第83話 まさかの邂逅


 マリアと一緒にパーティー会場に入る。


 中に入った印象としては、やはりそれなりに豪華な装いになっているなと思った。


 それぞれ複数のテーブル席が用意されており、そこにはすでに食事と飲料が用意されていた。また内装は赤を基調とした絨毯が敷かれており、シャンデリアが天井から吊るされている。


 俺はこのような席は初めてなのだが、やはり貴族たちが集まるというのは普通ではないと理解した。


「なかなかに豪華だな」

「ま、こんなもんよ。じゃ、私は別に挨拶回りがあるから」

「また会えることを楽しみにしている」

「ふん……っ! くれぐれも、リリィーお姉様によろしくねっ! いい!? 私のことをしっかりと褒めて伝えとくのよっ!」

「あ……あぁ」



 マリアはそう言うと、会場の隅の方へと向かってしまう。うーむ。そのリリィーは俺なので、すでに全て筒抜けなのだが……まぁ仕方ないだろう。


 ──さて、俺は誰か知り合いでもいれば挨拶をしたいが……。



 まだパーティーは本格的に始まっていない。ということで中にいる魔術師はまだ少ないが、その中で一人テーブルの前でワインを嗜んでいる男性を見つけた。


 ──あの人は。いや、間違いなくそうだろう。


 俺は早足に近づいていくと、意を決して声をかけることにした。


「ファーレンハイト大佐。お久しぶりです」

「ん? すまない。どちら様であろうか」


 ポカンとした表情を浮かべる男性。


 ワイングラスをテーブルに置くと、そのまま俺の方へと体を向ける。


 そして俺は、自分の名前を告げるのだった。


「レイ=ホワイトです。ご無沙汰しております」

「レイ? いや、待てよ……あのレイなのか!?」

「はい。お久しぶりです」

「おぉ! あのレイがまさか学生をやっているとは! いや話には聞いていたが、こうして実際に見てみると印象がかなり違うな! 元気にやっているのか?」

「はい。大佐殿も、ご健勝そうでなによりです」

「ははは! まだ若い奴らには負けていられないさ!」



 握手を交わす。


 真っ黒な髪を刈り込んでおり、その体躯はそれなりの厚みがある。身長は俺と同じくらいで、顔にはシワがいくつか刻まれている。それに右の頬には大きな傷跡も残っている。


 しかしもう五十代に差し掛かろうと言うのに、大佐はまだまだ元気そうであった。


 ヘンリック=ファーレンハイト大佐。


 俺が軍人時代にお世話になった魔術師の一人だ。極東戦役では同じ部隊に所属し、幾多もの戦場を共にした。もちろん魔術師としての技量は抜群であり、七大魔術師の次点には来るであろうお方だ。


 ファーレンハイト大佐にも、とてもお世話になったのはもう懐かしい記憶だ。それほどまでに時間が経過してしまった。


 会うのは俺が退役してから、つまりは三年ぶりになる。


 誰かしら知り合いに会えると思っていたが、まさかファーレンハイト大佐に出会うことができて俺は心から嬉しかった。



「どうだ、レイ。学院での生活を謳歌しているか?」

「は。友人にも恵まれ、満足のいく生活を送っております」

「そうか……あんなにも小さなレイがもう、学生か」

「その節は大変お世話になりました」


 頭を下げる。


 すると大佐はふふ、と微笑みながら俺のことを微笑ましい表情で見つめてくる。


「いや、こちらもレイには世話になった。しかし、魔術領域暴走オーバーヒートはどうなんだ。良くなっているのか?」

魔術領域暴走オーバーヒートはわずかにですが、良くはなっています。時間はまだかかりそうですが。それに当時と比べれば、能力も戻りつつありますね。しかし自分の場合は、魔術領域暴走オーバーヒートだけでなくアレもありますので」

「あぁ。制約か……それは仕方ないな。だが……そうか。それはよかった。レイのことは……色々と心配していたからな。それにリディアのこともある」

「……ご心配ありがとうございます。師匠も元気です。それに、最近は良くキャロルと喧嘩をしてアビーさんに怒られているようで……」

「ははは! 変わらんなぁ、あの三人も」


 その後は軽く雑談をしてから、大佐は別に挨拶があると言うことでここで別れることになった。


 それに周りからの視線も気になり始めた頃だ。一介の学生に過ぎない俺が、どうして軍人……その中でも今となって極東戦役で成果を上げ、有名となっているファーレンハイト大佐と言葉を交わしているのかと。


