第81話 キャロルとのデート(死闘)


「……」

「やっほ〜、レイちゃ〜んっ!」

「……」

「どうしたの〜? 今日は元気ないの〜☆」

「……」

「それにしてもカッコよくなったねぇ〜。キャロキャロの目は間違いなかったよっ☆」

「……」

「話してくれないと、イタズラしちゃうぞ〜っ☆」

「……お前が過去にしたことは、俺は忘れていないからな」

「もうー! そんなこと言ってー! 過去のことは水に流そ、ね?☆」



 王国の中央区。


 そこにある噴水の前で待ち合わせをしていたが、今日ほど憂鬱な日はなかった。


 魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエでの出店のためとはいえ、俺は悪魔と取引をしてしまった。しかしここで約束を守らないというのも、道理に反する。ということで俺は本当に心から嫌々ながらも、ここにやってきた。


 キャロルはいつものように派手な服装で、肩が完全に出ているフリル付きのワンピースを着ていた。それは赤を基調としており、ポイントで花の刺繍が入っていた。


 髪型もいつもよりも気合が入っているのか、綺麗に巻かれており微かに艶が出ていた。おそらくオイルを軽くつけているのだろう。


 それにこの日差しだからか、サングラスをしているがまぁ……よく似合っている。


 加えて、微かに香る柑橘系の匂いが鼻腔に抜ける。


 キャロルがここに来るまでにどれだけ時間をかけているのか、俺にはよく分かった。だからこそ俺は、気は進まないが言うべきことは言っておく。


「その……」

「え? どうかしたの、レイちゃん」

「いや……よく似合っている、と思う」

「レイちゃん……」


 キャロルはウルウルと目に涙を溜めると、ガバッと俺に抱きついてきたっ!


「うお!!?」

「もう、大好き〜☆ レイちゃ〜ん、嬉しいよぉ〜☆ ありがとー! 頑張ってオシャレしてきてよかったぁ……っ!!」

「は、離れろっ!」

「もう! 師弟揃ってツンデレさんなんだからっ!」


 俺はへばりつくキャロルをなんとか引き剥がすが、一方のキャロルは本当に楽しそうにニコニコと微笑んでいた。


 まぁ……実際のところ、キャロルとこうして二人きりで話すのは久しぶりだ。幼い頃はよく話していたが、極東戦役が終わった後はほぼ会っていない。そのため、キャロルの反応も理解できるがこいつは俺のどこをそんなに気に入っているんだ……?


「じゃ、いこっ! レイちゃんっ! はいっ!」

「はいって、どういう意味だ? それにその差し出した手は?」

「今日はなんでもいうこと聞いてくれるんでしょ? そういう約束だよね〜☆ レイちゃんは約束を守る人だよねぇ〜?」

「ぐ……う、く……」


 俺はキャロルの左手を握る。


 それは女性特有のもので、とても薄い手だった。そしてあろうことか、このアホピンクは指を絡めてきたのだ。だが俺に抗う術はない。自分でそう約束したのだから。


「へへへ! カップルみたいだねっ!」

「おい! それはやりすぎだろう!」

「な・ん・で・も、だよね〜☆」

「ぐ、ぐうううう……」


 悪魔との取引はこういうことなのだ。俺はもちろんこの未来を分かっていた。キャロルもまた、俺が分かっていることを理解している。だからこその行動。俺が文句を言いつつ、受け入れてくれると分かっているのだ。


 キャロルは言動はイかれているが、実際はかなり頭がキレる。それこそ魔術師の中でも屈指の頭脳の持ち主だ。師匠もまた、研究者としてのキャロルを認めているほどに。


 そんな彼女はすべて分かった上で、俺にこのような行動をしてきているのだ。


「じゃ、行こうかっ!」

「あぁ……」

「なんだか昔を思い出すね〜☆」

「あぁ……」


 そうして俺たちは街の喧騒の中へと消えていく。


 あぁ……願わくば、今日という日が無事で終わりますように……。



 ◇



「カップルなんで、このカップルメニューでお願いしま〜す☆」

「まぁ! 美男美女ですね! とてもよくお似合いですっ!」

「えへへ〜☆ ねぇ、レイちゃん! お似合いだって!」

「……もう、好きにしてくれ」


 二人で入った喫茶店はあろうことか、カップルメニューというものを導入していた。それを注文して店員もまた俺たちがお似合いだと言ってくる始末。


 あぁ……もう本当に、色々と諦めた。しかしこの一日を耐えきれば、大丈夫だと言い聞かせて俺はなんとか精神を保つ。


 腕を絡ませてきているキャロルは、なぜか向かいの席ではなく隣の席で依然として腕と手を絡ませてきている。


 俺はもうどうにでもなれと、半ば諦め気味に虚空を見つめる。



「こちら、カップルパフェになりま〜す」

「わ〜☆ 美味しそうだね〜☆」

「あぁ……」


 そしてキャロルはパフェをスプーンで掬うと、俺の方に向けてくる。ニコニコと笑いながらも、それは有無を言わさない。絶対に食べろという意志がキャロルの双眸には宿っていた。


