番外編 Summer Vacation

第73話 野球しようぜ!


「野球しようぜ!」


 扉を開けると、そこにいたのは……誰だ? 


 いや、誰かは分かっているし、把握している。


 いつも一緒にいるからな。


 でもなんというか、妙におかしいのだ。この相手はこんなことをするはずはないし、こんなことも言わない。


 きっと疲れているのだろう。


 魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエでは色々とあったしな。


 とりあえず冷静になりたいので、俺は扉をそっと閉じる。


「どうした、レイ? ランニングに行かないのか?」

「いや……幻覚の類かもしれない……もしかすると、魔術的な攻撃……幻惑か? まさかキャロルの支配ヘルシャフト……? もしかして、とっても可愛い私の不思議な世界キャロル・イン・ワンダーランドが発動しているのか? だがそんな兆候は……」

「は? 何、言ってんだ?」

「いや。俺の気のせいだろう」


 そして俺は再び扉を開けた。


「野球しようぜ!」


 そう。そこにいたのは、紛れもなくアメリアだった。


 だが様子がおかしい。


 制服をいつものように着用しているが、野球帽を被って親指をぐっと上げながらそんなこと言ってくる。


 やはり疲れているのだろう。


 そう思って再び扉を閉じようとすると、ガッとアメリアがそれを阻止してくる。


「ちょ! ちょっと待ってよっ!」

「ふむ。なるほど。本物か……どうやら、キャロルの仕業ではないのか」

「本物よっ!」

「で、どうしたその格好は」

「野球をしましょう! みんなで!」

「いや待ってくれ。順序立てて話して欲しい」

「それもそうねっ!」


 ということで、テンションが異常に上がっているアメリアはどうして野球をしようと誘っているのか、その詳細を語り始める。


「実はね、レベッカ先輩に頼まれたの」

「先輩に?」

「うん。実はね、なんかいま野球部がグラウンドを使う時間を無理に伸ばしていて、レベッカ先輩が生徒会長として注意しに行ったらしいの」

「なるほど」

「それで、なんか野球部の方がすごい不遜な態度だったから、レベッカ先輩と一緒にいたセラ先輩が怒っちゃって」

「ふむふむ」

「で、なぜか野球で決着をつける話になったらしいの。でも今は帰省している生徒もいて、レベッカ先輩たちもなかなか人を集めることができなくて……それで偶然その話を聞いた私が勧誘してるのっ! もちろん、レイとエヴィも参加するわよねっ! ちなみに試合は明日よっ!」

「……だ、そうだが。エヴィどうする」

「俺は構わないぜ! やったことあるしな!」

「ふ……野球か。いいだろう。俺とエヴィは参加だ」

「やったっ! じゃあ、次はエリサとクラリスを誘いましょう!」


 ということで、俺たちはなぜか野球をすることになった。もちろん軍人時代に野球というか、スポーツの類は一通り経験しているので問題はない。


 一時期師匠が変化球を投げるのにハマっていた時期があったので、俺はひたすらキャッチャーをやっていた。もちろん、俺も師匠に色々と球種を教えてもらっているのでピッチャーもこなすことができる。


 でも今はまずは、メンバーを集めることが優先だろう。


 今のところ、俺、アメリア、エヴィ、レベッカ先輩、セラ先輩の五人だ。


 つまりはあと四人必要ということらしい。


「よし、クラリスの部屋はここね!」


 三人で歩みを進め、クラリスの部屋の前にやってきた。ちなみに今は生徒もあまりいないので、女子寮に来るのはそこまで咎められない。


 アメリアも普通に男子寮にやってきていたしな。ちなみに部屋の場所はセラ先輩に教えてもらったらしい。以前セラ先輩は、一度園芸部の用事で俺の部屋に来ていたから覚えていたのだろう。


 そして、野球帽を被ったアメリアが意気揚々と、ノックすると……反応がない。


 今は朝の七時だ。まだ寝ている可能性もある。


 そう思っていると、室内から音がして……ドアがゆっくりと開いた。



「あい……クラリス=クリーヴランドです……起きてます……あい」



 中から出てきたのは非常に眠そうにしているクラリスだった。ナイトキャップにパジャマ姿。腕にはぬいぐるみを抱えている。言葉遣いも少し怪しいというか、今もこっくりこっくりと首をふらつかせている。


