第113話 乙女たちの恋話
文化祭準備も本格化し、放課後の学院はそれぞれの教室がかなり賑わっている。そんな中、レイたちのクラスは男女に分かれて作業をしている。
レイたち男子は看板を作りにいき、のこぎりで板を切ったり、ペンキで塗装する作業をするので外に。
女子たちは主に内装やメイド服の製作を担当するので教室内に残っている。
そんな中、女子だけが集まれば始まるのはもちろんアレである。
そう。恋話である。
「ねぇねぇ。ローズさんって、やっぱりホワイトとできてるの?」
「──へ!?」
それぞれが内装を装飾するために小さな飾りやリボンなどでを製作している最中、一人の女子生徒がアメリアに尋ねた。その瞬間、女子たちは急にその近くに集まってきてアメリアに詰問し始める。
エリサは近寄らずにいたが、彼女はエルフ特有の長い耳を上下に激しく動かしながらその会話を懸命に聞こうとしていた。
「い、いやその……別にレイとはなんでもないっていうか……ただの友達だし……」
「でも夏休みにホワイトが遊びに行ったって噂を聞いたよ?」
「う……」
──しまった。そうか、あの時の件か……。
と、アメリアはそう思うが、時すでに遅し。
おそらくそれは男子側から漏れた噂だろう。男子を説得するときに、レイに夏休みに会った際の服装について言及してもいいと言ったがそれがここで裏目に出てしまう。
彼女もまたそこまで頭が回らず、こうして注目の的になってしまっている。
「……レイとは普通に仲がいいだけど?」
「本当にぃ?」
「え、えぇ……」
あくまで否定するアメリア。
しかし、アメリアは最近自分の気持ちがどこかおかしいことに気がついた。彼女は現在、自分がレイが好きだという気持ちにはっきりと気がついているわけではない。
ただ、気になる男性としてちょっと意識しているだけなのである。
夏休みの時の服装も、気になる相手によく見られたいと思ってのものだった。もちろん、アメリアの母は既に娘の気持ちに気がついているのだが。
そんなアメリアは時折、嫉妬しているような言動を見せるが自分でもどうしてそんなことをするのか……やっぱり自分はレイのことが──と考えることが多くなってきた矢先に、この質問。
顔は赤くなり、言葉では誤魔化しているものの、側から見ればそれは素直に答えているようなものだった。
「ふーん。じゃあ私がホワイトに声かけようかな?」
「え?」
「あ、じゃあ私もっ!」
「私も! だってあいつちょっとかっこいいもんね。愛人というか、学生時代に少し付き合うならありかな。私の家は貴族でもないし〜」
「あ。ずる〜い。なら私も〜」
女子たちが急にそんなことを言ってくるので、アメリアは訳がわからずおろおろと周りを見てしまうが、みんな声はさらに高まるばかり。
ちなみにエリサもまた、しっかりとこの会話を聞き取っていた。
「れ、レイは! そんな一筋縄じゃいかないわよっ! なんて言っても天然なんだからっ! 確かに優しくて、カッコ良くて、辛いときに助けてくれて、すごくいい人だけど……気持ちには鋭いと思いきや、天然で鈍感なんだからっ!」
『……』
言外にレイを相手にすると苦労すると言いたかったのだが、アメリアは悟る。周りにいる女子がニヤニヤと笑っていることに。
──は、ハメられたっ!
