第114話 迫る文化祭
文化祭開始まで、残りあとは二週間程度。
実際のところ、休日なども挟むので二週間も残ってはいない。
そしてここ数日の放課後は、それぞれの教室が騒がしい。それはもちろん、出し物の準備をしているからだ。そんな中でも俺たちはメイド喫茶を開くことになっている。
その噂は既に学内中に広がっているだけでなく、外部でも話題だとか。
ちなみに、アーノルド魔術学院の文化祭が行われた一週間後に、メルクロス魔術学院の文化祭、さらにまた一週間後にディオム魔術学院の文化祭が行われる。
日程が被らないため、他の学院の生徒が文化祭にやって来ることは当たり前らしい。それは視察なども兼ねているらしいが、毎年これはローテーションされており、今年はうちの学院が一番初めに文化祭を開くことになっている。
「よし……こんなもんか?」
「おぉ。レイ、いいんじゃないか?」
ということで俺たち男性陣は外で作業を行っていた。女性陣はクラス内でメイド服の作成と内装の準備をしている。一方の男子たちは、主に力仕事担当ということで外で看板作りに励んでいる。
もちろん、ここで手を抜くことはしない。
まずは俺とエヴィがノコギリで板を適当な形に切った後に、他の男子たちがヤスリでその表面と角を削っていく。看板は一枚だけでなく、クラス内に展示するものに、外の宣伝用に作るものと複数用意する必要がある。
「では俺は文字を刻もう」
スッと立ち上がって、仕上がった看板に文字を刻もうとする。目立つように、一度彫刻刀で文字の外枠を刻み、その上からペンキを重ねる。そうすることで、看板を仕上げていく。
「おい来るぞ」
「あぁ……」
「ホワイトの文字はすげぇからな」
「これは見ものだぜ……」
と、男子たちが見つめて来る中、俺は彫刻刀を手に取ると……まずは俯瞰して看板の全体図を見る。
イメージする。自分が今から刻む文字の外観を。
そうして俺はイメージングを完了すると、躊躇なく彫刻刀で文字を刻んでいく。
「うおっ!」
「躊躇ねぇな……!」
「でも仕上がりは」
「完璧なものになる」
「ククク……これはうちのクラスの勝利は間違いないな……」
俺はただ一心不乱に彫刻刀を振るう。この手の作業は、実は得意なのだ。まぁ、いつものごとく師匠に鍛えられたというか、そうせざるを得なかったという悲しい歴史があるのだが……。
「よし。こんなものだろう」
一枚の看板を仕上げると、全員が「おぉ!」と声を上げる。
「すげぇ!」
「これは、もはや芸術だろう」
「マジか……なんか絵も描いてるしな」
「しかもホワイトのやつ、ペンキで塗るのも職人だよな」
「マジでこいつのスペックどうなってんの?
そして俺がひと作業終えて一息ついていると、アルバートが近寄って来る。
「レイ。さすがの仕上がりだな」
「ふ……しかし、デザインはアルバートのものを興しただけさ」
「それはそうだが……この再現度は俺の予想を上回っているな」
「それこそ、最高のデザインがあったからこそだ」
「そうか。それは俺も嬉しい」
二人でそう讃え合っていると、エヴィもまた板を切る作業が終わったのかこちらにやって来る。
「おぉ! レイ、流石だなっ!」
「エヴィ。まぁいつも通りだ。で、こいつを頼めるか?」
「お。ペンキ塗りか?」
「あぁ。俺もやるが、こちらをやってほしい」
「へへ。任せとけ!」
俺とエヴィは二人で並ぶようにして、看板を目の前にする。
風は……ない。今ならばしっかりとペンキを塗ることができるだろう。
「おい。来るぞ」
「次はペンキ作業か」
「しかしこれはホワイトだけじゃねぇ……」
「あぁ。あの筋肉ダルマのエヴィが、まさかのあんな繊細さを持ち合わせているとはな……」
「あれには俺もビビったぜ……」
そう。実はエヴィは細かい作業が得意なのか、ペンキ塗りではその真価を遺憾なく発揮している。というよりも、
あの時からエヴィの繊細には目を見張るものがあったが、ペンキ塗りは実家でもやったことがあるということで任せてみると……それは本当に最高のものが仕上がった。液だれや指定の範囲から色が漏れ出すことはない。
