第126話 みんなと共に、進んでいこう
文化祭初日。
ついに、この日を迎えた。俺は午前中は主に調理を担当し、正午から一時にかけてリリィーとして活動することになっている。
華やかな内装と鮮やかな色彩が広がる空間。テーブル席も用意して、すでに準備は万端だ。
「エヴィ。そっちはどうだ?」
「概ね大丈夫だな」
「了解した。俺のほうも大丈夫だ」
エヴィと二人で調理器具を確認する。食中毒があってはいけないので、衛生面はかなり気を使っている。基本的に生のものは出してはいけない。加熱処理した食材を出すことがこの文化祭での規則だ。
メニューとしてはオムライスにサンドイッチ各種。サンドイッチに使う具材も、基本的に加熱処理したものを使う。具体的に言えば、タマゴサンドなどを提供することになっている。
オムライスに際しては、予めチキンライスを用意してそこから卵を巻いていく予定だ。さらにはアルバートもまた、今日の午前中の調理に参加してくれる。
「アルバート。練習の成果は出せそうか?」
比較的料理の得意な俺とエヴィはすぐにマスターしたが、アルバートは時間がかかった。上流貴族である彼は、料理などしたことはない。しかし彼は自ら志願して、文化祭当日まで練習を重ねた。
今となっては、彼も十分な戦力である。
「そうだな。レイとエヴィに教えてもらったが、すでに要領は掴んでいる」
「アルバートは飲み込みがいいからなっ! 俺も驚いたぜ!」
「ふ……成長したな。アルバート」
男三人で簡易的に設立された調理場で、手を重ねる。
「初日の午前中。ここは気が抜けない。口コミなども重要になるからな。もちろん、女子たちのメイドによる接客も重要だ。しかし、俺たちの料理もまたこのメイド喫茶の成功を大きく左右する。最善を尽くそう」
『おう!』
そして俺は調理場を後にすると、そこには……すでにメイド服に着替えた女子たちが並んでいた。
今日のシフトでは、アメリアとエリサが終日出てくれることになっている。正午からの一時間は俺が入る予定だが、それでもたった一時間。残りの時間は、女子たちに任せるしかないのが現状だ。
「アメリア。それにエリサ。とてもよく似合っている」
二人の側に近寄っていく。
するとアメリアは、くるっとその場で回転してからスカートを少しだけ広げると、自慢げにその装いを見せてくる。
「どうっ! 可愛いでしょっ!」
「あぁ。間違いない」
普通のメイド服ではなく、フリル装飾が多くさらにはスカートが短い。膝が僅かに隠れる程度の丈。それに、ストッキングを止めるためのガーターもまたよく見えるようにデザインしてある。
やはりアメリアのデザインは抜群のものだった。もちろんそれをメインで製作したエリサの技量も感嘆すべきものだ。
「エリサもよく似合っている」
「あ……ありがとう」
髪の毛を忙しなく触るエリサ。どこか落ち着かない様子。しかしそれも無理はないだろう。露出はある程度抑えてあるものの、それでも目立つのは間違いない。
彼女に至っては何よりも、ある部分がよく目立ってしまう。それを目立たせるのは、エリサとしても嫌だったろうが……最終的にはクラスのために頑張りたいと言うことで了承してくれた。
「でもその……やっぱり恥ずかしいね。はは」
「エリサ、大丈夫だ。君は美しい。それは自信を持っていい」
「……う。分かってるけど、レイくんに率直に言われるのは照れるね。あはは」
依然として顔は赤いままだ。だが、緊張が解れたのか笑顔を見せてくれる。
「……」
「どうしたアメリア」
半眼でじっと見つめてくる。
そんなアメリアは、何か不服を抱いているようだった。
「エリサは特に褒めるのね……」
「アメリアも美しいが」
「気持ちがこもってない」
ブスッとした顔でそう言うので、俺はすぐさまフォローに入る。
「アメリアの場合は、その美しい脚が魅力的だ。スッと伸びる綺麗な脚線美。さらに程よくしまっているウエスト。アメリアは何よりもバランスがいいと思う」「……べ、別にそこまで詳細に言わなくていいけどっ!」
