第82話 魔術協会へ
魔術協会。
そこは世界中の魔術師を管理している組織。ほぼ全ての魔術師はこの魔術協会の会員であり、それぞれが魔術師としての地位を保証されている。
と言っても、協会に所属していない魔術師も当然いる上に、所属していたとしても顔を出さない方が多い。むしろ協会の集まりにやってくるのは上位魔術師、または貴族の人間が多いとのことだ。
俺は今まで一度もこの魔術協会にやってきたことはないのだが、当代の『冰剣の魔術師』ということで会長に招待されていた。ちなみに会長とはすでに面識はある。
七大魔術師はこうして毎年夏と年末のパーティーに招待されるらしいが、全員が揃うことはない。
アビーさんやキャロルはよく出席している一方で、師匠は面倒だということで来ないことの方が多かった。しかし、今回は流石にそろそろ顔を出した方がいいだろうということで、今は師匠、それに彼女の車椅子を押しているカーラさんと共に俺は魔術協会に向かっていた。
「魔術協会に行くのは初めてですが、実際はどうなんですか師匠」
「……まぁ面倒だな。特に貴族が多くやってくる。あいつらは協会に色々と金を出しているから。だがまぁ……別にお前が冰剣だと周りに言う必要もあるまい。会長とその他の奴らにテキトーに挨拶をしておけばいいさ。あとはうまい飯を食うだけだな」
「なるほど。勉強になります」
「ま、レイは大人の中は慣れているだろうから心配していないがな」
「そうですね」
また、今の俺の服装は学院の制服だった。
学生の正装は制服だろうと、師匠が珍しくまともなことを言ったからだ。
師匠はラフにシャツとロングスカート。髪は今日はカーラさんにしてもらったようで、後ろで三つ編みに結ったものを円状にまとめていた。カーラさんはいつものようにメイド服を着ている。
魔術協会は王国の中央区にある。その中でも、一番中央にある王城のやや北のほうに位置している。建物自体はかなり大きく、王城には匹敵しないがこの王国内では二番目に大きな建物だろう。
真っ白な外壁がよく目立つ場所だ。
そして俺たちは魔術協会へ続く通りに入ると、周りには
「そう言えば師匠は昔からよく参加していたのですか?」
「ん? まぁ……それこそ気分次第だな。アビーに絶対に来いと言われた時は行っていたが、後は行かないことの方が多い。それに七大魔術師は来ないやつの方が多いからな。アビーのようにほぼ毎回出席しているやつの方が珍しい」
「……確かに七大魔術師の面々は、こういう集まりには顔を出しそうにありませんね」
「だろう? あいつらは軒並み頭がおかしいからな。来るはずもないだろう」
「……」
「おい、レイ。なんだその目は?」
「いえ! なんでもありません!」
「そうか……ならいいが」
じっと半眼で俺の双眸を射抜いてくる師匠。その様子は明らかに、俺の内心を疑っているものだが口にしなければ問題はない。そう……ないのだ。
軒並み頭がおかしいのは、師匠も同じでは? と言いたいところだが俺はぐっとこらえた。
口は災いのもと。
余計なことは言わないに限る。師匠は自分のことを割と常識人だと思い込んでいる節があるので、下手に真実は告げない方がいいだろう。
普通に考えれば、常識的な魔術師は街の中で魔術戦を繰り広げない。
この前のキャロルとの戦闘はすっかり頭から抜け落ちているのだろうか。
と、そんなことを考えながら進んでいると後ろから俺は思い切り抱きつかれる。
背中に柔らかい二つの球体が押し付けられると同時に、この柑橘系の香水をつけている人間の心当たりは一人しかいなかった。
「レイちゃ〜ん! やっほ〜☆ リディアちゃんもやっほ〜☆」
「キャロルか」
「おいキャロル! 私のレイから離れろ!」
「はいは〜い☆」
キャロルはそういうと、すぐに俺の隣に来て一緒に歩みを進める。
「キャロル、お前どうして来た? 今年は仕事があると聞いていたが?」
師匠がそう尋ねると、キャロルにはニコニコと笑いながらそれに応える。
「今年はレイちゃんが初めて来るということで、先輩として来ちゃいました〜☆ でも流石、リディアちゃん! 過保護だね〜☆」
「過保護ではないっ! これは正当なものだ。私はすでに七大魔術師ではないとは言え、正式に招待されているからな」
そして師匠はおもむろに胸の中に手を突っ込むと、招待状をキャロルにしたり顔で見せつける。いつも思うが、師匠はどうして胸の中に色々と入れているだろうか。そう考えて前に聞いたのだが、「便利だから」らしい。
