第75話 やりすぎですよ、アメリアさん
現在の得点は、四対一。
俺たちの方がリードしている形だ。一点の失点は外野フライがライトのエリサの方に飛んでいき、そのまま彼女のエラーによって失点。
しかしこればかりは仕方がない。
素人では落下地点を正確に見極めることも難しいからな。もちろん俺たちはそんな彼女を責めるわけもなく、大丈夫だと励ますのだった。
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫よ、エリサ! 私たちがまた打ってくるから!!」
「……ありがとう、アメリアちゃん」
「任せなさいっ!」
ということでこの回も意気揚々とアメリアがバッターボックスに向かう一方で、クラリスが俺に話しかけてくる。
「ねぇ、レイ」
「ん? どうした?」
「さっきの蝶のことだけど……」
「あぁ。何か進展が?」
「うんその……なんかね、守備をしてる時にちらちらと見えるの。いつもじゃないけど、その時々。あれってもしかして、相手の妨害魔術とかじゃないの?」
「蝶の魔術か。いや、まさかな……」
ここ最近見た蝶の魔術といえば、アレしかない。むしろあれ以外を想起するのは無理だろう。
可能性がないわけではない。それに、クラリスはアメリアの決勝戦を実際には見ていない。そのため、伝聞での情報しかなく、思いつかないのも無理はないが……。
以前と大きく変わったということはないが、本当によく笑うようになったし、表情もとても豊かになった。
その一方で、アメリアはどこかテンションがおかしいというか、今回の時も野球帽を被ってメンバーを集めるということをしていた。
いや、その行動自体はおかしくはない。だがやはり言動は今までと違う。
今回の試合もかなり張り切っているが、まさか……?
これはもしかしたら、もしかするのかもしれない。
ということで、サードとショートの後ろに位置しているレフトを守っているセラ先輩にも、話を聞いてみることにした。
「セラ先輩」
「どうかしたのレイ。何か用?」
「守備の最中に蝶を見ませんでしたか? 赤い蝶です。クラリスの周りに飛んでいるみたいですが……」
「見てないわね。守備の時はずっとセカンドのレベッカ様を見てるから。それにしても、可愛いと思わない? あぁ……ユニフォーム姿もよくお似合いだわ……」
「そ、そうですか……」
早々に空気が変化するのを感じ取って、俺はすぐに離脱。以前にレベッカ先輩の偉大さと尊さを語るというものに付き合ったのだが、あの時は3時間も拘束されてしまった。
流石に今回はそこまでいかないだろうが、こうなったセラ先輩は止められないので俺はすぐにクラリスの元へと戻る。
「クラリス、どうやらセラ先輩は見ていないらしい」
「そっかぁ……私の勘違いかな?」
「もし、次見た時は試合中でも教えてくれ」
「うん。わかったわ」
その後、俺たちの守りとなったが……。
エラーなどが重ってしまいワンナウトランナー三塁の状況となり再び失点のピンチとなった。俺はセットポジションから、右バッターに対してアウトコースにスライダーを投げた。
するとそれは真芯で捉えられたわけではないが、センターへと大きなフライが上がってしまう。
「センター!」
と、俺が大きな声あげる。
センターにいるのはアルバートだ。そしてこの状況は、タッチアップの条件が揃っている。アルバートが捕球した瞬間、三塁ランナーはホームへと走ってくるだろう。打球の飛距離も十分だ。
つまるところ、ランナーの足の速さとアルバートの肩の強さの一騎打ちになる。
アルバートは捕球位置のわずかに後ろから徐々に前に出てきて、その前進する勢いを乗せて捕球。
それと同時に三塁ランナーは、一気にホームへと駆け出した。
「う、おおおおおおおおおおおッ!!」
ここからでも聞こえるほどの雄叫びをあげて、アルバートはセンターの後方からホームに向かってボールを……投げたッ!