 今はいつもと異なりツインテールを解いていて、艶やかな綺麗で長い髪が腰近くまで伸びている。


 なるほど、下ろしている姿も可愛らしいな……と思っている矢先、アメリアが行動に出る。



「野球しようぜ!」

「あい……またね……」


 アメリアが俺にしたように、笑顔でサムズアップするも一蹴されてしまう。クラリスはボソッとそう言うと、ゆっくりと扉を閉じていった。


「ちょ! ちょっとクラリス、私よ! アメリアよ!」


 ドンドンドン、と叩くとクラリスが再び出て来る。


「え……? って! アメリア!?」

「そうよ! 私よ!」

「レイにエヴィもいるじゃないっ! 着替えるから待ってて!」


 バンッ、と扉を閉じて室内でドタバト音がして……五分が経過。


 中からはぁ、はぁ、と息を荒くするクラリスが出てきた。いつものように華麗なツインテールがよく似合っている。意識は完全に覚醒したようで、彼女はいつものように話し始める。



「で、何の用なの?」

「野球しようぜ!」

「ねぇレイとエヴィ。これはアメリアなの? キャラが違くない?」


 アメリアを無視して、クラリスがそう尋ねてくる。


「みんなと野球したいらしいぞ。それだけだ」

「……そうなんだ。で、別にいいけどさぁ……私、未経験だけどいいの?」

「大丈夫! 私が教えるから!」

「アメリアは経験者なの?」

「壁当てと素振りはすごいやっていたわ! いつか友達とできるように!」

「あ……うん」

「大丈夫だクラリス。俺たちは経験者だ」

「そっか。ならいいけど……」


 ということで、クラリスに詳細を語ると彼女もまたメンバーに加わった。その次はエリサのところへ向かった。


「あれ? みんなでどうしたの?」

「野球しようぜ!」

「あ、アメリアちゃん……?」


 と、まったく同じ反応をするエリサだが普通に了承してくれた。


 ということで今のメンバーは七人。あと二人でいいが、どうしようかと考えている矢先、俺は閃いた。


「残りのメンバーは俺に心当たりがある」


 そういうと、俺たちが向かったのは学内にあるジムだった。そこにはちょうど、お目当の二人がいた。


「アルバート。それに部長。おはようございます」

「レイか。どうした?」

「実は……」


 そして詳細を語ると、部長が了承してくれる。


「なるほど。いいだろう。野球は経験がある」


 ちなみに、アルバートは誘拐された時の記憶はなく、こうして今は無事に体を鍛えている。曰く、準決勝で敗北したのは筋肉が足りないということで、今はこのジムで部長に色々と教えてもらっているらしい。


「野球か……それはいいな」

「アルバートは経験があるのか?」

「外野ならある」

「なるほど、それは頼もしい」


 アルバートは外野に決定だ。ちなみに部長はキャッチャーの経験があるということで、これも決定。


 そしてその後は生徒会室にいる、レベッカ先輩とセラ先輩と合流。


 こうして九人揃った俺たちは、野球部へと挑む!



 ◇



「あーもう! あの野球部、絶対に廃部に追い込んでやるわっ! ボコボコにしないと気が済まないっ!」

「まぁまぁディーナさん。落ち着いてください」

「これが落ち着いていられますか! レベッカ様を馬鹿にしたんですよ! これは重罪です!」


 グラウンドに全員で集まる俺たち。ちなみに全員ユニフォームを着て、グローブも持っている。


 このことは予期していないはずなのに、全員分のユニフォームと道具を持っている部長は、やはりこの王国の諜報組織の一員なだけはあるということか……。


 しかし、レベッカ先輩を馬鹿にしたという話は俺も聞き捨てならない。


「セラ先輩。それはどういうことでしょうか」

「レイ、それが聞いてよ。あの野球部の連中、こっちはあなたと違って結果を出しているって言ったのよ。魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエのことを引き出してくるなんて……殺すっ!」

「それは魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエで準優勝に終わったレベッカ先輩、という意味での揶揄でしょうか」