男性の俺には分からない感覚だ。
「なるほどね〜☆ あくまでレイちゃんの付き添いは、つ・い・でなんだね〜☆」
「そ、そうだっ! 仕方なくついて来ているだけだっ!」
「え? でも俺は一人でも大丈夫と言いましたが?」
「……お前がついて来て欲しいと言ったんだろう? レイ、なぁそうだろう?」
「……は! そうでした!」
有無を言わせない視線で俺を見つめる師匠。それは、「正直に言ったら殺す」と如実に物語っていた。
この時ばかりは逆らってはいけないと、俺の本能が知っている。
俺はそうして普通に嘘をつくと、キャロルもこれ以上は何も言わないのか急に話題を変える。
「あ! そう言えばさ〜、レイちゃんのお友達でさ〜、アメリアちゃんいるじゃない?」
「あぁ」
「彼女、多分次の七大魔術師の候補だね〜☆ 三大貴族から七大魔術師が生まれるのは久しぶりかも〜☆」
「アメリア=ローズか。レイがこの前に連れて来たときにあったが、まさか概念干渉系の
「リディアちゃんのいう通りだね〜☆ 概念干渉系の
二人がそう話しているのを聞いて、俺は思い出していた。
そうだ。確か因果に干渉する魔術を持っている魔術師はもう一人いる。俺はまだ会ったことはないが、七大魔術師の一人であるはずだ。
しかし、確かに……アメリアの
まぁまだ未熟なところはあるので、俺もそれはサポートしていきたいと考えているが。
「さて、と。到着〜☆ じゃあ、リディアちゃんはキャロキャロと行こうね〜☆」
「は!? どうしてだ!? レイを一人にしてどうするつもりだっ!」
「私たちは軍人時代の方で挨拶があるでしょ〜☆ それにレイちゃんも一人で大丈夫だよね?」
「もちろんだ。では師匠、キャロル、それにカーラさんも。また会いましょう」
「うん! バイバーイ! レイちゃん!」
「れ、レイっ! 気をつけろよ〜っ!」
「レイ様。失礼します……」
そうして師匠達は先に協会の建物内に入ると、別のところに向かってしまったので俺はとりあえずパーティー会場に向かう。
内装はよく見ると真っ白な壁は新しいようで、百年以上前から存在しているとは思えないほどだ。
おそらく、ここ数年の間で大幅な内装工事でもあったのだろう。
俺はそんな現代的な内装に少し感動しながら一人で案内を見て進んでいると、見知った二人の顔を見つけた。
黒髪ロングの艶やかな雰囲気の女性。それと美しい純白の髪を持つ女性。そう、その二人とはブラッドリィ姉妹だった。
「レベッカ先輩。それに、妹のマリア嬢も一緒でしたか。これはこれは、ご無沙汰しております。二人とも麗しいお姿で」
「レイさん、こちらこそお久しぶりです。それにしても、レイさんもご招待されていたのですか?」
「えぇ。ちょっとした伝手がありまして」
「そうでしたか。あらでも、どうしてマリアの名前を?」
「あ、えっとその……お二人は三大貴族で有名なので、以前からは把握しておりました!」
「なるほど。そうだったのですね」
今更思うが、俺は
レベッカ先輩には俺が冰剣の魔術師であると言っていないしな。別に伝えてもいいのだが、ここでは問題があるな……と考えて今回ははぐらかしてしまう。
そして、レベッカ先輩の後ろにササっと隠れたマリア嬢が俺のことをじっと見て来る。
「マリア、ご挨拶して下さい。あなたの先輩になる人ですよ」
「……」
そう言えば、俺は以前にマリア嬢に出会っているので普通に知り合い感覚で話しかけてしまったが……そうか。あの時は俺はリリィー=ホワイトとして出会っていたのだ。つまり、マリア嬢はレイ=ホワイトのことは知らない。
だからこんなにも警戒した様子なのだろう。
「……マリア=ブラッドリィ」
ブスッとした顔で俺と目を合わせずにそう言って来るマリア嬢。
なるほど、いつもはこのような感じなのか。
そして俺も挨拶を交わす。
「レイ=ホワイトだ。レベッカ先輩には大変お世話になっている。マリア嬢とも是非、仲良くできたらいいと思っている所存だ」
「……ふんっ!」
プイッと横を向いてしまうマリア嬢。それを見て、レベッカ先輩は苦笑いをしながら俺に謝罪をする。
「もう、マリア。ちゃんとしないとダメですよ。申し訳ありません、レイさん」
「いえ。自分は気にしておりませんので」
「あ! そう言えばちょっと用事があるのを思い出しました。すいません、少し席を外しますね。もし良ければ、マリアとお話していて下さい」