 それを大佐も理解しているようで、最後に言葉を交わす。


「レイ、また会えることを楽しみにしている」

「自分もです。それでは、失礼します」

「あぁ。ではな」


 その場で一礼すると、大佐は右手を軽く上げて別の場所へと移動していく。


 ──あの人も変わらないな。


 そう懐かしさに浸っていると、後ろから聴き慣れた女性の声が聞こえた。


「レイ! どうしているのっ!?」


 幾度となく見慣れた制服姿のアメリア。今日は髪をアップにしているようで、後ろの方で長い髪を低い位置で結っている。彼女が髪を上げているのは初めて見るので、いつもと印象が違うがよく似合っている。


 そんな彼女の顔は驚愕に染まっていたが、どこか嬉しそうに俺の側へとやって来る。


「アメリア。その髪型、よく似合っているな」

「あ、ありがとう……って! それよりも、何でここにっ!?」

「まぁ今年は顔を出しておけと言われてな。一応、師匠と一緒にやってきた次第だ」

「あ、そっかぁ……レイって……」


 冰剣だもんね、とアメリアは口にはしなかった。


 そう言うつもりだったのは分かっていたが、流石にこれだけ大勢の人がいる中では誰かに聞こえるかもしれない。それを考慮して、アメリアは言わなかったのだ。


「アメリアは毎年来ているのか?」

「うん、そうだね。毎年ものすごく面倒だけど、今年はその……嬉しいというか、楽しいというか……」

「どうしてだ?」

「それはその、レイに会えたから……かな?」


 上目遣いで俺の様子を伺うようにして、その紅蓮の双眸が俺を見据えてくる。


 そうか。確かにここで友人に会えることはあまりないからな。きっと俺と同じ気持ちなのだろう。


「そうか。俺もここで友人と出会えて嬉しいと思う」

「……はぁ」


 あからさまにため息をつくアメリア。そんな様子を見て、俺はどうしてため息をつくのか理解できなかった。もしかして、この後に嫌なことでも待っているのだろうか。


「ん? どうした?」

「いや、なんでもないですよー」


 不機嫌になったのは理解できたが、その原因がわからない。これだけ仲のいいアメリアでも分からないことがあるのだ。俺もまだまだだな、そう考えているとさらに友人がこちらにやってくる。


「レイ! どうしてここにいますのっ!?」

「アリアーヌ。久しぶりだな」


 アリアーヌ=オルグレン。


 彼女もまた、驚いた様子で俺たちの方へとやってくる。


 アリアーヌもまた、アメリアと同様に今日は髪をアップにしてまとめている。彼女は三つ編みにした髪を左右にまとめているようだったが、やはりよく似合っている。


「えぇ。でもその……あなたは一般人オーディナリーでしょう? その、こう言っては失礼ですけど、どうしてここに? それに先ほど、ヘンリック=ファーレンハイト大佐と楽しそうに談笑していましたけど……?」

「あー。その、まぁ……色々と伝手があってな」

「伝手、ですの?」

「あ、あぁ……俺の保護者のような人が元軍人でな。その繋がりだ……」

「ふ〜ん。そうですのねぇ……ふ〜ん。元軍人ですか……」


 じっとアリアーヌに射抜かれる俺はとても居心地が悪かった。アリアーヌは完全に俺のことを疑っているようだった。


 別にアリアーヌに俺が冰剣であることは言ってもいいのだが、場所が場所だ。


 今後の学生生活のためにも、まだ冰剣であることは極力知られたくはないのでこの場はなんとか誤魔化すしかない。


 

「アルバートの件といい、アメリアの件といい、それにあの卓越した女装技術……レイってば、何者ですの? 本当は一般人オーディナリーではない、とか?」

「いや誓って俺は一般人オーディナリー出身だ。魔術師の家系ではない。突然変異的な存在だな」

「そうですの。でも、まだ何かある気がしますのよねぇ……」

「ぐ、うぅ……いや、その……」


 流石の俺もアリアーヌの追及に圧倒されていると、アメリアが助け舟を出してくれる。


「アリアーヌ、あんまり人の過去を詮索したらダメよ」

「アメリア……そうですわね。レイ、申し訳ありませんわ。謝罪いたします」

「いや。別に構わないさ」


 その後は三人で他愛のないことを話した。


 特にアメリアとアリアーヌはこうして仲睦まじく話すことがとても久しぶりということで、二人でとても盛り上がっていた。その際に、互いの昔の恥ずかしい話などを聞いていたが、純粋にそれは微笑ましいと思った。


