第79話 大天使エリサと忍び寄る影
「注文はコースでいいだろうか?」
「う……うんっ!」
二人でランチにやって来た。俺は以前に師匠、アビーさん、俺の三人で入学前に何度か利用していたので慣れているが、エリサは妙にソワソワとしていた。
ここは俺がリードしなければならない。そして俺はエリサに優しい声音で話しかける。
「大丈夫だ。礼儀作法もそこまで気にしなくてもいいさ」
「う、うん……でもその、レイくんってこう言うところは慣れてるの?」
「まぁ昔から師匠に色々と連れまわされていたからな」
「……そうなんだ。そのリディアさんって、その……研究者として今も活動してるんだよね?」
「そうだな。今はクオリアの研究に取り組んでいるとか。俺はよく知らないが、エリサは知っているか?」
「クオリア……一応知っているけど、その……まだ仮説でしかないと思う。コード理論の中でも処理の過程では、クオリアという物質が働いているとかどうとかって話だけど……コードにさらなる過程があるとか、ないとか」
「やはりエリサは聡明だな。いつか師匠を超える研究者になるかもしれない」
「そ……そんな私なんて! まだまだだよっ!」
手をブンブンと自分の前で振るエリサ。でも俺は決してそれが大言壮語なことだとは思っていなかった。
「いや師匠も言ってたが、あの二重コード理論の本を理解しているんだ。素質は十分にあると思うぞ」
「そうかな?」
「あぁ」
と二人で話していると、次々に前菜から運ばれてくる。
俺たちはそれに舌鼓を打つと、最後にデザートを食べてランチを終える。
「エリサ、お気に召しただろうか?」
「う、うんっ! あのね、すっごく美味しかったよ! ありがとうレイくん!」
「いやこちらこそだ。あの時の謝礼ができたのなら、俺としても嬉しい」
エリサは終始にニコニコとしており、よく笑っていた。彼女もまた、楽しんでくれているのなら俺も奢り甲斐があるというものだ。
そして会計で俺が全てお金を支払うと、エリサはレストランを出た矢先、ぺこりと頭を下げてくる。
「レイくん、ご馳走様でした。とっても、美味しかったよっ! ご馳走してくれてありがとうっ!」
「うぅ……エリサぁ……」
「ど、どうしたの!?」
俺は思わず目頭を押さえ、溢れ出る涙を堪える。
昔は、「おいレイ。お前のおごりで寿司行こうぜ!」「おい、レイ。お前の金で肉いこうぜ! 肉だ!」「おい、レイ。最近お前もかなり金が入っているだろ? 師匠に酒でも奢らないか?」などと、師匠にかなり
もちろん、師匠は弟子の奢りでも謝礼は言わない。ただ「美味かったな。ガハハ!」と笑ってさらに酒を追加するだけだった。俺が注意しても、睨みつけて有無を言わせない。
それがどうだ。
こうしてご馳走しただけなのに、丁寧にお礼を言って頭を下げてくれる。
まさに大天使エリサだ。
本当にゴリラの師匠と比べるまでもなく、俺はそのエリサの神聖さに当てられて思わず涙を流していた。
あの時の日々が浄化されていくようだ……。
そしてその話をすると、エリサは苦笑いをする。
「あ、あはは……レイくんも大変だったんだね」
「あぁ。エリサはエインズワースとしての師匠はよく知っていると思うが、あの人は実際はゴリラみたいなものだからな。魔術以外は本当にダメな人で……」
その瞬間、俺は殺気を感じた。
バッと後ろを振り向く。だがそこには誰もいない。しかし今の間違いなく、誰かが俺を殺しに来ていた。魔術の兆候……特にあの極東戦役でも中々お目にかかることはない……七大魔術師レベルの
しかし、いない。
俺の気のせいか? いやこれはもしかして……と思うと、ちょうど曲がり角から出てくるのはアビーさんだった。
「アビーさん? どうしてこんなところに?」
「レイとエリサ=グリフィスか。いや、先ほどナンパにあってな。そこの路地裏でシメていたところだ。少し殺気が漏れてしまったがな」
「なるほど。アビーさんのものでしたか。驚きましたよ。この白昼堂々、あのような殺気が漏れるのですから」
「くそ……リディアのやつ……これは貸しだぞ……」
ボソッとアビーさんがそういうが、何と言っているのか聞こえなかった。
「アビーさん? どうかしましたか?」
「いや。なんでもない。レイはデートを楽しんでくれ! ではな!」
珍しくなぜか焦っているように見えたアビーさんはそのまま髪を靡かせて、颯爽と去って行ってしまった。
「さて、と。エリサ行こうか」