全て計算し尽くされた上での、塗装作業。
それはある種の芸術なのは、間違いなかった。
そして筆入れ。俺は大きめの看板を担当しているので、割と大雑把に初めは塗っていくがエヴィは違う。彼は俺のものとは違い、クラスの前に置く小さな看板だ。
それこそ、エヴィの巨体を前にしてしまえばその看板は圧倒的に小さく見える。
だが彼もまた、真剣な様子で塗装作業を行なっていく。
よし。俺も集中するか……。
「こんなものか」
「うし。これでバッチリだな」
俺とエヴィが看板を仕上げると、男子たちが集まってきて感嘆の声を上げる。
「うお……」
「マジか……」
「おい。この花の造形はどうなってるんだ?」
「それにこのメイド服の可愛い女の子はホワイトが描いたのか?」
「いやそうだろう。見ていたしな」
「マジかよ……」
「これはうちのクラスの天下だろ……」
驚きというよりも、全員はこの完成度に少し引いていた。看板にはアメリアとエリサをイメージしたメイドを二人ほど描いておいた。
もちろん二人には許可を取ってある(エリサに関してはアメリアが強引に言い聞かせた)。
アメリアのデザインしたメイド服、さらにはレベッカ先輩の漫画のキャラクター造形を元に描いてみた。それに加えて、日頃から見ている二人をイメージして俺は筆を取ってみたが……なるほど悪くはない。
そして全員で改めて距離を取ってその看板を見てみるが、やはり上出来だった。
「さて。最後の仕上げはみんなに任せよう
『おう!』
ということで残りの男子生徒たちが、魔術でペンキを乾かしていく。風を起こしながら、その中にわずかに熱を混ぜていく。それこそ、この作業もまた一寸の狂いも許されない。そして全員が集中して担当している部分を仕上げると、看板作業が終了した。
「よし。終了したな。では、俺は生徒会室の手伝いに行って来る」
全員にそう告げると、俺はそのまま急いで生徒会室へと向かうのだった。
◇
「レベッカ先輩。お待たせしました」
「あら? レイさん。今日はこちらに来る日でしたか?」
「いえ。しかし、少し時間ができたのでお手伝いしようかと」
「もう……いつもそんなことを言って、手伝いに来るんですから」
「慣れてください。先輩が心配なんです」
「……助かりますからいいですけど。くれぐれ、クラスの方を優先してくださいね?」
「はい。分かっております」
いつものように所定に位置につくと、俺は早速書類に目を通す。と言っても現在はそれほど量は多くない。あとは当日のスケジュール確認と食料のチェックなどだ。
「そういえば、レイさんは今日は何を?」
「看板を作っていました」
「看板ですか?」
「はい。あぁ、確か今ならちょうどベランダから見えるかもしれないですね」
「? そうなのですか?」
二人でベランダに出て、そこから下の方を見つめる。そこでは多くの生徒が作業をしている最中だったが、中でも一際目立つ看板に数多くの生徒が引き付けられたいた。
「え……あれをレイさんが作ったのですか?」
「はい。と言っても、クラス全員で協力しました」
「あのアメリアさんとエリサさんのような女の子は、誰が描いたのですか?」
「自分です」
「えぇ……ちょっと待ってください。あれを下書きなしで?」
「はい。元々イメージは頭の中にあったので。それに、アルバートにも事前にデザインは相談していたので」
「……レイさんは人のことを言えないと思います」
「え?」
「私の同人誌を褒めてくれましたが、レイさんも凄い芸術の才能を持っているようですね」
「そうですか?」
「えぇ。そうですね……本当は、二人でいつか作業をしたかったですね」
「先輩……」
横顔しか見えなかったが、それはほんの少しだけ寂しそうな声だった。
「よし、では今日も残りのお仕事頑張っちゃいましょう!」
「はいっ!」
いつものように元気な先輩。
でもだからこそ、俺はどこか不安を抱いていた。
そんな中、アーノルド魔術学院の文化祭が……もうすぐ始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます