第80話 買い物と奇妙な先輩
「やっほ〜、レイ。おはよ」
「おはようございます。セラ先輩」
ぺこりと頭を下げる。
今日は約束をしていたセラ先輩との買い物に赴いていた。
その目的はガーデニングショップで新しい種苗、肥料、栄養剤などの購入だ。俺たちは二人は園芸部を代表してこうして定期的に買い物に来ている。
セラ先輩も上流貴族で何かと忙しいらしいのだが、今日は午前中だけならと言うことで二人で早速王国内のガーデニングショップに向かっている。
「はぁ。本当はレベッカ様も一緒に来れたら良いんだけど……」
「そうですね。しかし、三大貴族の方々は忙しいのでしょうね」
「そうなのよ。私でさえ色々とあるのに、三大貴族はもっと大変よ。確か数日後に魔術協会でのパーティーがあるとか」
「なるほど」
ちなみにその魔術協会のパーティーだが、俺も招待されている。今までは行っていなかったのだが、流石に当代の『冰剣の魔術師』として参加しておけと師匠に言われたからだ。会長も俺に会いたいと行っていたらしい。ちなみに師匠も付いて来るようだった。
俺はもういい歳なので別に大丈夫です、と言ったのだが、何かと理由をつけて付いて来ると言うことだった。
こうしてずっと俺のことを心配してくれる師匠には本当に頭が上がらない。
「ちなみに今日は何を買うんですか?」
「肥料と培養土。それに秋の花もそれなりに揃えておかないとね」
「了解しました。そういえば、セラ先輩は今まで一人でこれをしていたのですか?」
「ん? まぁそうね……私が副部長になってからは一人でやってるわね」
「なるほど。これからはいつでもお呼びください。荷物持ちは幾らでもします。力はありますので」
「まぁそうね。実は割とレイには助けられているからね。これからもよろしく頼むわ」
「はい!」
そんな話もしながら、俺たちは進んでいく。そして王国内で一番大きいと言われているガーデニングショップに来た。店の前にはすでにたくさんの種苗が陳列されており、それに色々な種類の花もあった。
「奥の方に行きましょう」
「わかりました」
セラ先輩の後についていくと、店の奥の方に進んでいく。
「どうも、こんにちは」
「おぉ! ディーナちゃんじゃないかい! 久しぶりだねぇ!」
「はい。ご無沙汰しております」
店の奥にいたのは、女性の人だが割と若く見える。俺の予想では、30代前半といったところだろうか。
また、セラ先輩と昔から顔なじみらしく色々とサービスしてくれるらしい。曰く、店長だから気にしなくて良いのよ〜、とのことだった。前回来た時、俺は会うことはなかったので今日が初顔合わせになる。
「あ、店長。こちら後輩です」
「レイ=ホワイトと申します。まだガーデニングに関しては浅学な身の上ではありますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
深く頭を下げて、俺は一礼をする。
初対面。それに俺はまだまだ幼く、一年生という身分だ。だからこそここは、しっかりと挨拶をしておく。何事も礼儀は大切だからな。
「あらまぁ。しっかりとした子ねぇ……もしかして、ディーナちゃんのこれかい?」
小指を立てて、ニヤリと笑う店長。一方のセラ先輩は慌てながらその言葉を否定する。
「ちょ! 違いますよ! 私はレベッカ様一筋ですから!」
「ふーん。ま、そういうことにしておこうかねぇ……でもよく男子の入部なんて許したわねぇ。確か昔は一蹴してたんでしょ?」
「それはレベッカ様を狙った下賎な人間だったからです。でもレイはしっかりとしてますので。園芸部の活動も一番真面目に取り組んでいます」
「なるほどねぇ……」
そしセラ先輩は今日買う分を注文すると、かなり大量の袋がズラッと用意された。
「ちょっと多いわね……」
「これだけになるけど……大丈夫? 運べる?」
先輩と店長が尋ねて来るが、この程度ならば全然問題はない。
「大丈夫です。任せてください」
そういうと俺はその場にある袋を全て持つと、セラ先輩と一緒にお礼を述べる。
「いつも多めにもらってるみたいで、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人で頭を下げると、店長も笑いながら答えてくれる。
「いいのよー! ディーナちゃんはお得意様だからねぇ〜。それにいい後輩ちゃんもできたみたいで」
「は。恐縮であります」
「それでは、店長。また来ますね」
「失礼します」
二人で頭を下げると、俺たちは店の外へと出ていく。
今の時間はもうすでに十時半。
セラ先輩は午後から用事があり、今から戻らないといけないためすぐに向かったほうがいいだろう。俺はこの荷物を学院まで運ぶ必要があるが、一人でも大丈夫な量だ。