「わかりました」
レベッカ先輩は何か思い出してようで、タタタと逆方向へ走り去ってしまう。
そこで残された俺たち二人。
パーティー会場に二人で向かってもいいが、マリア嬢はなぜか俺の顔をじっと見つめていた。
「あんたさぁ……」
「なんだろうか」
「お姉ちゃんのこと、狙ってないの?」
「狙う? なんのことだ。俺は暗殺の類は考えていないぞ」
「は? んなわけないじゃん。バカなの? 私、知ってるの。お姉ちゃんがめちゃくちゃモテるの」
「それはそうだろう。レベッカ先輩はとても魅力的な人だ。異性同性ともに人気があるのは俺も知るところだ」
「……ふーん。なんか、あんたは違うのよねぇ……男って大体お姉ちゃんに色目使うけど、あんたはそれがないっていうか……もしかして、恋人でもいるの?」
「いやいないが」
「それであの態度なの?」
「あぁ。レベッカ先輩は俺の尊敬する素晴らしい先輩。敬意を持って接しているだけだ」
「ふーん……それに、私の容姿にも全く驚いていないし」
以前会った時のように、相変わらずマリア嬢の純白の髪と真っ赤な双眸は美しいままである。耳にしているピアスも敢えて見せているようで、とてもお洒落に気を使っているのが伺える。
「まぁ知り合いにもいるからな。それに君の純白のその姿はとても美しい。特にそのピアスは自分でやっているのか? よく似合っていると思う」
「は? 私に色目使ってるの?」
「いや、純粋なる感想だ。女性のお洒落は手間と時間がかかるのは理解している。それを褒めるのは当然だろう。特にピアス関係は化膿する可能性などもあり、管理が大変だろう。それだけの数を維持しているのは感嘆すべきものだ」
「なんか……変わってるね、あんた」
「よく言われる」
「……そう言えばさぁ、なんか見覚えあるのよねぇ。妙に親近感あるというか……」
「……」
冷や汗が垂れる。きっと彼女が見据えているのは、女装した俺ことリリィーのことだろう。そしてマリア嬢は得心でもしたのか、「あ!」と大きな声を上げる。
「待って! もう一度名前教えて!」
「……レイ=ホワイトだ」
「! もしかして、リリィーお姉様の兄妹!?」
「……そ、そうだ」
俺はそう嘘をついてしまった。
今はこうするしか方法はない。
先ほどまでとは打って変わり、マリア嬢の声はワントーン上がり、その双眸も輝きを増しているからだ。
こんなに嬉しそうな顔をしているのに、あれは俺が女装している姿などと誰が言えるだろうか。そんな夢をぶち壊すような真似は俺にはできない……。
「お、お姉さまの兄ってこと?」
「ま、まぁそうだな……リリィーはその、双子の妹だ。ただ病弱でな。あまり外には出ることができないんだ」
「へぇ……そうなんだぁ。お労しいわね、お姉様」
「ま、まぁ気持ちだけは受け取っておこう」
「それで妙に似ていると思ったのよねぇ〜! それならそうとは早く言いなさいよっ!」
急に距離を詰めて来ると、笑いながら背中をバシバシと叩いて来るマリア嬢。先ほどとはまるで別人のように、彼女は俺に対して一気に距離を詰めて来る。
「男は嫌いだけど、特別にマリアって呼ぶことを許可するわっ! 私もレイって呼んであげるから!」
「あぁ。だが君はその……いや、マリアはあれだな。レベッカ先輩とは全く逆の性格のようだな」
俺がそういうと、彼女の顔には少しだけ陰が差す。
「ん? まぁ、お姉ちゃんはお淑やかだよね。腹黒くもないし、本当にいい人だと思うよ。でも私はね〜。お姉ちゃんと比較されてきたからね〜。それにこんな容姿だしさ。性格歪むのも仕方なくない?」
あはは、と自虐気味に笑いながらそう告げるマリアはどこか寂しそうな雰囲気を漂わせていた。そして俺は同情からではなく、純粋に思ったことを口にする。
「いや、容姿は神秘的で美しい上に、性格は正直でいいと思うが。何も問題はないだろう。逆と言ったのは、純粋な意味で別に揶揄してはいないさ。姉妹揃って外見も内面も美しいと思っただけだ。レベッカ先輩に似て、マリアもとても魅力的な人だと俺は思う」
「……あっそ! じゃ、行きましょっ!」
「あぁ」
プイッと顔を背ける彼女は少しだけ顔が赤くなっていた。それは純白な姿をしたマリアだからこそ目立つものだが、純粋に俺は微笑ましいと感じた。
こうして俺たちは、パーティー会場へと進んでいくのだった。
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