第131話 先輩とデート?
「それにしても──」
二人で校舎内の見回りを行う。
レベッカ先輩は訝しそうな顔で俺のことをじっと見つめてくる。
「この距離ですと普通に見えますね」
「そうなのですか?」
「はい。でも……」
スススと移動すると、先輩は俺から距離を取る。
「ちょっと離れると、ディーナさんのような……? 生徒に見えますね」
「おぉ……なるほど。流石はディーナ先輩ですね。見事な魔術の腕前です」
「そうですね。彼女は昔からこのようなものを作るのが得意で……」
どこか懐かしそうに、先輩はしみじみと呟く。
レベッカ先輩とディーナ先輩。この二人の関係性もまた、少しずつ変化しているのだろうか。
人は変わらずにはいられない。月日が経てば──必ずではないが──変化することも多いだろう。幼い頃からずっと同じままではいられない。そんなことも起こり得るのは知っている。
俺だって、そうだったから。
そして先輩に改めてディーナ先輩のことを尋ねてみる。
「ディーナ先輩とは、いつからの仲なのですか?」
「そうですね……物心ついた時には、パーティーで顔を見るようになっていました。彼女の家であるセラ家は、上流貴族なので自ずと会う機会が多くなり……そこからですかね」
「なるほど」
「当時、私は同い年の友人などいませんでした。三大貴族の子どもはほぼ例外なく、敬遠されます。アリアーヌさんのように活発な子もいますが、私とアメリアさんはその中でも……ちょっと浮いていましたね」
先輩の過去は詳しくは知らない。
アメリアには本人には、彼女の心の内を聞いているが……レベッカ先輩はいつもどこか一歩引いているようなそんな印象を抱いている。
レベッカ先輩は聡明で、美しく、麗しいお方だ。アメリアとは異なり、その立ち振る舞いに迷いはない。ただ、どこか距離感がある。
確かに仲良くはなったと……自分でも思うが、それでも大きな分厚い板のような隔たりがあるような感覚がある。
「そして私は、ディーナさんに出会いました。初めはとても穏やかで、引っ込み思案な子だと思いました」
「……それは意外ですね」
「でしょう?」
ふふっと、口元に手を持っていき微笑を浮かべる。
「でもある時から、彼女は変わりました。私を守ってくれるためか……その真偽は定かではないですが、とても強い人になったと思います」
「……先輩にとって、ディーナ先輩は特別な人なのですね」
そう言葉にすると、先輩がその場に立ち止まる。
俺は振り返ると、周囲の喧騒に呑まれるようにして、ポツンとレベッカ先輩の姿が際立ってみる。
周りの生徒たちは文化祭を楽しんでいる。出し物をしている生徒たちも、この文化祭にやってきて人たちもみんなが、楽しそうに笑っている。
そんな中で、俺と彼女は向かい合う。
まるでこの世界の時が止まってしまったかのように。
そして先輩は、俯いたと思いきや……ボソリと呟いた。
「レイさんには、そう見えますか?」
その声は今まで聞いた中でも、一番自信のなさような……声色。不安が入り混じっている、感情のこもったものだ。
そして初めて、先輩が弱さを見せたと……俺は思った。
ギュッと両手を握りしめて、俺のことを見上げてくる。
交差する視線。それは微かに、熱を帯びているように思えた。
「はい。お二人はとても仲がいいのだと、そう思っています」
「そうですか」
ニコリと微笑む先輩。安心したのか、雰囲気が少しだけ柔らかくなる。
「でも、ディーナさんも心配症というか……」
「この魔道具ですか?」
「はい。でも、その……レイさんと文化祭を一緒に回ることができて、嬉しいですけどね。あなたにはこの文化祭を楽しんでほしいと思っていましたから」
「そう思っていたのですか?」
「はい。生徒会の件で、ただでさえご迷惑をおかけしたのです。そう思うのは至極当然です」
「……なるほど。先輩は優しい人ですね」
「ありがとうございます」
そしてその後は、二人で色々な場所に回った。今のところ、何も問題はなく恙無く進行している文化祭。むしろ、本格的に多くの行事が始まるのは二日目からだ。
事前に一日目は特に何もないだろうと聞いていたので、特に驚いてはいないが、それでも多くの人が楽しんでいるようで自分のことのように嬉しく思う。
俺はそんな人の様子を、きっと笑って見つめているに違いない。
感慨深さに浸りながら、人の喜びで溢れているこの場所が、何よりも好きだと思った。
文化祭は、いつもいるこの校舎で行われる。いつもの場所が、そんな風に変化して俺はやはり……どこか郷愁めいたものを感じる。