もちろん俺はアルバートの肩を把握していないので中継に入ろうとするが、彼が放ったそのボールは、ほぼ落下することなくまるでレーザービームのようにセンターから綺麗に部長のキャッチャーミットへと収まる。
「あ、アウトおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ギリギリというわけでもなく、十分に余裕を持って捕球した部長はそのままサードランナーをタッチしてアウト。これで一気にツーアウトを取ったので、スリーサウトでチェンジだ。
「アルバートっ! すごいな! まるでレーザビームだ!」
「あぁ! すごいな!」
俺とエヴィがそう言うと、アルバートはフッと微笑んだ。
「これも筋肉のおかげだな」
「そうだな!」
「あぁ! そうに違いねぇ!」
ベンチに戻ると、みんなワイワイとアルバートを迎えてくれる。
「すごいすごい! レーザービームじゃないの!」
「う……うんっ! 私もびっくりしちゃった!」
「ナイスよ! アルバート!」
それぞれ女性陣が褒めると、アルバートはニコリと笑ってそれに応える。
「期待に応えることができたのなら、嬉しい限りだ」
そして、七番のセラ先輩からの攻撃となった。
「よっしゃー! きなさーい!」
高らかに声を上げると、セラ先輩はバットを構える。今までは凡打でヒットを打ってないが、今度こそ打ってやると言う気概が感じ取れた。
「ふんっ!」
セラ先輩はなんとかボールを当てるが、それらふわふわとした勢いのままセンター方向へと上がっていく。
みんな、このとき思っただろう。間違いなくアウトになると。
しかしここで起きたのは、お見合いだ。
これは、センター、ショート、セカンドの三人が譲り合ってしまいそのままフライが地面に落ちてしまうことだ。そうしてセラ先輩は過程はどうにせよ、記録上はセンター前ヒットを放った。
「よっしゃー! どんなもんよー!」
一塁で喜ぶセラ先輩。
そして次の打順は、八番のクラリス。
その小さな体であのボールを前にするのは怖いだろうが、それでもクラリスは意気揚々とバッターボックスへと向かう。
「よし! 次こそ打つわよっ!」
クラリスは勢いよくバットを振るう。それは間違いなくフルスイングだ。
だがその勢いに反してそれは、ボテボテのゴロとなりサード方向へと転がっていく。
「クラリス! いける、走れッ!!」
「んにゃああああああああああっ!」
と声をあげながら、クラリスはなんとヘッドスライディングをしてそのままズサーと頭からファーストベースに手を伸ばす。
そして土煙に包まれたクラリスに告げられるのは……。
「せ、セーフ!!」
セーフだ!
と言うことで下位打線でまさかのノーアウトランナー一、二塁。ここで回ってきたのは大天使エリサだ。
「エリサー! 気負わなくていいぞ!」
「エリサー! 頑張れー!」
「う……うんっ!」
今まですべて三振のエリサが打席に向かう。エリサは運動が得意ではない。だと言うのに、こうしてしっかりとした顔つきで彼女は打席に向かう。
エリサはとても優しい人だが、ちゃんと真も持っている人間だ。そのやる気は、ありありと見て取れた。
「よしっ!」
そう声をあげて、エリサはバットを構える。完全に素人そのものだが、一生懸命にピッチャーを見つめる。ここでセラ先輩が出したサインは、バントだ。
素人は迫り来るボールすら怖い。それこそ、140キロを優に超えるボールなど、普通は無理だろう。
だがエリサはこくんと、頷くと改めてピッチャーに対峙する。
「う、うわっ!」
そう声を上げながら、なんとエリサはバントを成功させたっ! 迫り来るそのボールの勢いを殺して、サード方向にコロコロとボールが転がっていく。
「エリサ! 走れ!」
「うんっ!」
そのままファーストにかけていくも、エリサはアウト。しかし送りバントは成功ということで、これはかなり大きい。
「エリサ! ナイスバントよっ! あとは任せなさいっ!」
「アメリアちゃんっ! 頑張って!」
バットをぐるぐると振りながら、アメリアはバッターボックスへと入っていく。
