第127話 メイド喫茶へようこそ
「いらっしゃいませ〜」
「二名様入りま〜すっ!」
ついに始まった文化祭。
初の試みであるメイド喫茶は噂が噂を呼んでいたのか、初日の午前中からそれなりの数の人がやってきていた。
しかしそれはあくまで、興味というか、怖いもの見たさなところがあるかもしれない。
その印象を良くし、さらにサービスを受けた客がいい噂を流してくれることも考慮して、サービスには当然のことだが気合を入れている。
そちらはアメリアが主導でやっているので、問題ないだろう。
一方の俺たちと言えば……。
「三番。ティーセットねっ!」
「四番はオムライス二つ!」
「一番はサンドイッチ二つよっ!」
メイド服を着た女子たちが注文札をその場に貼り付けていく。そして俺とエヴィ、それにアルバートは分担してその調理にあたる。
「俺がオムライスをやろう。エヴィはサンドイッチ、アルバートはティーセットで頼む」
『了解っ!』
客の足が止む事はない。
接客をしているアメリアたちもそうだが、俺たちも休む暇はない。
そして俺はオムライスを調理していく。あらかじめみじん切りにしておいた、野菜、それに粗く細切れにしたチキンをフライパンに投入し、それをライスと混ぜる。
最後にケチャップを適量注いで、チキンライスはあっという間に完成。問題はここからだ。
うちのオムライスの売りは、『半熟トロトロオムライス』という名前の通り、半熟の卵を乗せなければならない。これはかなりの技術が要求されるが、俺にとっては朝飯前である。
「よっと……」
片手で卵を二個ほど割ると、そのまま箸でかき混ぜるようにして卵を溶いていく。ほどよく熱が通ったところで、上に持ち上げるようにして巻いていく。そして火加減を最大に注意しながら、巻き終わる。
そして細い筒状になったそれを、成形したチキンライスの上に載せると、包丁の先端の方を使ってスッと線を入れる要領で切り裂く。
すると、綺麗にパカッと割れた卵はチキンライスを包み込むようにして広がる。卵も綺麗に半熟で、誇大広告ではない。
間違いなくこれは、『半熟トロトロオムライス』だ。
我ながらいい仕上がりだと思っているが、自画自賛している場合ではない。素早くそれを盛り付けると、待機しているアメリアにそれを渡す。
「オムライス。上がった」
「おっけ〜っ!」
アメリアが颯爽とオムライスを持っていくと、それを次々と客のもとに出していく。俺は厨房から、チラリと食べる様子を伺う。
「うまっ!」
「このオムライス、半熟具合がいいなっ!」
男性客二人は、満足気にオムライスを頬張っていた。そんな様子を見て、俺は口元が僅かに緩んでしまう。
「ふっ……」
だが余韻に浸っている暇などなく、際限なくやってくる注文。
「や、ヤベェなこれ……」
「確かに。かなりの注文だ。予想の倍はいっている」
エヴィとアルバートはそう声を漏らす。確かに、まだ材料は足りるが思ったよりもペースが早い。これはメイド喫茶という新しい出し物に、寄せられた客が多いと考えた方がいいだろう。
その後、何とか午前中の分の調理を終了した俺は……ついにあの瞬間を迎えることになる。
「レイくんっ! もう行った方がいいよっ!」
「了解した、エリサ」
ある程度作り置きもしておいたので、俺はエプロンをサッと取り外すと、空き教室へと向かう。そこには俺の化粧道具と、メイド服がすでに準備されている。
「エヴィ。アルバート。後は頼む」
「任せとけっ!」
「レイも頑張ってくれ」
「あぁ!」
現在の時刻は、午前十一時二十分。リリィーの登場は、十二時から一時までと決まっている。宣伝でも、『伝説のメイドが一時間だけ現れるっ!?』と新しい看板を用意した。
それがどれだけの効果になるか不明だが、それなりの集客はあるに違いない。
と、教室を出ていくと俺はその前で待っていたマリアとばったり出会う。いつもより気合が入っているようで、メイクもしている様子。