そう。これは全員が即興で合わせた嘘である。彼女の反応を引き出すためにそうしたのだが、思いの
「あ……うぅ……」
「で、ホワイトがどうかしたの。ローズさん……」
「うぅ……いやだってその……私もまだこの気持ちがよく分からないし」
『詳しく!』
ということでアメリアの恋愛相談が始まってしまうのだった。
三十分後。
「うわ……それはやばいやつ」
「ホワイトかっこいい……あの天然イケメンがそんなことしてくれたら惚れちゃうわぁ」
「うんうん。これは罪な男だね。それも三大貴族長女のローズさんを狙うなんて。いやはや、狙っての行動ではないだろうけど、やっぱりねぇ……」
「愛人としてならアリなんじゃない?」
「かもね。まぁ
アメリアは話してしまった。流石に
人を助けるために、そこまでする彼を女子たちはかなり高く評価し始めていた。
それに、
曰く、恋の力がアメリアを覚醒させたのではないか、と。
「ねぇねぇ。新人戦決勝でホワイトの声を聞いた瞬間、どう思ったの?」
「う……それは……」
「やっぱりアレがあったから、勝てたとか?」
「その……あの時は正直、アリアーヌに負けると思ってたけど。レイの声が聞こえてくると、急に世界が色付いたというか……今までは何の音も色もなかったのに、レイの声が全てを変えてくれてそれで……新しい魔術も使えるようになって……その」
『きゃー!』
湧く。
女子たちは甲高い声を上げると、アメリアが言及した内容に関してかなり興奮する。
「それってマジなやつじゃん!」
「それも
「うわ……それはもう、間違いないよ!」
「伝説だよ……もはやそれは伝説っ!」
「甘い〜。甘いよ〜! 口から砂糖が出るよ〜っ!」
その反応はからかっているというよりも、純粋にその甘さに驚いているというか何というか。
そんな中、アメリアがボソリと呟いた。
「──でもレイ。最近は前よりも私に構ってくれないというか」
『……』
ピシリ、とまるで空気が凍りついた雰囲気になる。
「レイってその、誰にでも優しいから。それに男子の友達もいるけど、妙に周りに女の人が多いというか。やっぱりレイが魅力的な人だから集まってくるのかな? 最近はレベッカ先輩とちょっといい感じみたいだし。あ……そういえば、夏休みに確か……別の子とも遊んでいたような」
アメリアの何の感情もない淡々とした声を聞いた瞬間、エリサは苦笑いを浮かべながら颯爽と教室を去ろうとするのだった。
「あ……ちょっとお手洗いに……」
「待ちなさい?」
「ひ、ひいいいいいぃ!」
エリサ、確保。
アメリアは
「ふ、ふえええぇ……」
ということで、エリサとアメリアが対面する形となった。その二人を囲むようにして、他の女子たちも改めて会話を繰り広げる。
「で、エリサ。あなたは夏休みに確か、レイとデートをしたわよね?」
「い、いや……アレは二人で遊び行ったというか何というか。レイくんとは別に何もないよっ!」
「男女が二人で遊びに行ったらデートよねぇ……」
アメリアがそういうと、他の女子も声を上げる。
「間違いないよね」
「うわ。ホワイト、エリサちゃんにまで手を出してるとか」
「でも可愛いもんね。エリサちゃん」
「うんうん。絶対にいい奥さんになるよ」
「それにおっぱいも大きいし。男子の人気も高いよね〜」
と、その言葉を聞くとアメリアの表情はさらに冷たいものになっていく。
「──ねぇ。エリサ」
「う、うん……」
「私はあなたのことをとっても大切な友人と思っているわ」
「うん。あ、ありがとう……」
「でもここは、ちゃんと話し合うべきじゃないかしら?」
エリサは自身の体から冷や汗が垂れてくるのを感じた。アメリアの表情と声音は本気のものだった。
ここままではまずいと考えたエリサは、思考をフル回転させてある言葉を導き出した。
「あ! そういえばクラリスちゃんも、レイくんと遊んだって聞いたよ。それに確か……二人でお泊まりをしたとか──」
『お泊まり!?』
その後、驚愕した女子たちがクラリスのクラスに乗り込むとそのまま愛らしいツインテールを有している彼女を捕獲。
「な、何!? どゆこと!? アメリアの例の発作なの!? でも今日は数が多いっ! た、助けてええええええええええええええっ! うわああああああああああんっ!」
──ごめんね。クラリスちゃん……ごめんねぇ……。
と内心で謝るエリサだったが、最近はクラリスを犠牲にすることを厭わなくなっているのは間違いなかった。
こうして本日の女子たちの作業は、ほぼ進まないのであった。
果たして、彼女たちの恋愛はどうなっていくのだろうか──。
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