しかし、流石に相手も王国屈指のピッチャー。アメリアはフォアボールで出塁するが、レベッカ先輩はアウトとなってしまい、そのまま部長に打席が回ってくる。
「……」
ツーアウトランナー満塁。俺には先ほどホームランを打たれているため、敬遠策は流石に取ってこない。相手バッテリーは部長との勝負を選択。
相手は初球にフォークを投げ、それはギリギリストライクの低めに収まるも……次の瞬間、俺は部長のバットの軌跡を追うことができなかった。
「え……は?」
相手のピッチャーは呆然としていた。
そして、その異常なまでの打球スピードでボールは遥か彼方へと消えていった。
「ほ、ホームラン!」
さすが部長。その圧倒的な体躯から繰り出されるホームランは、まさに圧巻だった。
その後、俺はヒットを放つも、次のアルバートがアウトになりチェンジ。
でも今は、八対一になった。これでかなり有利になっただろう。
ということで俺は油断することはないように、気を引き締めてマウンドへと向かう。
「よし……絶対に失点はしない」
六回裏がやってきて、俺たちの守りの回が始まる。
流石に上位打線は俺の球を見極めてきたのか、前に飛ぶことが多くなっていた。と言っても俺はスロースターターであるため、肩も暖まりそろそろ本領も発揮できそうだ。
俺は前の回よりも鋭くなった変化球に、球威の増したストレートを投げていく。
あっという間に一人を三振にすると、次のバッターにストレートを投げ込むが……コントロールが狂ってしまい、ど真ん中へと球がいってしまう。
球威はあるもののここまで甘いコースだと流石に打たれてしまい、打球はセンター方向へと転がっていく。
「レベッカ先輩!」
「任せてください!」
セカンドのレベッカ先輩の方が近いということで、彼女が声をあげて捕球に行くが……次の瞬間、俺は目撃した。
そう。その球は忽然と姿を消すと、次の瞬間にはアメリアのグローブの中に収まっていたのだ。
「よし! これでツーアウトね!」
彼女はそのままファーストへボールをサイドスローで綺麗に投げると、アウト。
ツーアウトになったが、俺は見逃していなかった。アメリアの後ろに隠れている、紅蓮の蝶を。
「タイムっ!!」
俺がそう声を上げると、内野の守備陣がマウンドに集まる。
そして俺は、アメリアに確認を取ることにした。
「アメリア」
「なに? どうしたのレイ。早く次にいきましょう! ツーアウトよっ! バッチ来いよっ!」
「アメリア」
「は……はい」
「あの蝶はなんだ?」
「えっとその……なんのことかなぁ〜? ひゅ、ひゅ〜」
ひゅ〜と下手な口笛を鳴らしながら、明後日の方向を向くアメリア。しかしこの場にいるクラリス以外の人間はすでに気がついていた。
「……アメリア。
「え!? な、なんのことかなぁ〜?」
「アメリア訓練兵ッ!!」
「れ、レンジャーッ!!」
染み付いた習慣は消えないのか、アメリアはすぐに敬礼をする。俺は有無を言わせない声で、淡々と告げる。
「アメリア。もう一度聞く。
「だ、だって……!」
「だって?」
「相手も魔術使ってるじゃんっ!」
「いやしかしだな。限度というものがあるだろう。概念干渉系の
「ガーン! レイに普通って言われたっ!」
ということで何のことはない。
アメリアは
「え? つまり、どういうことなの?」
クラリスが一人でポカンとしているので、俺は簡単に説明する。
「アメリアが概念干渉系の
「え!? そんなことしてたの!? ていうか、できるの!?」
「だ、だって……活躍したいから! そ、それに別に打つ前からはやってないよ? アウトにできそうな打球だけ、私に方にそ〜っと寄せているだけよっ! もともとアウトなんだから、変わりはないわよっ! ギリギリセーフでしょ!?」
「アメリア」
「な、なに?」
「退場だ」
「い、いやだああああああああああああああああ!! もっと野球したいいいいいいいいいいいいいい! うわああああああああん!」
「こっちに来い」
「うわああああああああん!!」