「そうよ! 野球部は最近調子いいからって……殺す!」

「なるほど……それは許せませんね」

「で、みんな。ポジションと打順はどうするの? ちなみに一番大事なのはピッチャーだけど、誰がやる?」

「ピッチャーですが、俺がやりましょう」

「レイが?」

「はい。キャッチャーは部長が経験したことがあるらしいです」

「ふーん。とりあえず、レイの球を見てみましょうか。いいこと、あの野球部を本気でぶっ潰すのよ? それなりのものを期待してるわよ?」

「もちろんです。レベッカ先輩を馬鹿にした罪は必ず償ってもらいます。レッベカ先輩の無念は俺が晴らします」


 セラ先輩、それにレベッカ先輩にそう告げるが、当の本人であるレベッカ先輩はユニフォーム姿の俺をじっと見ていた。


「どうかしましたか?」

「レイさん……改めて、いい筋肉ですね」

「わかりますか?」

「えぇ。ここにいる男性の方はとてもいい筋肉をしているので参考になります。ふむふむ……」

「そういえば、以前もそのようなことを……確か大会初日でしたか。もしかして、先輩もトレーニングに興味が?」

「あ! いやその……あはは……なんでもないですっ! そうだ! しっかりと私の無念を晴らしてくださいね、レイさん!」

「御意に……」


 そうして俺はマウンドへと向かっていく。


 そして全員がネットの後ろに控えて、防具をつけたキャッチャーである部長がやってくる。


 おそらく球種の確認だろう。


「レイ。球種は?」

「ストレート、カーブ、スライダー、シュート、ツーシーム、カットボール、シンカー、チェンジアップ、フォーク、スプリット、パーム、ナックル、ナックルカーブ、それに縦のスライダーもいけます」

「……」

「どうかしましたか?」

「いや、本当に全部いけるのか?」

「はい。師匠に叩き込まれたので。魔術師たるもの、これくらいの球種は持っておけと」

「なるほど……リディアさんらしいな。ではサインはこうだ」


 と即席で決めたサインを互いに共有して、部長はベースの後ろで大きなキャッチャーミットを構える。


 部長の筋骨隆々な身体だからこそ、俺もまた投げやすさを感じていた。


 そして、俺は振りかぶって……部長の構えた、ど真ん中にストレートを投げる。


『……え?』


 部長のミットの中に収まる、俺の渾身のボール。それはパァンッ──! と音を鳴らし、シュゥゥウウウと微かな音を漏らしながら完全に収まっていた。


 ──なるほど、さすが部長だ。


 フレーミングも完璧で、ボールの勢いを完全に殺して完璧に捕球している。それにその巨大な体躯のおかげでかなり投げやすい。これは本当に頼りになる。


「ちょ!? ちょっとタイムっ!」

「え? 何か問題が?」


 セラ先輩がそういうと、俺のそばに走ってやってくる。そして彼女は、俺に向かって大声をあげてくる。


「レイ! 今の何キロよ!?」

「さぁ……150キロは超えていると思いますが。もう少し肩を温めれば、160もいけると思います」

内部インサイドコードは使ってないのよね?」

「はい。確か魔術的な身体強化は禁止ですよね?」

「えぇ、そうだけど。ふふ……これはいけるわっ! とりあえず、持っている変化球全部投げて!」

「了解しました」


 その後、俺は持っている球種を全て投げ込んだ。


 部長はそれを全てしっかりと捕球してくれた。途中でコントロールが狂ってショートバウンドしてしまうものもあったが、部長はその体躯でしっかりとボールを前に落としてくれた。


 特にフォークとスプリットは落ちる変化球なので、パスボール(後ろにそらしてしまうこと)が多いのだが、これなら大丈夫そうだ。



「よし! よし! レイ、完璧よ! あなた最高ね!」

「ありがとうございます。セラ先輩」


 ぺこりと頭を下げると、周りにいつものメンバーがやってくる。その中でもクラリスが前に出て、大きな声をあげてくる。


「レイ! ちょっとっ!」

「どうした、クラリス」

「あんたプロなの!? 素人の私が分かるくらいに、やばかったわよっ!」

「まぁ……師匠に仕込まれているからな」

「まじで規格外ね……」


 ということで、俺たちはその後、練習に励むのだった。



 あのレベッカ先輩を馬鹿にしたと言う野球部は俺も絶対に許すわけにはいかない。申し訳ないが、本気でいかせてもらおう。


 こうして俺たちは、明日の試合へと挑むのだった。


 レベッカ先輩の無念、必ずや晴らしてみせるッ──!




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