第74話 試合開始!


 あれから俺たちは練習を重ねて、と言っても数時間程度だが、次の日の野球部との対決に臨むことになった。


 ちなみに、スターティングメンバーはこんな感じだ。



 一番 ショート アメリア

 二番 セカンド レベッカ先輩

 三番 キャッチャー 部長

 四番 ピッチャー 俺

 五番 ファースト エヴィ

 六番 センター アルバート

 七番 レフト セラ先輩(キャプテン)

 八番 サード クラリス

 九番 ライト エリサ



 基本的に経験者は上の打順にして、クラリスとエリサは未経験なので下位の打順となった。ちなみにアメリアが一番なのは、「私は一番ショートねっ!」と高らかに宣言したからである


 あとはセラ先輩と相談してこの打順となった。



「ククク……きたぜ、即席の寄せ集めチームが」

「この王国屈指の野球部に勝てると思っているのか……?」

「ふふふ、これで生徒会をひれ伏せさせて、名実ともにこの学院のナンバーワンだ……ククク……」


 メンバー表を交換していると、ニヤニヤとしながら野球部たちがそう言ってくる。キャプテンとしてスタメン表を交換に来ているセラ先輩は、去り際にこう言った。


「……殺す」


 ということで、ついにプレイボール。審判は野球部から派遣してもらった。


 攻撃はこちらのチームから。ちなみにチーム名は、『レベッカ様親衛隊』だ。これには有無を言わせないセラ先輩の提案によって、そのまま採用。


 まぁ、俺たちは別にチーム名は気にしないのでいいのだが、妙にレベッカ先輩が照れているのが印象的だった。


 そしてこちらの攻撃ということで、バッターボックスの前にはアメリアが待機していた。


 ユニフォームを着こなし、ヘルメットを被った彼女は軽く素振りをしてまずは相手の球筋を観察している。


 持っているバットは持参したものらしく、金属バットが主流だというのに木製のバット。それにそれはかなり細いものであった。曰く、「私のマイバットが火を噴くわよっ!」ということらしい。


「プレイ!」


 ついに始まった俺たちの攻撃。


 アメリアは右投げ左打ちらしく、左のバッターボックスに入る。そして構えはなんと……振り子打法だった。体を内側に絞りつつ、ふらふらと揺れながらタイミングを取っている。


 なるほど……経験者というのは、確かに頷ける。それは確かに様になっていた。


 相手のピッチャーはそんなアメリアに容赦なく、全力でストレートを投げて来た。


「ストライークっ!!」


 第一球はストライク。相手も王国屈指のピッチャーということで、かなりいい球を投げる。右投げの速球派ということで、初期から全力で投げてきている。球速は、145キロ程度だが、マックスは150オーバーまでいくらしい。


 そして第二球を相手のピッチャーが振りかぶり、投げたっ!


「もらったわっ!!」


 アメリアはそう言いながら鋭いスイングで、二球目のスライダーを捉える。それは、外からストライクのアウトコースへと内に入ってくる中々の難しい球だったがアメリアは綺麗に流し打ちをする。


 そして球は綺麗に三遊間を抜けて、レフト前ヒット。


「どんなもんよっ!」


 一塁ベースにたどり着いて、高らかにそう言うアメリアはとても嬉しそうだった。


「アメリア、ナイスだ!!」

「アメリアちゃーん! すごいよー!」

「ナイスバッティングー!」


 と、みんなで褒めるとアメリアは照れているようで頭を掻きながらその声に応じていた。


 そして次はレベッカ先輩の打順だ


「よろしくお願いします」


 ぺこりと一礼をしてから、バッターボックスに入る先輩。先輩は右投げ右打ち。バッティングフォームも美しく、お手本のようなフォームだ。


 しかし、先輩はここでバントの構えを見せる。


 送りバント。


 こうすれば先輩はアウトになってしまうが、アメリアを二塁に進めることができる。ちなみにサインはセラ先輩が出している。だがこのサインは……。


「調子に、のるなよっ!!」


 そう言って相手ピッチャーが中々の球速の球を先輩のインコースへと躊躇なく投げ込むが……。


 レベッカ先輩はスッとバットを引くと、そのままヒッティングに切り替えてキィン! と甲高い音が響く。


 それは綺麗なセンター返しだった。


 ライナー性の球は、そのままセンターへと抜けて行く。その間にアメリアは二塁にたどり着いて、ノーアウトランナー一、二塁。


 三番は部長。


 その体躯はあまりにも大きく、バットの方が短く見えるほどだ。


「……」


 部長はじっくりと相手を見つめると、そのまま悠然とバットを構える。


 セラ先輩からのサインは、ヒッティング。ここは送ることはせずに、大きく出ることにしたようだ。


 だが相手のバッテリーは部長の圧倒的な筋肉にビビったのか、敬遠を選択。そしてついにノーアウト満塁。


 一回表から、幸先上々である。


「タイム!」


 相手のキャッチャーがそういうと、ピッチャーの元へと向かう。そこで軽く話し合うと、こちらに戻ってくる。


 そして俺がバッターボックスに入ると、野球部のキャッチャーがボソッと呟いてくる。


「たかが一般人オーディナリーが四番か。カモだな」


 俺は黙ってその言葉を聞いていた。特に反論することもない。今はただ、このバットで黙らせるだけだ。


 右打席のバッターボックスに入ると、俺はバットをスッとを構える。


 今までの投球の傾向からいって、相手はストレートとスライダーしか投げていない。だが他にカーブとフォークも持っているのは事前に情報として入手している。だがここは下手に配球を読むことはしない。


 ただ来た球を、思うがままに打つだけだ。


「お……らッ!!」


 ピッチャーの手元を離れた球はアウトコースへと向かって行く。俺はそれに向かってバットを出すが、瞬間それはわずかに沈み始める。


 俺はそれにすぐに反応して、バットの軌道をズラす。下から掬い上げるようにして、その球を真芯で捉えるとその勢いのままバットを思い切り振り切る。


 キィン──ッ!