 そしてこのままパーティーも、恙無つつがなく進行していくと思っていたが……。



「レイ? もしかして、レイなの!?」



 会場内に響き渡る一人の若い女性の声。


 それは明らかに俺の名前を呼んでいた。そして俺はその声に聞き覚えがあった。いや、俺だけではないだろう。この王国内でも屈指の有名人の彼女は、おそらくこの場にいる貴族ならば誰もが認知しているに違いない。


「レイ! やっぱりレイだ! やっとボクに会いに来たのっ! そうだよねっ!」

「……いえ。今日はその、所用で来たのですが」

「? もしかしてリディアの付き添い?」

「むしろ、師匠が自分の付き添いというか」

「? あ! あっちの件か! 理解した!」

「はい。流石は聡明な、オリヴィア王女ですね」

「ふふーん! もっとボクのことを褒めてもいいんだよ、レイ?」

「オリヴィア王女は聡明ですね」

「ふふ、そうでしょ?」


 俺の背中にもたれかかるようにして、抱きついてくる彼女。そんな様子を、アメリアとアリアーヌはぽかんとした様子で見ている。


 しかしそれも無理はない。俺がいま言ったように、このお方はアーノルド王国の王族。


 オリヴィア=アーノルド第二王女なのだから。


 王族との接点がなぜ俺にあるのか。


 端的に言ってしまえば、過去にオリヴィア第二王女が誘拐された事件が生じた際に出会った。


 それは表沙汰にはなっていないが、裏ではもちろん大騒ぎ。その時に、師匠の従姉妹の家で療養していた俺が、紆余曲折ありその事件の解決に一役買ったのだ。


 それ以来、オリヴィア王女は俺に懐いているというか……なんというか。


 実は前々から、彼女から王城に来て欲しいと招待状が送られているのは知ってた。だが時間が合わないというか、色々と都合が悪く今まで先延ばしにしていたのだ。


「えへへ〜。久しぶりに会えて、ボクも嬉しいよっ!」


 ついには俺に完全に抱きついてペタペタと体を触ってくる始末。王族と言うこともあり、失礼な態度を取るわけにもいかないので俺はあるがままを受け入れる。


 そんなオリヴィア王女は、言動は少し幼く見えるが、俺たちよりも一歳だけ年下である。


 その銀色の胸まである艶やかな髪は、シャンデリアの光を綺麗に反射していた。


 また、その碧を基調としたドレス姿はとてもよく似合っている。


 オリヴィア王女は何と言っても、その対称的な顔が特徴的だ。人間は必ずと言っていいほど、歪みがある。だがオリヴィア王女は完全に対称的な顔をしている。


 そのパッチリと開く双眸も、スッと通る鼻も、僅かに厚みのある女性特有の艶やかな唇も、全てが左右対称。


 王族は例外なく、圧倒的な美貌を兼ね備えているがその中でもオリヴィア王女は間違いなくズバ抜けていた。


「よし! レイは今日からうちで暮らそう? ね? ボクと一緒にさっ! もちろん、部屋は一緒だよ?」

「それは以前もお断りしたはずですが……」

「いーやーだー! レイと一緒がいいー!」


 駄々を捏ね始めるオリヴィア王女。背中をバシバシと叩いてくるが、俺はただ受け入れるしかなかった。いつもそうだが、オリヴィア王女の対応は中々に骨が折れる。


 俺はどうしたものかと思っていると、恐る恐るアメリアが尋ねてくる。


「あの〜、もしかしてレイとオリヴィア王女はお知り合いで?」

「お! アメリアとアリアーヌじゃないか! ボク、気が付かなかったよ!」

「あ、ははは……」

「で、その質問だけど……」


 ──これは、まずい……と思ったが時すでに遅し。


 オリヴィア王女の口からとんでもない発言がこの場で飛び出てしまう。


「レイとボクは将来を誓い合った仲なんだよっ!」

『ええええええええええぇぇぇ!?』


 あぁ……またいつものやつか、そう俺は辟易しながらパーティーは続いていくのだった。

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