第111話 レイのいない教室


 文化祭準備期間、真っ最中。


 現在はちょうどレイが出て行った後の教室で、全員が作業をしていた。


 放課後ということもあり、すでに帰宅しても良い時間ではあるが誰一人として帰ろうとはしない。


 このクラスの良いところは、三大貴族と上流貴族である生徒が女子と男子ともに一人ずついたことである。


 アメリアが女子生徒をまとめ、アルバートが男子生徒をまとめる。


 そうすることで全員が纏まることができ、こうしてしっかりと機能している。


 しかし、普通のクラスでは地位の高い貴族があるだけではこうはいかない。


 やはりその中心にいるのは、レイ=ホワイトであることは全員が認めるところだ。


 入学当初は、一般人オーディナリーということでほぼ全員が敬遠していた。普通に接していたのは、アメリア、エリサ、エヴィくらいのものだった。いじめ紛いのことしていても、咎める生徒はその三人以外にはいない。


 身の程を知るべきだと。


 このアーノルド魔術学院はたとえ一般人オーディナリーで魔術を使える稀有な存在でも、血統には敵うわけがないと。そう思っていたのだ。


 だがクラス全員がレイのことを違う意味で気にかけ始めたのは、アルバートがレイとの一騎打ちで敗北した後だ。


「おい。アルバート……」

「今は一人にしておいてくれ……」

「……」


 今までアルバートと共にいた仲のいい男子生徒は、かける言葉も見つからなかった。それはこの目ではっきりと見てしまったからだ。


 レイがアルバートを圧倒するところを。


 あれは一般人オーディナリーなどと言っている領域の話ではない。自分たちが決してたどり着くことはない、高次元の魔術師による戦闘。確かにアルバートは破格の才能を有し、実力もあった。


 だからこそ、他の男子生徒もアルバートに媚を売るような形で一緒にいたのだ。血統が上の貴族には、逆らうべきでは無いと幼い頃から知っていたから。血統こそが、魔術師の能力を決めるのだとこの年齢になれば誰でも理解できた。


 しかし、現実は違った。


 レイはアルバートを圧倒。それに、レイが本気を出してすらいないのは彼らでも理解できた。


 一体、あの一般人オーディナリーは何者なのだろうか、と思い始めていた。


 そんなアルバートの敗北は学院内に広まり、それを嘘だという者や信じられないという者はいたが……クラスメイトだけは感じ取っていた。


 この一般人オーディナリーは普通ではない、と。


 そしてクラスメイトたちはレイを観察してみることにしたのだ。図らずとも、全員がほぼ同時に……。


「アルバート」

「アリウム君」

「なんだ、どうかしたのか?」


 魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの校内予選が終わり、本戦への準備をしている期間。そこでアルバートの友人たちがやってきた。縁を切ったわけではない。だがアルバートは以前よりも一人でいる時間が多くなったし、何よりも変わった。


 ただ愚直に努力するようになり、その顔つきも精悍せいかんなものになった。


 噂に晒され、嫌な思いもしているだろうに……。


 と、思っている彼らだったが実際は違った。

 