「あ〜ん☆」

「……」

「レイちゃん、あ〜ん☆」

「……あーん」


 俺はキャロルによって運ばれたそれを口に入れると、とりあえず飲み込む。


 今の俺に、拒否権は……ない。


「美味しいよね〜☆」

「あぁ……」


 味などしなかった。ただただ無味だった。俺はあまりの精神的なダメージにより、すでに味覚を失っていた。


 その後もキャロルと運ばれて来るものを食べながら話していると、彼女は急に俺の腕から離れて向かいの席に座り始める。


 その様子は今までと異なり、張り詰めた雰囲気が醸し出されていた。


「ね、レイちゃん」

「どうした、急に」

「その、さ。あの後は、元気だった?」

「……極東戦役の後か?」

「うん。本当はね、もっと早くレイちゃんに会いたかった。でもね、その……最後の作戦は私が立案したから……さ。その……ね」

「キャロル。いや、そんな……」


 極東戦役での最後の作戦。あれはまさに地獄だった。キャロルは作戦指揮官として優秀だった。だがあの時は、敵に裏をかかれてしまい完全に包囲されたのだ。キャロルに非はない。あの戦況は誰であっても予想不可能だった。それがどれほど優秀な指揮官であったとしても。


 そして俺と師匠、それに他の魔術師たちでその地獄のような戦場を戦い抜いた。犠牲も多く出た。数というものは戦争において圧倒的だ。そしてついに師匠が下半身を撃ち抜かれた瞬間、俺は魔術領域暴走オーバーヒートを引き起こしてしまい……今に至るということだ。


 キャロルはその負い目から俺に会うことはできなかったと、そう言っているのだ。


「もちろんね。真っ先にリディアちゃんには謝ったの……でもその、レイちゃんには会う勇気がなくて……ごめんね。そうなったのは私のせいなのに……その……ずっと、ずっと謝りたくて。だからね、今日は来てもらったの。ごめんね、時間がかかって。本当に、本当にごめんね……」

「キャロル……」


 見ると、キャロルはポロポロと涙を流し始めていた。


 あの戦争で俺たちは多くのものを失った。でも、失わずに済んだものもある。


 それに俺は別に魔術領域暴走オーバーヒートを誰かのせいにする気などない。


 これは全て、俺の未熟さが招いたことだ。


 あの時に感情を爆発させ、全てを殺し尽くすという殺意に飲み込まれた俺の責任だ。


 思えば、キャロルはずっと会いに来なかった。養生している間は、ずっと今の家族と師匠と会っていた。たまにアビーさんには会ったりもしたが、キャロルとは会うことはなかった。


 しかし、そういうことだったのか……と俺は得心する。


 キャロルはいつもおかしな言動をしているが、それは決して感情を抱いていないというわけではない。


 彼女もまた、あの戦争での古傷を残したままなのだ。


「キャロル。あれは俺の責任だ。俺が未熟だったから、魔術領域暴走オーバーヒートを起こしただけだ。だからもう泣かないでほしい。俺はキャロルのせいだなんて、思ってはいない」

「うぅ……レイちゃんは優しいね。ずっと、そうだった……」

「キャロル。俺もお前も多くのものを失った。でも今はこうして生きている。俺はそれだけ十分だ」

「うん……うん……そうだね。ありがとう、レイちゃん」



 溢れ出る涙を拭いにこりと微笑むキャロルは、少しだけいつもより魅力的に見えた。



 ◇



「うん……ん……ん? ここはどこだ?」


 目が覚めると俺はベッドの上にいた。


 なぜだ──?


