第112話 それはまるで、波紋のように


 魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエでのレイの奇行を上げると数えきれないが、やはりクラスメイトたちに取っての一番の驚きは……アメリアに対する訓練だろう。


「うわああああん! もう嫌だあああああ!」

「アメリア訓練兵! 何をしている。さっさと行くぞッ!!」

「嫌だあああああ! もう筋肉痛は嫌なのよおおおおお!」


 そうしてアメリアはレイにずるずると引きずられるようにして、教室の外へと連行されていく。初め、クラスメイトたちはこの行動にかなり驚いたものだった。


 というのも、三大貴族筆頭のローズ家長女にあのような振る舞いをすればどんな制裁が待っているのか……そう考えてしまうからだ。


 貴族にはいくつか派閥があるが、その中でも三大貴族は別格である。派閥のさらに上に君臨する絶対的な存在。


 クラスの中にはアメリアを幼い頃から知っている者もいるが、全員が彼女に対してどこか一歩引いているような……そんな接し方をしてきた。


 決して本音で語り合うことはなく、アメリアに気を使うような接し方を幼い頃からしてきたのは、やはり親に三大貴族に対してはどんな無礼も許されないと言い聞かされていたからだ。


 しかしここ数日、目の前で繰り広げられるのは想像を絶する光景。無知とはいかに愚かなものなのか、クラスにいる殆どがそう思っていた。


「なぁ……あれって大丈夫なのか?」

「嫌がっているけど、どうなんだろ」

「でも、ローズさんがホワイトに頼んだって噂だぜ?」

「まじ? それにしても、あれはちょっとすごいよな……」

「うん……ローズさん、本当に嫌がっているというか。二人で特訓してるって話だけど……実際はどうなんだろ……」

『……』


 やはりクラスメイトたちは気になってしまう。


 その時思い出していたのは、アルバートとエヴィの言葉だった。


 ──レイを一般人オーディナリーという表面的な部分ではなく、レイ=ホワイトそのものを見てみろ。


 そしてクラスメイトたちはこっそりとレイたちの特訓を見にいくことにしたのだった。



「ヘイ! アメリア! ワンモア! ワンモア! いけるいける!! やれる! いけっ!! ハリー、ハリー、ハリー!!」

「ん〜〜〜〜〜〜!! む、無理ぃいいいいいいいいいいいいい」

「やれるって!! アメリアならいける!! へい、カモン、カモン、カモン!!」

「んにゃあああああああああああああ!!」


 演習場で見たそれは、やはり到底受け入れることのできる光景ではなかった。


『……』


 唖然とする。


 よく見ると筋トレでもしているのか、レイがアメリアの足を押さえて腹筋をしている最中だった。アメリアは苦悶の表情を浮かべながらも、なんとか食らいついていた。


 その一方でレイもまた、真剣な表情でアメリアと向っていた。


 そんな二人の真剣な様子を見て、馬鹿にできる者など一人もいなかった。


 ただ二人は、来るべき魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエに対して真剣に準備をしているのだと。そう理解したからだ。


 そうして二人の特訓が終了すること、ついに魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの本戦がやってくることになった。



 ◇



「なぁ、あれって……」

「あぁ。すごいな」

「流石、アリウム君だよ。でも、オルグレン家の長女は流石に強かったみたいだね」


 決着がついた。


 アルバートはアリアーヌに真正面から立ち向かって、そして負けた。地面に寝転がり、空を見上げているアルバートを彼らはじっと見つめていた。


 幼い頃から付き合いがあるからこそ、三人は分かってしまう。


 レイに敗北してからのアルバートはまるで人が変わったかのように、努力に努力を重ねるようになった。


 今までは魔術師の世界は才能が全てであり、血統こそが至高であると語っていたあのアルバートが、ここまで泥臭く戦うなど予想はしていなかった。


 観客たちは試合の途中で、アリアーヌの勝利を確信していた。そのため途中で席を立つ者も中にはいた。


 しかしこの三人だけではなく、クラスメイトでこの試合を見ている者は誰一人として席を離れることはなかった。


 ただアルバートのその偉大な姿を心に灼きつける。そして同時に思った。きっとアルバートはレイ=ホワイトと出会った変わったのだと。


 全員の心の中ではすでに、レイの存在はただの一般人オーディナリーではなくなっていた。



 そしてついにやってきた魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエ新人戦決勝。アメリアとアリアーヌは文字通り、死闘を繰り広げていた。