今度は褒めると何やら怒られてしまった。
一体今の正解はなんだったのだろうか。
と、そんなやりとりをしていると周囲からヒソヒソと声が聞こえる。
「またやってるなぁ……」
「あぁ。ホワイトの天然が炸裂してるな」
「でもそこが、らしいというかね〜」
「うん。もう慣れたよね〜」
そして改めて、クラスメイトたちが全員集合する。役割分担としては、接客係、調理係、宣伝係にその他サポート。臨機応変に対応できるように、シフトは組んである。
俺は知っている。アメリアがこの文化祭にどれだけ懸けているのかを。それは毎日遅くまで残っている彼女を知っているから、よく分かる。
アメリアだけではない。エリサも、アルバートもエヴィも……それにクラスの全員が一丸となって協力することができた。
俺もまた、最善を尽くすことができたと思う。
だから絶対に、このメイド喫茶は成功するに違いないと……そう確信している。
「みんな。ここまで付き合ってくれてありがとう。本当に……私のわがままに付き合ってくれて、感謝しかないわ」
頭を下げるアメリア。そんな真摯な姿を見て、俺たちは彼女の想いを改めて実感する。
「今日から三日間。たった三日間だけど、きっと大変なこともあると思う。でも私は、みんなと一緒なら乗り越えることができると思うの」
真剣な姿。
それを見て、クラスメイトたちもじっとアメリアを見つめる。思えば、一学期の初めの頃はまだバラバラだったクラス。
それぞれが違う立場だった。
でも今は、それを超えて一つの意志を持っている。
やはり俺はここにきて良かった。
確かに世界は醜いところもある。俺はそれを嫌と言うほど見てきた。どうして人間はこんなにも愚かなのかと。そう思わざるを得なかった。
だが、美しい世界もあるのだと。焼き尽くされた戦場に咲く一輪の花のように、どれだけ過酷な環境の中でも確かに育つものがある。
それをきっと、いま俺は実感しているのだろう。
「じゃあ。最後に、レイから言葉をもらおうかしら?」
「俺……でいいのだろうか」
別に俺は今回のクラスの出し物に関して、中心になっていたわけではない。生徒会にも顔を出していたこともあるからだ。
ふと、全員の顔を見る。
そしてみんな頷いていた。まるで、俺がここにいていいと。俺からの言葉を心待ちにしているのだと。そんな雰囲気だった。
もう拒絶するような空気はない。
笑顔で俺のことを、見つめてくれている。その優しい表情に胸が熱くなる。
この光景を、俺はきっと一生忘れはしないだろう。
「レイ。みんな分かっているのよ。やっぱりあなたが中心になっているって」
「……そう、なのだろうか」
と、周囲から声が上がる。
「ま、なんだかんだ。ホワイトがいたのは大きいよな」
「うんうん。私たちがまとまったのも、あなたがいたからよ」
「それにあの女装もあるしなっ!」
「あぁ。間違いないっ!」
瞬間、ドッと教室内が湧き上がる。
俺は軽くフッと微笑むと、アメリアと入れ替わるようにして円の中心にやってくる。
何を言うべきだろうか……いや、言うべきことはただ一つしかないだろう。
「この文化祭。俺にとっては初めての文化祭だ。だからまだ慣れていないことも多い。だが一つだけ。たった一つだけ思っていることがある。今回のメイド喫茶はここにいる全員がいなければ、成し遂げることができなかったと……俺は思う。月並みな言葉になるが、成功させよう。俺はみんなと一緒に、この文化祭を楽しみたい」
思ったことを口にしてみた、そしてニコリと微笑むアメリアが最後にこう言ってきた。
「レイ。最後に掛け声よろしく」
「そうだな……」
「絶対に一位をとるぞっ!」
『お──────っ!』
全員でその拳を天高く突き上げる。
そしてついに、メイド喫茶が開店することになった。
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