「先輩はどうぞ戻ってください。後の荷物は俺一人で持って行きますので」
「え……でもそんな、悪いわよ」
「時間にあまりゆとりがないのは分かっています。それに先輩も知っているように、俺は力には自信があります。この程度、どうということはありません。むしろいい負荷です」
「そっか。レイはほんといい後輩ね。じゃあこれ」
セラ先輩がポケットから取り出すのは、鍵だった。
「これは?」
「部室の鍵。合鍵だけど、あげるわ」
「いいのですか?」
「えぇ。いちいち職員室に行って借りるのも面倒でしょ? 本当は部長か副部長が持っておくべきなんだけど、夏休みはレイに頼りっぱなしになるから。本当はもっと早くこうすべきだったんだけど」
「いえ。自分のようなまだ部員として日の浅い人間に任せて頂いて恐縮です」
「もう! 何言ってるの! あんたはもう、立派な園芸部員よ。みんなそれは認めてるから」
「そう、ですか。園芸部の皆様にはお世話になりっぱなしで」
「いいのよ、別に。それにレイのことはみんな気に入ってるしね。もちろん、女装の方も含めて」
「あはは……そうですか。確かに女装の時はみなさんの反応が良かったですね」
そう雑談をしていると、セラ先輩を意を決したような顔でこう告げる。
「その……私のことも、名前で呼んでもいいわよ……」
「いいのですか?」
「えぇ。レイのことはこの一学期でよく分かったし。こうして買い物にも付き合ってくれたし」
「分かりました。では、ディーナ先輩とこれからはお呼びいたします」
「えぇ! じゃあまたねっ!」
「はいっ!」
先輩は大きく手を振りながら、そのまま去っていく。
思えば、園芸部に入る時はセラ先輩……ではない。ディーナ先輩には初めは嫌われているのは分かっていた。でも今はこうして信頼されているようで俺としては本当に嬉しい限りだ。
この鍵はきっと、信頼の証だ。
ならば俺も、この園芸部のためにもっと尽くそう。先輩方のためにも、この伝統ある園芸部員として……。
そして一人で難なく大量の荷物を運び、俺は部室の前に到着。鍵をガチャリと回して、中に入ろうと改めて荷物を持とうとすると……中で大きな音が聞こえた。
まさか……賊の類か!!?
この神聖なる園芸部の部屋に入り込むとは、到底許せるものではない。
俺は半ばドアに体当たりをする形で中に侵入。そのままゴロゴロと前転して、受け身をとると、中にいるであろう賊に向き合うが……。
そこにいたのは、よく知った顔の人だった。
艶やかな長い黒髪に、右下にある泣きぼくろ。その端整な顔立ちは、異性同性を問わず魅了する。だが今は、そんな彼女は慌てているのか妙に驚いている様子だった。
「レベッカ先輩でしたか」
「あ……ははは……れ、レイさん? ど、どうしてここに? それに鍵は……」
「今日はディーナ先輩と買い物に行っておりまして。その帰りで、荷物をこの部室に運びに来たのですが。レベッカ先輩はどうしたのですか?」
「え!? い、いやその……ちょっと忘れ物というか……!」
「しかし鍵がかかっていましたよ? それに机に何か置いているのでしょうか? 後ろに何か見えますが……」
「べ、別に気にしないでください! ということで私は失礼しますねっ! またお会いしましょう! レイさんっ!」
そしてレベッカ先輩は何かを腕に抱えると、そのまま颯爽と走り去ってしまう。
まぁレベッカ先輩のことは信頼しているので、何か悪巧みをしているではないだろうが、妙に気になってしまった。
流石にあの言動は普通ではない。何かを隠しているのは、明白だった。
しかしあまり人の事情に土足で踏み込むものではないだろう。それこそ、人には知られなたくないことなどもあるだろうから。
「運ぶか」
俺はぼそりと呟くと、部室内に荷物を運んでいく。その際に見つけた黒い沁み。それは机の上に広がっていた。
「インクか? しかしどうして……? 何か書類作業でもしていたのか?」
おそらくこれはレベッカ先輩がしていた何かだろう。
「ま、いいだろう。あとで机も拭いておくか」
その後、所定の場所に荷物を置くと雑巾を絞って机の上を拭いておいた。それに加えて、室内を軽く掃除をする。
「こんなものか」
作業を終えた俺は鍵を閉めると、部室を後にする。ちょうどその時は、レベッカ先輩の言動はすっかり忘れていた。
だが俺はこの夏の終わり頃。レベッカ先輩がこの場で何をしていたのか。その真相を知ることになるのだが……今はまだ、知る由もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます