理解した。


 俺はそんな優しいディーナ先輩のことが大好きだった。


 だから先輩の前では、つい……不安が溢れてしまった。今までなら、それを抱え込んでいた。


 だが、先輩になら言ってもいいと。受け止めてくれると。


 きっと無意識に、そう考えていたのかもしれない。


「私はね。レベッカ様のことが大好きで、いつも彼女のことを考えている。その苦労は、三大貴族の辛さは、目の前で見てきたらか。でもね。レイのことも最近は大好きなのよ」

「……そうなのですか?」

「えぇ。どこかぶっきらぼうで、愚直で、真っ直ぐな後輩。レイの悩みは分からない。けど、レベッカ様と触れ合うことでレイも成長できるかなって。それにもう、私じゃあ届かないしね」


 そう笑うディーナ先輩は、どこか寂しそうだった。


 本当は俺の役目を自分でやりたいだろう。でもレベッカ先輩と、俺のことを考えてそうしない。


 本当にディーナ先輩は優しい人だ……。


 そして俺は、その場で丁寧に一礼をした。頭を深くさげ、その想いを無駄にしないためにも。


「先輩のご好意。無駄にはしません」

「うん……よろしくね。レベッカ様のこと」

「はい」



 そして今に至る……というわけだ。


「レイさん。では行きましょうか」

「はい」


 レベッカ先輩に促されて、俺は一緒に肩を並べて生徒会室を後する。


 ディーナ先輩がすでにレベッカ先輩にこの事は伝えてあるらしい。


 そして俺は、ポケットから向日葵のブローチを取り出すと、第一質料プリママテリアを流し込む。


 それを丁寧に胸元につけると、二人で見回りに向かうのだった。

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