ということで、駄々をこねるアメリアをズルズルと引きずって行き、俺は相手チームのキャプテンに事の詳細を伝えた。しかし、相手も魔術を使っていたという事で、仕切り直しになった。
アメリアの抜けたところは、環境調査部の人に来てもらうことになった。
一方のアメリアはベンチで、『私はズルをしました』という紙を頭に貼り付けて正座をしている。反省を示すために、試合が終わるまではこのままだ。
シクシクと泣いている素ぶりを見せるが、慈悲はない。
「ううぅ……野球したいよぉ。みんなとしたいなぁ……ぐす……うぅ……チラっ」
それに先ほどから泣き真似をして、俺の方をチラチラと見てくるがそんなものには応じない。アメリアに容赦などしない。
「アメリアちゃん」
「アメリア……」
「マジかよ、アメリア」
「アメリアさん……変わったんですね」
エリサ、クラリス、エヴィ、レベッカ先輩がそんな様子のアメリアに対してドン引きしていた。冷たい視線をただただ全員がアメリアに送る。
「だ、だって! あ! そのっ! あ、あれよっ! 私の能力ってまだ制御が効かないから特訓をしてたのよっ! 特訓!」
「アメリア……」
「ひぃ! レイってば顔が怖いよ……?」
「そうだな。今日はこの試合が終わった後は、二人で特訓だな。久しぶりにエインズワース式ブートキャンプを再開しよう。特訓したいんだろう? 俺が付き合ってやろう」
「え!? い、いやそれは違うかなぁ〜って思うけど……? 嘘だよね? ねぇ?」
「俺は冗談は言わない。覚悟しておけ、アメリア訓練兵」
「い、いやだああああああああ! あれだけはいやだああああああああああああああ!! うわあああああああん!」
そう言いながら、アメリアはついに駆け出した。
だが脱走兵を捉える術など、とうに心得ている。
「──
俺は一時期に能力を解放すると、アメリアをその場に固定する。
「ふんっ! 今の私を舐めてもらっちゃ困るよっ!」
瞬間、アメリアの背中から大量の紅蓮の蝶が顕現するが……。
《
《
《
その蝶全てに座標を指定すると、俺は
「え……は……?」
「
ということでそこから重ねるようにして、
今のアメリアに為す術はない。
彼女は流石にもう逃げられないと分かったのか、青ざめた
「あ……そ、その……逃げるつもりはなかったのよ? ちょ、ちょっとランニングしたいかなぁ〜って!」
「試合が終わるまで、その状態で待機していろ。アメリア」
「ちょ!? 私、今は割と間抜けな格好なんだけど!? 走ってる途中だったし!」
「……」
「無視!? み、みんな助けて〜! 見捨てないでよ〜! エリサ、クラリス、エヴィ、アルバート、先輩たち〜っ!」
『……』
「み、みんな!? 無視なの!?」
ということで、固定したアメリアをベンチの後ろにそっと置いておくと俺たちは彼女を無視してもう一度試合を再開した。
アメリアを完全にいないものとして扱うと、円陣を組んで改めて全員で気合いを入れ直す。
「絶対勝つぞー!」
『おーっ!』
その声に被さるようにして、アメリアの声もまた響き渡る。
「う、うわあああああん! ごめんなさあああああああああい!」
その後、試合は無事に勝利。
野球部も俺たちに負けたということで、素直にレベッカ先輩に謝罪をして今後はグランドの使用時間を守ってくれると誓った。まぁそれはセラ先輩の脅しがあまりにも恐ろしかったので、半ば恐怖による支配だが。
そして俺はアメリアの方へと近づいていく。
「アメリア訓練兵。では今から三十キロのランニングだ」
「さ、三十キロ!? 死んじゃうよっ!」
「ちなみに
「え、じょ、冗談だよね? レイは優しい人だよね?」
「返事はレンジャーだと言っただろうッ!!」
「れ、レンジャーっ!」
「ではいくぞっ!」
「うわーんっ!」
「レンジャーと何度言えばわかるッ!」
「れんじゃああああああああああああああ!」
ということで、その後はアメリアに非常に厳しい訓練を課すのだった。
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