髪の毛もオイルをつけているのか、椿の良い香りがする。それに僅かに艶やかに光る純白の髪はとても綺麗だ。
「マリアじゃないか」
「ん? あぁ、レイか。やっほ〜」
手をひらひらと軽く振ってくるマリア。
そんな彼女の隣では次々と教室内に客が入っていくのに対して、マリアはなぜか隣で一人で待機していた。
まさかこれは……。
「入らないのか?」
「私はこれ待ちだから」
顔の前に出してくるのは、『伝説のメイドが一時間だけ現れるっ!?』という広告のビラだった。確か今日の朝から配り出したものだが、マリアは分かっているようだな……。
これは気合を入れないといけない。
「これってリリィーお姉様でしょう?」
「そ、そうかもしれないな……」
「ふふ。私は記念すべき第一号なのよ。ふふ……」
不適に微笑むマリア。その顔は人の悪笑みか、それとも心から楽しみにしている笑みか……。
ともかく、心待ちにしているのは間違いない。だからこそ俺は、全力を尽くすべきだろう。
「そうか。きっと楽しめると思う。では俺は所用があるので、失礼する」
「うん。またね」
奇しくも、数十分後には顔を合わせることになるが、マリアは知る由もない。
そして俺は、空き教室へと走っていくのだった。
◇
「よし……」
女装セットはすでに揃っている。扉に鍵を閉めて、早速女装に取り掛かる。
今回のメイド喫茶に当たってのテーマは『清楚』だ。
そのため、メイクも最低限で済ませる。
下地を塗って、その上から次々と重ねていく。そしてアイラインも綺麗に整えると、
鏡で自分を改めて確認する。
うむ。間違いなく、清楚系だ。
最後にウィッグを被る。地毛をネットの中にまとめると、それをしっかりと固定してその上から黒髪ロングのウィッグをかぶせる。
さらさらとした艶やかな毛が、パラパラと落ちるように流れていく。
「なるほど。我ながら、完璧だな」
キャロルに用意してもらったものだが、やはりかなり上質なものだ。この手のことに関しては、本当に頼りになる。後は最後にメイド服を着れば準備完了だ。
「……」
じっとそのメイド服を見つめる。ここには、みんなの想いがこもっている。
アメリアのデザイン。それにそれを製作したエリサ。それに加えて、他の女子生徒たちも手伝ってくれたと聞く。
みんなが協力して、一丸となって、メイド喫茶を進行している。
だから俺もまた、その成功に協力したいと……そう思っていた。
感慨深い。あの時の俺が、今こうしているとは……人生とは分からないものだ。
そして、黒いストッキングを丁寧に履くとガーターベルトを取り付けて、それでストッキングを固定する。
重ねて、みんなの想いがこもったメイド服に……ついに俺は袖を通した。
教室の隅に置かれてる、姿見の前に歩みを進める。
「……あぁ。完璧だ」
完璧だ。全てがオールグリーン。
最善は尽くしたと言っていいだろう。そしてきっと、クラスでのメイド喫茶の成功は俺だけにかかっている……と、大言壮語なことは言いはしない。
しかし、俺の奮闘によって、変化は起こる。それは大きな奔流。
現状をさらによりよくしていければいいと思う。
「……」
ふと、自分の右手を見つめる。
あの頃からもう十年近く経過した。この手はずっと血に染まっているはずだった。しかしどうだ。今の俺は、この文化祭を心から楽しもうとしている。
自分には幸せになる価値などない。
ずっと、そう思っていた。
でも、この学院で多くの人に出会った。かけがえのない仲間ができた。
師匠、アビーさん、キャロル。それ以外にもたくさんの大人にお世話になった。だがいつまでも大人に助けられている場合ではない。
俺はもう……自分の意志で進んでいけるのだから。そして、隣に立つ仲間がいるのだから。
「よし。頑張ろう。みんなのために」
そうして俺は、一人のメイドとして
プロであり、スペシャリストとして──。
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