 なぜ俺はここにいる? そもそもあの喫茶店を出て、キャロルと二人で買い物をしてからディナーをとった。その後は、各々自宅に戻るはずだったが……。


 いや待てよ、思い出すと……そう言えば、キャロルのやつがホテルに行こうと言い始めたのだ。


 もう夜もいい時間だからと、ちょっと休んで行こうと。


 流石にそれはヤバいと思って俺は逃げ出したはずだが……そうだ。思い出した。


 あの瞬間には、とっても可愛い私の不思議な世界キャロル・イン・ワンダーランドが発動したのだ。


 アメリアといい、キャロルといい、こんなに気軽に固有魔術オリジンを使うなと言いたいところだが……キャロルがいない。


 それに俺もまだ頭痛がして、満足に体を動かすことができない。


「……この音は?」


 聞こえるのは水の音だ。きっとシャワーを浴びている音に違いない。そしてキュっと音がして、水の音が消え去ると扉が開いて誰かが俺の元へと近づいてくる。


 薔薇の香りを漂わせながら、その圧倒的な存在が俺のそばへとやってくる。


「レイちゃん……」

「あ……は!? お前、まじか!? まじなのか!?」

「あの時は無理やりだったけど、今日はその……いいよね? レイちゃんも私を受け入れてくれるんだよね? なんでも、だよね?」

「おいおいおいおいおいっ!? なんでもとは言ったが、流石にこれはマズイだろうっ!? 教師と生徒だぞっ!!」

「もう、ツンデレさんなんだから☆ それに禁断の関係も、そそるよね?」


 と、ベッドに足をついて俺の胸へと体を預けてくるキャロル。バスタオル一枚だけを身につけ、その豊満な胸は今まさに溢れそうなほどであった。


 女性特有の匂いが鼻腔を抜け、さらにはそのしっとりとした肌が触れる。完全に密着している状態だが、力が入らない。おそらく、とっても可愛い私の不思議な世界キャロル・イン・ワンダーランドの効力が残っているのだろう。


 体内時間固定クロノスロックを解除している状態ならばまだしも、今の俺はキャロルの固有魔術オリジンに抗う術はない。流石に思考の誘導まではしていないようだが、体の身動きが満足に取れない……これは、まずい。


 これは非常に、過去最高にマズイぞっ!!


 いつものおどけた様子とは違い、完全にその身に大人の色香を宿しているキャロル。確かにキャロルは美しい女性ではあるが、これでもかと異性であることを意識したのは初めてだった。


 いや、この状況になってしまえば意識しない方がおかしい。


 そして妖艶に微笑みながら、俺の耳元にその赤い唇を近づけてこう告げる。


「レイちゃん、ね? 卒業しとこ? 私が優しくしてあげるから、さ……」

「ぐ、うううううう、動けえええええええっ!!」

「レイちゃん……」

「う、うわああああああああああああっ!!」


 う、動かないっ!


 迫り来るキャロルの唇を拒むことができないっ! それに完全にバスタオルを脱ぎ捨てたキャロルは、一糸もまとわない姿のまま俺を押し倒してくる。豊満なそれは俺の体に密着し、その美しい造形の顔が徐々に迫ってくる。


 ──お、終わった……。あぁ。俺はきっと今日ここで、全てを終えるんだ……。


 そう覚悟を決めている最中、ドアがものすごい勢いで吹っ飛んだ。それは窓ガラスに突き刺さり、パラパラと破片が室内に零れ落ちる。



「間に合ったようだなっ! 大丈夫かっ! レイ!」

「し、師匠っ!!」



 そこにやってきたのは、師匠だった。しかし今日はカーラさんはいなく一人で車椅子を押してきたようだが……俺は思わず嬉しくて涙を流していた。


 いつもはゴリラにしか見えない師匠だが、今日ばかりはその姿は英雄としか思えなかった。



「……リディアちゃん。もう、いいところだったのにぃ。今日はレイちゃんも受け入れていたんだよ? 合法だよ?」

「嘘つけっ! 嫌がっているだろうっ! レイ、待っていろ。このアホピンクは私が殺す!」

「ふんっ! 絶対にレイちゃんの童貞は私がもらうもんっ!」

「フハハ! 返り討ちにしてくれるわっ!」


 そしてキャロルと師匠が本気で魔術戦を繰り広げる。


 この部屋が崩壊するなどというレベルではなく、このホテルそのものが壊れるのではないかという勢い。


 俺は身動きが取れないベッドの上でそのあまりにも過酷な死闘を、震えながら見つめていた。


 その後、通報があったのか、やってきたのは魔術協会の治安維持を担当している人間とアビーさんだった。


 俺は手厚く保護されると、そのままこの場はアビーさんが鎮圧した。いかにキャロル、それに師匠といえどもアビーさんの魔術の前ではなす術もなく二人は大人しくなった。


「あ、アビーさぁぁん……」

「よしよし、怖かっただろうレイ」


 俺はアビーさんに抱きつくと、そのまま頭を撫でてもらう。


 一方で、キャロルは全裸のまま頭からベッドに突き刺さり、師匠は地面にうつ伏せに寝転んでいた。二人ともすでに意識はなく、完全に気絶している様子だった。


「さて、と。レイ。お前は帰るといい。私はこのアホ二人を叩き起こして、説教をするからな」

「はい。助けてくださり、ありがとうございました」

「気にするな。さて、こいつらはどうしてやろうか……」


 その後、キャロルと師匠がどうなったのか。俺は知らない──。



 本日の教訓。


 安易な約束は、決してしてはならない。



 

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