 と、甲高い音が響き渡るとそのボールは遥か彼方まで飛んで行く。


「……行ったか」


 そしてその場にバットをゆっくりと寝かせると、俺はゆっくりと走って行く。


「ホ、ホームランッ!!」


 審判がそう言いながら、手をぐるぐると回す。


 そう。俺が打った球は、このグラウンドを超えて遥か彼方のカフカの森方向へと消えて行った。手応えはバッチリだった。流石にフォークが来ると思っていなかったが、反応できた。


 これも師匠との特訓の日々のおかげだ。


 曰く、魔術師たるものホームランくらい打てないといけないらしい。あの時の訓練がこうして生きているとは……やはり師匠の教えは偉大だ。きっとこのような時をすでに見越していたのだろう。


「すごい、すごい! ホームランよっ!」

「レイさん! すごいですねっ!」

「流石だな……」


 ホームに戻ってくると、アメリア、レベッカ先輩、部長が待ってくれていて、みんなとハイタッチをしていく。


 これで一挙に4点を確保した。


 その後は流石に相手も王国屈指の野球部なのか、あっという間にスリーアウトまでとってチェンジ。


「レイ、サインは打ち合わせ通りだ」

「分かりました」


 部長がそのまま戻って行くと、一番バッターが打席に入る。


「くそ……調子にのるなよっ!!」


 俺をキッと睨みつけながら、一番バッターの人間がそう言ってくる。


 しかしここで油断する俺ではない。


 むしろ、得点した後だからこそしっかりとしなければならない。


 俺は部長のサインに頷いて、アウトコースに思い切り全力でストレートを投げ込む。


「す、ストライークっ!!」

「あ……は……?」


 相手のバッターは完全に放心していた。


 ──ふむ……まだ150キロ程度しか出ないか。もう少し肩を温めるべきだったな。


 その後、俺はストレートとカーブのみで三者三振。


 いいスタートを切った。


「ねぇレイ」

「どうしたクラリス」

「なんかね。蝶が見えたんだけどさ……」

「蝶? まぁ夏だからな。いても不思議ではないが」

「うん……でもなんか変っていうか……私、昆虫には詳しいけどその……知らない種類みたいな? でもすぐに消えるのよね」

「そうか。しかし気のせいじゃないのか?」

「そうよね! じゃあ、打ってくるわねっ!」


 その後、こちらのチームもなかなか得点できることが難しくなった。流石は王国一の野球部なのか、完全に本気で挑んできているようだった。


 俺のボールまた、前に飛ばされるようになっていた。しかし運のいいことに、全てが内野ゴロ。というよりも、何故かショートゴロが多い気がする。


 そして再び俺のストレートが捉えられると、ボールはサードを守っているクラリスの方へと向かって行く。


「クラリス!」

「わ、分かってるわよ!」


 彼女は素人ながらにも、運動神経がいい。ゴロの処理もある程度はできるが、クラリスの周囲に現れる一匹の紅蓮の蝶を俺は見逃しはしなかった。


 そして次の瞬間、ボールは何故か軌道を変えて三遊間へと転がっていく。イレギュラーだと言えばそれまでだが、ボールはまるでひとりでに転がって行くように方向を変えたのだ。


 アメリアはそのボールに完璧に反応しており、ギリギリのところで逆シングルでボールを取る。だが完全に体はサード方向に流れてしまい、ここから投げるのは厳しい。


 そう思っていると、あろうことかアメリアはそのまま流される勢いを使ってジャンピングスローでファーストへとボールを投げる。


 そのボールは、ショートの後方からそのままエヴィの持つファーストミットへとまるで矢のように走っていき……アウト。


「やった! どんなもんよ!」

「……」


 ガッツポーズをするアメリア。ナイスプレーだが……。


 ある可能性が脳内にぎる。


 いや、流石にそんなことはないだろう。


 うん。きっとそうに違いない。今のはただのイレギュラーだ。間違いない。流石にそんなバカなことはあり得ないだろう。


 脳内に過ぎる可能性を無視して、次のバッターに向かい合う。


「……」


 だが先ほどから気がついていたが、相手チームはどうやら魔術を使っているようだった。内部インサイドコードを発動しているのは分かっているが、指摘するには難しいラインだった。


 それに試合には不正をしないように魔術を探知する道具、通称魔道具と呼ばれるものが設置されているが、あれはおそらく野球部側に都合がいいように設定されているようだ。


 俺に対して内部インサイドコードを使っていないか、と言う抗議があった矢先に相手は魔術を使って来た。おそらく俺が本当に魔術的な強化なしで投球しているとは信じられないのだろう。


 しかし、俺には魔術的な反応がない。だからもう、相手はなりふり構っていられないようだ。


 だからこそ俺はさらにギアを上げて、相手をこの球でねじ伏せるッ!!


 そして俺たちの試合は後半戦へと突入する。

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