「レイさん? どうかしましたか?」
「いえ。それよりも先輩。お昼は食べましたか?」
「まだですけど……?」
「では、二人で軽く食べましょう」
「えっと……一応、お仕事の最中ですけど……」
「ディーナ先輩に言われているのです。適度に休憩は取っておけと。それにレベッカ先輩は無理をするから、あんたがしっかりしなさいと」
「もう……ディーナさんったら……」
ブスッとした顔で、小声で不満を漏らす。
今日は先輩の色々な顔が見ることができて、とても新鮮だ。
俺はたちは外にやってくると、校舎から正門へと続く真っ直ぐな道で開かれている店で食事を買うことにした。
選択したのは、たい焼き……と言うお菓子だった。俺は初めて食べるのだが、先輩曰くとても美味しいとか。なんでも、数年前に東洋から輸入され始めた品らしい。
鯛という魚を模した、お菓子らしいが……なかなかに香ばしいいい匂いが漂ってくる。
「先輩は何味にするんですか?」
「そうですねぇ……むむむ。迷います……」
じっと商品を真面目に見つめる。それは本当にどれを食べていいのか迷っている……そんな真剣な表情だった。
「では、私はカスタードでお願いします」
「自分はあんこで」
と二人で注文すると、すぐに紙に包まれた暖かいたい焼きをもらう。
少しだけ肌寒くなって季節にはちょうどいいかもしれない。
そして二人で
思えば、先輩とこうして二人で並んで食事をするのも慣れたものだ。
「では失礼して……」
俺は頭の方からパクリとそれを頬張る。すると、あんこの甘さと生地の食感が上手く合わさり、綺麗なハーモニーを奏でるように調和を保つ。
「うん! 美味しいですね、先輩っ!」
「ふふ。そうでしょう? では私も、失礼して」
小さな口を開けると、はむと頬張る先輩。そして彼女もまた、すぐに幸せそうな表情を浮かべる。
「う〜んっ! 美味しいですねぇ……っ! やっぱり私はカスタードが好きです!」
カスタードか。
確かに、この生地にはあんこだけではなく、カスタードもいい感じにマッチするだろう。
そう思ってじっと先輩の手元を見つめていると、彼女はそれを俺の方へと向ける。
「その……ちょっと食べますか?」
「おぉ! いいのですか?」
「はい。そんなに食べたそうに見つめられると、上げないと可哀想ですから」
「はは。すいません。ちょっと味を想像してしまいまして」
レベッカ先輩は左手で髪を耳にかけるようにして掻き上げると、俺に渡してくるのではなく、ズイっと口元にそれを運んでくる。
「……あ、あ〜ん」
「では失礼して」
先輩の食べかけの部分をパクリと頬張る。そして口の中で、その味を楽しむことにした。
なるほど……やはりカスタードも抜群の美味さだな。このたい焼きとやらを発明した人物は、それは偉大な人物に違いない。
と、考察しているとレベッカ先輩もどうやら俺のものを食べたそうにしていた。
「自分のも食べますか?」
「え……! いいんですか?」
上目遣いでじっと見上げてくる。
こちらが一方的にもらっておくのは悪いだろう。そして先輩と同じように、それを口元に運ぶ。
「はいでは、どうぞ」
「失礼して……」
はむと俺の食べかけの部分を頬張る。すると、ふにゃっと緊張が解けたような雰囲気になる。
「はぁ……あんこも美味しいですねぇ」
「思ったのですが、先輩は甘いものがお好きなようで」
「それはもちろん! 女性としては、甘味は抑えておくべきですからっ! 常識ですよ?」
「そ、そうですか……」
豪語するが、俺周りにいる女性はそこまで甘味は好んでいない。師匠はもっぱらアルコールとそのつまみだし、アビーさんは辛いもの、キャロルはなんでもよく食べる。キャロル曰く、甘いものを食べるのはあくまで流行を抑えるためと言っていた。
と言っても、それをここで言うのは野暮というものだろう。
「先輩。楽になりましたか?」
「あ……」
そう声を漏らす。
どうやら、緊張は完全に溶けたようだった。
「あはは……実は生徒会長として、文化祭をちゃんと運営できるか心配でして……レイさんには見抜かれていたようですね」
顔を赤くして、先輩は髪をクルクルと指に巻きつけていた。
「いえ。緊張は誰にでもあることかと」
「そう言ってもらえると助かります。それでは、今日も残りの時間はしっかりと見回りをしましょうっ!」
「はいっ!」
そして先輩と二人で、再び文化祭の喧騒の中へ進んでいくのだった。
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