 クラスメイトたちはアメリアの努力を知っている。レイとアメリアのあの日々を間近で目撃していたのだから。


「頑張れ!!」

「ローズさん頑張ってっ!」

「負けないでっ!」

「くそっ! オルグレン家の長女、強すぎだろうっ!」

「頑張れええええええええっ!!」


 クラスメイトたちは自然と集まるようになり、観客席ではアメリアを応援するためにほぼ全員が集まっていた。この場にいないのは、アメリア応援団のメンバーと行方をくらましているアルバートだけである。


 その他の全員はこの新人戦の決勝を一緒に応援したいという気持ちで集まり、アメリアを応援していた。


 それは今までの三大貴族のローズ家長女に媚びるようなものでは無い。


 ただ純粋にあの努力が報われて欲しいと。


 みんなは、そう願っていたのだ──。


「あ……」

「も、もう……」

「くそ。ここまでなのかっ!?」

「ちくしょう……やっぱり届かないのか……っ!」


 悲痛な声を上げる。


 すでにアメリアは地面に這いつくばっている。一方のアリアーヌは傷ついてはいるものの、しっかりとその歩みを進めている。


 すでに勝敗は決した。


 全員が、ここにいる観客全員が黙り込み、最後の結末を見届けようと。せめて最後までその勇姿を見ていようと。


 そう思った瞬間、聞き慣れた声がこの静寂を切り裂いた。



「アメリアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 立てえええええええええええええええええええええええええええッ!!」



 それは他でも無い。


 レイ=ホワイトの叫びだった。


 今までは最前列で大きな声で応援していた彼がいないことをクラスメイトたちは不思議に思っていた。決勝戦だというのに姿を見せない彼はどうしたのだろうか。


 頭の片隅でそう思っていた矢先、レイがやってきた。


 その瞬間、アメリアの背中から瞬く間に大量の紅蓮の蝶が顕現し……そして彼女は勝利を収めた。


 勝った。勝ったのだ。


 あの最強と謳われていたアリアーヌ=オルグレンに勝利したのだ。



「勝ったのか?」

「勝ったよね?」

「間違いない。ローズさんの勝利だっ!!」

『うわああああああああああああああああああああああああっ!!』



 アメリアの勝利の際、クラスメイトたちもこの観客席の片隅でその喜びを爆発させていた。それと同時に、彼、彼女たちはレイの存在が間違いなくアメリアの勝利を導いたのだと。そう思った。


 何か明確な根拠があるわけではない。


 でもあの二人は特訓を重ね、最後にはレイの声によってアメリアは覚醒したのだ。


 もうそれ以上の根拠などいらないだろう。


 そして、クラスメイトたちはレイ=ホワイトという人間を認めることになる。どこか不器用で、愚直ではあるが、真っ直ぐな芯を持った人間であると。


 入学当初の噂など気にもせず、ただ自分の道を進んでいく彼に憧れた。


 憧憬しょうけい


 一般人オーディナリーであっても、レイがレイであることに変わりはない。だからきっとこれからは、彼に対してもっと真摯に接したいと。確かに彼は貴族では無いし、その血統だけ見れば到底釣り合うものでは無い。


 しかし、世界はそれだけでは無いのかもしれない。


 レイ=ホワイトという規格外の存在が周りを変えていく。


 それはまるで水面に広がる波紋のように、広く、広く、どこまでも遠くに伸びていく。


 そうしてついにやってきた文化祭。


「メイド喫茶を提案する」


 いつものようにただ真面目な顔で、淡々と話すレイを見て全員は思った。


 ──あぁ。きっとまた面白い日々がやってくるのだと。



 レイのいない場所で、彼は確かに認められていた。彼は別にいつも通り、自分の進むべき道を自分で切り開いてきただけだ。


 それは、師匠であるリディアの教えのおかげだ。


 入学前に言われた言葉。


 きっと貴族たちによく思われないと。辛いことがあるのかもしれないと。


 リディアはそう言った。


 しかしレイは軽く微笑むと、優しい声音でリディアに告げた。


「師匠。きっと俺はまた迷うかもしれません。でも……学院でもまた、師匠のような優しい人たちに出会うことができたらいいと──そう願っています」


 図らずとも、それは現実になった。


 しかし、それはレイ自身の行動によって手に入れたものだ。


 彼はそんなことも知らずに、今後はクラスメイトとの絆を深めていくのだった。


 きっとそれは一生の宝物になるに違いない──。



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