第84話 彼と彼女の事情
『えええええええええええぇぇ!?』
響きわたる二人の声。
それはこの
「オリヴィア王女っ! それは!」
「え〜。ボクとレイは将来を誓い合った仲でしょ? ねぇ?」
じっと俺の双眸を射抜いてくるオリヴィア王女。
この人は一見、能天気に見えるかもしれないが、これは全て計算尽くである。
オリヴィア王女は流石王族とでも言うべきなのか、人心を掌握する術はこの齢にして獲得している。それに、カリスマ性もある。オリヴィア王女には兼ね備えられた気品というものが存在する。
そしてそんな彼女が、この場で敢えて声を高らかにして宣言したということは、そういうことなのだ。
つまりは、ここでアピールすることで既成事実に近いものを生み出そうとしている。
もちろん周りの人間は、オリヴィア王女のその言葉を聞いてざわつき始める。
「オリヴィア王女の、婚約者?」
「そんな人間がもういたのか?」
「相手は?」
「誰だあれは……?」
「知っているか?」
「いや知らないな。アーノルド魔術学院の制服を着ているようだな……学生か」
「学生がオリヴィア王女の婚約者? それに貴族でも見たことはないが……」
「貴族……なのか?」
「いやあれは……まさか、
周囲の人間が俺を見つめてそう言ってくるので、すぐにオリヴィア王女を捕まえると彼女を会場の隅の方へと連れていく。
「……オリヴィア王女」
「ん? どうしたの〜? ボク、何かした?」
「分かっているでしょうに……」
「ふふふ、レイがいつまでもボクのことを無視するからだよ?」
その相貌は妖艶な雰囲気を纏っていた。不適に微笑む彼女は、ニヤニヤと俺の反応を伺ってるようだ。
──これだからオリヴィア王女の相手は本当に大変なのだ……。
そう辟易しても起こってしまったことは仕方がない。
俺はオリヴィア王女にとりあえず釘を刺すことにする。
「……一応、俺が冰剣ということは伏せておいて欲しいのですが」
「うんうん。それは分かってるよ?」
「それなら、あそこで婚約者というのはまずいでしょう。一介の学生が、オリヴィア王女の婚約者というのは」
「そうだね〜、まずいよね〜。ボクもそう思うよ〜? うんうん」
依然として、他人事のようにニヤニヤと笑いながらそう言うオリヴィア王女。
それはまるで、好きなおもちゃで遊んでいるかのような様子だった。
出会った時からこのような性格であることは把握していたが、まさかここまでしてくるとは予想もしていなかったので、俺はとりあえず事態の収集を図る。
「これからは手紙にもお返事しますので、どうかこの場では無茶なお言葉は言わないでください」
「えぇ〜、本当にぃ〜? 本当にボクのこと無視しない?」
「はい。手紙も必ずすぐに返しますので」
「婚約は了承してくれないの〜?」
あからさまな上目遣いでそう尋ねてくるオリヴィア王女。だがそうされても、互いに譲れない一線というものがある。
互いの立場はそれほどまでにデリケートなものなのだ。
七大魔術師である冰剣と王族の第二王女。
公になってしまえば、それはそれで問題になるだろう。
「それは……自分だけでなく、そちらの事情もあるでしょう」
「まぁそうだけどさぁ〜。レイのことは割と本気で気に入ってるんだよ? それに冰剣なら誰も文句は言わないと思うけどなぁ〜。ま、仮に文句言う奴がいたら……ボクが言わせないようにするけどね。ふふ」
妖艶に微笑むその姿は、まさに王女の裏の顔とでも言うべきか。
一見すればその愛らしい姿に惑わされてしまうだろう。だがオリヴィア王女は賢いお方だ。本当に他人に文句を言わせない術を心得ているに違いない。
本当に心の内が読めない人だ……そう思っていると、オリヴィア王女はさらに言葉を続ける。
「ま、いいや。ごめんね、レイ。ボクは久しぶりに君に会うことができて舞い上がっちゃったんだ。許してくれる……?」
「……」
瞳を濡らし、ウルウルとしたその双眸で下から見上げてくるオリヴィア王女。
これもまた計算ということは理解しているが、無下にするわけにもいかないので俺はすぐに言葉を返す。きっと彼女も、俺が言う言葉は理解しているのだろう。
「分かりました。今後はくれぐれも、このようなことがないようにお願いします」
「はいはーい!」
右手をスッとあげると、俺とオリヴィア王女はアメリアとアリアーヌの元へと戻っていく。
「あはは! びっくりした? 冗談だよ、冗談〜! レイとはちょっとした知り合いでね。驚かせたくて言っただけさ〜」
「じょ、冗談ですか……?」
アメリアがそう言うと、オリヴィア王女はニコニコと笑いながらそれに応じる。
「うん! 今は、ね……」
「そ、そうですか……」
アメリアのことを半眼で見つめるオリヴィア王女。だがアメリアもまた、そんな彼女から目を逸らしはしない。と言うよりも二人の雰囲気はただならぬものを感じるが、一体何かあったのだろうか。
「じゃ! ボクはこれでっ!」
「で、では……わたくしも失礼しますわ」
その場で翻ると、オリヴィア王女はこの場から颯爽と居なくなってしまう。それに伴って、アリアーヌも戸惑いながら移動していく。
──いつも思うが、本当に嵐のような人だな……。
そして俺がそんなオリヴィア王女から視線を切ると、アメリアが俺の近くに寄って来て、肩を乱暴にぶつけてくる。