「え……!? あ、うん!」
「どうした顔が赤いが? もしかして熱中症か!? 気をつけろ、この夏の日差しは馬鹿にならない。休むか?」
「べ、別に大丈夫だよ! 行こうっ!」
「そうか? 体調が優れないのならすぐに言って欲しい」
「う、うんっ!」
顔を赤くしているエリサと一緒に進んで行こうとするが、どうやら人がかなり多くなってきた。このまま進めば簡単に
「エリサ」
「どうしたのレイくん」
「手を繋ごう」
「手を繋ごう!?」
「あぁ。このままでは逸れてしまうからな」
「あ……う、うん……はい」
エリサの左手を握ると俺たちは本屋へと向かった。
この王国の中央区には数多くの本屋があるので、俺たちは色々なところに向かった。エリサのオススメところ、それにエリサのオススメの本も色々と教えてもらった。俺もまた、自分の好きな本をエリサに紹介したりなどして二人で束の間の時を楽しんだ。
そして夕暮れ時。
黄昏の光に包まれながら、俺とエリサは近くの公園のベンチに二人で座っていた。
あれからエリサとは本の話、それに彼女は俺が使う
そもそも
この世界で今の所、
ということで、二重コード理論に多大な関心のあるエリサとの会話はとても盛り上がった。それは気がつけば日が暮れそうになっているレベルだった。
「エリサ、飲み物だ」
「ありがとう。レイくん」
飲み物を買ってきたので、それをエリサに渡す。
「今日は楽しかった。ありがとうエリサ。貴重な夏休みの一日を使ってくれて」
「私もその……すごく、楽しかったよっ! レイくんとの話はその……すごく面白いから! それに二重コード理論の話もとても参考になったよっ! まさかレイくんが世界で唯一使える魔術だなんて、私は恵まれているなぁと思って。そんな人に話が聞けるなんて、その……夢にも思ってなかったから。改めてありがとうっ!」
「この話ならいつもでも聞かせよう。エリサのためになるのなら、俺は喜んで協力する所存だ」
そう俺がいうとエリサはカバンの中から小さな紙袋を取り出した。
「それは?」
「その実はね。クッキー焼いてきたの……お昼ご飯はレイくんがご馳走してくれたから、お昼のお菓子にでもって……でも、ははは。もう夕暮れ時だけど、その……食べてくれる?」
「もちろんだ! いただこう」
俺はエリサの焼いたクッキーをもらうと、口に運ぶ。そして、再び涙が溢れてきた。
「ううぅ……うまい。美味いよ、エリサ……」
「え……!? 泣くほど美味しかったの……!?」
「いやエリサの優しさに、な。いつも本当に君の優しさには泣いてばかりだ」
「ははは……レイくんはよく泣いてるよね……」
「あぁ。エリサの前ではその暖かさに当てられてな。あのゴリラの師匠との日々を思い出すと、ついな」
「そ、そうなんだ……でもその……よかった。美味しかったなら、私も作ってきた甲斐があったよっ!」
「あぁ。ではエリサ。また会おう」
「うん! レイくん、今日は楽しかったよっ! バイバイ!」
二人で立ち上がると、俺たちはそれぞれ帰路に着く。
ちょうど逆方向なので、エリサとはここでお別れだが、とても良い時間を過ごせた。
俺は気分がいいので、鼻歌でも歌っているとちょうど見慣れた人たちが曲がり角から出てくる。
「うぉ……! って、師匠にカーラさん? こんなところで奇遇ですね」
「おぉ! レイじゃないか! 偶然だな! あぁ! ものすごい偶然だな!」
「? まぁ偶然ですが、どうしたんですか。こんなところに何か用事でも?」
俺がそういうと、それにはカーラさんが答えた。
「本日は街に買い物に来ていましたので、そのついでに散歩をしていたのです」
「そうですか。奇遇ですね」
「よし! ということで、飯でも行くかレイ! もちろん今日は私の奢りだ!」
「もちろん私の奢りだ……? 師匠、どうしたんですか? 頭でも打ちましたか? いやもしかして、変なものでも食べましたか? いつものように俺に集らないなんて、おかしいですよ」
「ほうぅ……お前が私をどう思っているのか、改めてよくわかったな」
「師匠は裏表のない美しい人です!」
「よろしい。では行くか」
「はいっ!」
ということで俺たちは三人で夕食を食べに向かうのだった。
ちなみに今日は本当に珍しく、師匠に奢ってもらえたが……どうしてなのか、俺には最後まで分からなかった。
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