 アルバートはそれは事実ということで全てを受け入れていた。そして未熟な自分がもっと成長するには、レイのあの高みに到達するにはもっと努力が必要だと理解したのだ。


 確かにアルバートは驕っていた。しかし、決してずっと愚かなままではない。


 きっとレイから受けた衝撃が小さいものならば、ここまでアルバートは成長しなかっただろう。


 片鱗であっても、魔術師の頂点を感じ取ったアルバートは悟る。


 あそこにたどり着くには、決して才能に驕ってはいけないのだと。


「その、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエ出場……おめでとう」

「うん! 本当にすごいよ!」

「そうだな。やっぱりアルバートくんは一年の中でもかなり強いよな! あのアメリアさんにも、もう一度やれば勝てるんじゃないか?」

「……」


 褒められていること自体は嬉しい。


 だがアルバートはそんな称賛を一蹴する。


「俺は、まだまだ未熟だ。それにきっとレイが出ていれば、彼が優勝候補筆頭になっているのは間違いない」

「そんな……」

「でもあいつは一般人オーディナリーで……」

「そうだよ。アリウム君が負けたのは、偶然だよ!」

「本当にそう思うのか?」

「う……」


 アルバートの眼光が鋭いものになる。


 分かっていた。レイ=ホワイトの勝利は決して偶然ではないと。あの魔術師としての技量、いや戦闘力は学生の範疇に収まっていないと。


 只者ではないのは理解している。だが、感情がその理解を拒む。


 たかが一般人オーディナリーと侮っている心が、まだ残っているからだ。


「たかが、一般人オーディナリー。まだそう思っているのなら、改めたほうがいい」

「う……」

「いやそれは……」

「でも……」

「こんなことは俺が言えたものではないが、言わせてもらおう」


 アルバートは立ち上がると、彼らと目線を合わせる。


 その双眸が見据えてるのは、彼らであってそうではない。彼の目にはずっと、レイのあの姿が映っている。


 ──【冰剣の魔術師】としての姿が。


一般人オーディナリーだからと言って、侮る理由にはならない。彼には力がある。それは俺たちが誰よりも知っているはずだ。まずは認めよう。レイは強い。きっと、この学院の誰よりも。それを知った上で、彼を見てみるといい」


 それだけ言うと、アルバートは教室から去っていく。その後ろ姿は以前よりも大きく見えた。もちろんトレーニングにより物理的に大きくなったのもあるだろう。しかし、それを踏まえてもアルバートは精神的にも大きく見える。


 確実に成長している彼を見て、友人たちはどうるべきか迷う。

 

 と、その中の一人が教室に残っていたエヴィに話しかける。


「なぁ、エヴィ」

「ん? どうした?」


 相変わらずの筋肉量。その体躯は同級生のものと理解していても、慄いてしまうほどだ。エヴィは別に貴族でもなければ、一般人オーディナリーでも無い。そのため、クラスでは中立的な立ち位置にいる。


 そんな彼だからこそ、話しかけやすいと言うのは間違いなかった。


「レイ=ホワイトと同室だったよな? それに仲もいいようだが」

「なんだ。レイのことが聞きたいのか?」

「あぁ。さっき、アルバートくんにそう言われて……」

「そうか。あいつも変わったな」


 エヴィはニカっと歯を見せて笑うと、レイについて語り始める。


「レイはすげぇやつだ」

「具体的に言うと?」

「筋肉がヤベェ……あれは流石の俺でもビビったぜ……」

「は?」

「え?」

「でも、ホワイトって線が細いよな?」


 三人ともにポカンとしてしまう。レイの筋肉がやばいなんて、エヴィから出るとは思っても見なかったからだ。エヴィが褒めるなど、理解はできないが……それでも彼らは最後まで聞いてみることにした。


「あいつはな、脱いだらすげぇ。着痩せするタイプっていうのは存在するが、レイは別格だな。あいつの体はまるで鋼のように仕上がっている……俺みたいにデカさを目的として筋肉じゃあねぇ……あれは、戦うための筋肉だ。一度、レイの筋肉を見ればわかるぜ。あの彫刻のような筋肉は、生半可な努力じゃあ手にできねぇ。お前たちも、レイの実力はもう知っているんだろう?」

「まぁ……」

「見ていたしな」

「うん……」


 レイが冰剣とまでは知らないが、アルバートが敗北したところまでは目撃している。そんな彼らは、エヴィからの話を聞いてさらにレイに対する認識を改め始めていた。


「それにレイは環境調査部の次期エースだ。ここだけの話、あいつはゴールドハンターなんだぜ?」

「なっ!?」

「学生でゴールドハンター!?」

「ま、まじかよ……あり得ないだろう……」


 驚くのも無理はない。


 ハンターの中でもゴールドハンター以上は別格の存在として認知されている。それは魔術師の間でも有名な話だ。確か、現在の環境調査部の部長がゴールドハンターであることは知っている。


 だがまさか、レイがあのゴールドハンターに至っているとは夢にも思わなかった。そしてさらに、増していく疑問。


 あの一般人オーディナリーは、一体何者なんだ……と。


「お前たちに限らず、レイを一般人オーディナリーで括ってみるやつは多い。でもな、一度レイ=ホワイトという人間だけを見てみろよ。そうすればきっと、得るものは多いと思うぜ? 何も好きになれとか、嫌いになるな、とか言ってるんじゃない。貴族にも色々とあると思うしな。でも、レイは真面目で愚直で……何よりも信頼のできる男だ。お前たちも、あの筋肉も見ればいつか分かるさ」


 エヴィはニヤリと笑うと、そのまま去っていく。


 取り残された三人は何を思うのか。いや、その三人だけではなかった。クラスにも残っていた生徒はほぼ全員がその会話に耳を傾けていた。


 あのレイ=ホワイトとは何者なのだろう。


 エヴィの言った通り一般人オーディナリーではなく、レイ=ホワイトそのものを見てみろ……その言葉に従ってもいいのではないか。


 少しずつだが、クラスメイトたちの認識はレイの知らないところで変わりつつあったのだ。


 

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