「どうしたアメリア? そんな乱暴に」
「べ・つ・に? レイが誰と婚約していようが、どうでもいいけど……ねぇ!」
バシバシと肩を叩いてくるアメリア。その声もまた、怒気が込められている気がした。
「ご、語気が強いと言うか……その俺は何か気に触ることをしたのだろうか……?」
「別に、ふんっ!」
アメリアの機嫌はそれはもう、最高に悪かった。今まで一緒にいた中でも、と言ってもまだ数ヶ月だが、アメリアは明らかに不快感を露わにしている。
──こ、こんな時はどうすればいいのか……。
そんな風にオロオロとしていると、一人。麗しい姿をした女性がこちらに近づいてくる。
ふと視線が交差する。その女性は紅蓮の髪をしており、その双眸もまた同じ紅蓮。一見すれば、若く見えるがその纏っている雰囲気は確かに年齢を重ねている人間にしか出せないものだとわかった。
でもこの人は、そう……アメリアによく似ていた。
「あなたが、レイ=ホワイトさんですか?」
「は。レイ=ホワイトは自分であります」
「そうでしたか。ふふ、私はエレノーラ=ローズと申します。アメリアの母です」
「アメリアのお母様でしたか。いつもお世話になっております」
その場で恭しくお辞儀をする。周囲の視線がこちらを向き、さらに注目を集めてしまうが今更だった。こうなってしまえば、仕方ないだろう。
主に、あのオリヴィア王女のせいだが……。
「いえいえ。こちらこそ、娘が本当にお世話になっているようで。ねぇ、アメリア?」
「お、お母様!」
そして、握手を交わす俺とアメリアの母上。
アメリアとは異なり、物腰がとても柔らかい人だが、その見た目はかなり酷似していた。それは一見するだけで、血の繋がりがあるのが分かるほどに。しかし、この艶やかな雰囲気は大人にしか出せないものだろう。
「それで、なるほどねぇ……あなたがアメリアの……」
「は。友人として学院では共に時を過ごさせていただいております」
「見た目、それに振る舞いは合格ですね。でも、あなたは
「は。自分は魔術師の家系ではなく、
「そうですか。いえ、それはもともと知っていたのです。だと言うのにどうしてアメリアがあなたのことをそこまで褒めるのか。実力で言えば、うちの娘の方が優れているのは明白。アメリアはこれでも、魔術師の中では破格の才能を持っていますから。だからこそ……あなたの存在はどうにも、違和感を覚える。それで申し訳ないのですが、レイ=ホワイトさん。あなたのことを調べさせてもらいました」
淡々と告げる、アメリアの母上。
それは感情が全くこもっていなく、ただ冷静に事実を述べているだけのように思えた。
「……理解はできます。大切なご家族の周りに誰がいるのか、それを調べるのは重要でしょう」
「えぇ。それで、分かったのですが……あなたが当代の」
「……」
「冰剣、なのですね?」
その言葉は俺とアメリアに聞こえる程度に、小さな声だった。
そしてアメリアの母上はそう告げると、依然として優雅な所作で微笑む。
「お母様、それは! その……!」
「アメリア。いいさ。いずれ、このような時が来ると分かっていたからな」
アメリアが何とか庇ってくれようとするが、それはもう無理だろう。
いずれにせよ、俺が当代の冰剣であることは分かることだ。別に絶対に隠し通すべきものではないしな。今はただ、平和な学院生活を送るためにそうしているだけだ。
貴族。
その中でも三大貴族にバレてしまうことは、時間の問題だと思っていた。元々上位の魔術師には俺の存在はすでに知られている。
つまりは俺が当代の冰剣であると言うことは、ある程度この魔術の世界に通じている人間ならば、調べてしまえば出てくる。
だからこそ、俺は毅然とした態度でアメリアの母上に応じる。
「改めて自己紹介を。当代の冰剣の魔術師である、レイ=ホワイトと申します」
「ふふ、なるほど。いいですね。私、あなたのことをとても気に入りました。アメリアにも言ってありますが、是非ともうちの家でもっと詳しくお話を聞かせていただきたいのですが……よろしくて?」
「それはアメリアにも以前からお誘い頂いていたので、自分としても是非ともご招待に預かりたいと思っております」
「……ふふ。そうですか。ではまた会いましょう。レイ=ホワイトさん」
「はい。それでは、またお会い出来るのを楽しみにしております」
その場で深く一礼をすると、この場には俺とアメリアだけが残った。
だがどうにもアメリアは顔を真っ赤にして、俯いている。どうかしたのだろうか。
「アメリア。いい母上だな」
「え!? ま、まぁそうだけど……そのちょっと恥ずかしいって言うか、お母様ってば……すごい上機嫌で」
「上機嫌? 確かに不機嫌ではないみたいだったが、そうなのか?」
「……えぇ。レイのこと、気に入ったみたいね」
「それは嬉しい限りだ」
「う……それが問題なんだけどね……」
「? どう言う意味だ?」
「……いや、何でもないのよ」
俺とアメリアもまた、この場で別れることになった。アメリアの実家に向かう日はすでに決まっているので、次に会うのはその時になるだろう。
そして、俺はこのパーティーで最後に挨拶すべき人の元へと向かうのだった。
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