第67話 きっと君は、大空に羽ばたく


 俺は絶対不可侵領域アンチマテリアルフィールドを展開。


「そこか……」


 相手の場所を認識すると、すぐさまその場所に次々と冰剣を突き刺していく。もちろん敵はそれを躱して、壁を疾走していくが……その様子は手に取るように知覚できる。


 俺は移動する先に回り込むようにして、冰剣を突き刺すとそれを起点にして、冰花繚乱ひょうかりょうらんを発動。冰剣はその姿を咲き誇る花の形へと変化させていく。


 次々と咲き誇る冰の花。それは相手を囲むようにして、その形を花へと変貌させる。


 逃げ場所などない。


 俺の領域は完全にあいつを捕捉し続けているのだから。


「ど……どうなっている……見えているのか……!?」

「いや。見えていないさ」

「くそ、くそ、くそ、くそッ!!」


 その焦りは本物だった。俺はその苦痛に歪む表情ですら、感じ取ることができていた。


 そして苦し紛れに放ってくる短刀の数々。その全ては毒が塗ってあることも、把握済みだ。内部インサイドコードを走らせることによって、放たれたそれは尋常ではない速度だが……。


 絶対不可侵領域アンチマテリアルフィールドの領域に入ると、それは全て掻き消されていく。


「……落ち着け。大丈夫だ……俺は、俺は勝てる……」


 ボソリと呟きながら、戦況を立て直そうとする。


 流石に殺しを生業としているプロだ。すぐに感情を抑え込んで、現状を打破しようと考えているが……すでに遅い。


 ──この領域を展開した時点で、お前の負けは確定しているのだから。


 その後、俺の冰剣は容赦無く相手を切り裂き続ける。致命傷には至らないものの、確実にダメージを与えていく。


「……シッ!!」


 切り裂かれた箇所から溢れる血液がその魔剣へと集まっていくと、それは棘のよう変質し、大量に放たれる。


 しかしそれは領域内に入ると、全て搔き消える。おそらく、あの魔剣は血流操作ができるのだろう。血流からコードへと干渉して、そこから意のままに血液を操る。いや、血液だけではない。液体という条件であれば、いいのかもしれない。


 だが、今はそんなものはどうもでいい。


 決着をつけるべきだろう。


「──ッ」


 相手はハッと息を飲むと、自分の展開している広域干渉系の魔術を解除。すると、わずかな光が戻ってくるが……今さら光など必要はなかった。


 なるほど。解除したということは、完全に逃げに徹する気か……しかし、逃すわけがない。


 駆ける。


 敵は出口に向かってそのまま一直線に進んでいくが、俺はそこを封じるようにして冰花繚乱ひょうかりょうらんを発動。


 相手は苦し紛れに俺にさらに短刀に加えて、魔剣によって血液を操作して生み出された短針を放ってくるが、それは全て搔き消える。



「……無駄だ。お前の攻撃は、もう届きはしない」



 絶対不可侵領域アンチマテリアルフィールド


 それは、知覚領域と還元領域の二つから成る領域だ。


 知覚領域は半径五十メートルまで伸ばすことができ、領域内にある第一質料プリママテリアを五感を通じることなく脳で直接知覚する領域だ。それはたとえ生物でなくとも、第一質料プリママテリアが存在しさえすればいい。


 還元領域は、まずは『減速』で俺が指定していない物質または現象を低下させ、そこから『固定』して一気に対物質アンチマテリアルコードを活性化、そして完全に全ての物質と現象を『還元』する領域。


 どちらもまた、発動した瞬間に全てが自動で処理されるため俺はただ、感じ取るままに行動すればいいだけだ。


 正直言って、これを使うのは躊躇したが今は魔術領域暴走オーバーヒートも起こる兆候はない。


 ──このまま終わらせてもらう。


「ぐ……くそッ!!」

「大人しくしろ。お前の負けだ。理解しているだろう?」

「──ッ!」

「おっと。自害する気だが……もう遅かったな」


 見た目に変化はない。だが、相手はもう体を動かすことは敵わないのか、そのまま呻き声をあげるだけになる。


「あああ……アアアアアア……アアアア……ッ!」

「既に身体機能は奪い取った。もう体は動かせない」


 そうして敵はそのまま地面にバタリと倒れ込んだ。俺の絶対不可侵領域アンチマテリアルフィールドに入った瞬間から、俺は敵の魔術にあるコードを混ぜていた。


 魔術名称は、細氷昇華ダイヤモンドダスト


 それは体内に細やかな氷を発生させ、内側から侵食する俺の固有魔術オリジン。相手の魔術を絶対不可侵領域アンチマテリアルフィールドによって、分析。そこから相手の魔術を辿っていき、そのコード内に自分の魔術を組み込んでいたのだ。


 相手が素早くかつ、こうして逃げると予想していたので、この魔術を既に展開していたがどうやら上手くいったようだ。


「うう……すごい……密度ね……うううぅ……」


 腕の中にいるクラリスは、俺たちの第一質料プリママテリアの密度に当てられたのか、地面にそっと下ろすとフラフラとしてそのままゆっくりその場に座り込む。



「大丈夫か、クラリス」

「えぇ……な、なんとかね。でもその……レイ、あなたは……」

「そうだ。俺こそが、当代の冰剣の魔術師だ」

「そっか。まぁでも……言われてみると、納得しちゃうわね……レイってば、七大魔術師だったのね。そっか……」

「……すまない。言うのが遅れてしまって」

「みんなは、知ってるの?」

「アメリア、エリサ、エヴィは既に知っている。それと、師匠は……俺の前の冰剣の魔術師だ」

「はぁ……なんか、今までの言動とか考えると只者じゃないって……思ってたけど……そうだったのね」


 クラリスは、少しだけ辛そうに胸を押さえつける。


「酔ったのか? 大丈夫か?」

「えぇ……ごめんなさい……第一質料プリママテリアに当てられて……少しだけ、休むわね……」

「あぁ」


 様子を見るに、命に別条はない。ただあまりにも密度の濃い第一質料プリママテリアに当てられてしまったのだろう。


 そうしてクラリスをそっとその場に寝かせると、俺はまた別の人間に気配を感じ取るが……それはよく知った人のものだった。


「レイ、終わったのか」

「部長……はい。無事に終わりました」

「すまない。広域干渉が展開されていたようだな……遅れてしまったが、やったのか?」

「はい。しかし、殺してはいません」

「そのようだな。さて、後処理は俺たちに任せろ。お前はいくべき場所があるだろう。アメリア=ローズはまだ戦っている。今ならまだ、間に合うはずだ」

「本当ですか……!?」


 アメリアはまだ戦っているのか。あのアリアーヌにまだ立ち向かっているのか。その事実を知って俺は自分の心が震えるのを感じる。


「部長。クラリスのこと、よろしくお願いします」

「あぁ。大丈夫だ。この程度ならば、すぐに回復するだろう。行ってこい、レイ。アメリアには、お前が必要なはずだ」

「はいっ!!」



 そして俺は走り始めた。

 

 ただ懸命にアメリアに会いたいと、その姿をこの目に焼き付けたいと、思いながらただ疾走していく。


 今、彼女はどんな想いで戦っているのだろう。アメリアは……どうしているのだろうか。


 全身全霊を持って駆け出した。そして僅かな光が見えて来て……俺は観客席の上段、そこへやって来た。


 フィールドを見下ろすと、そこには……地面に伏せているアメリアがいた。


 全身は焼け焦げているのか、真っ黒な跡が目立ち、そして出血もしている。それでも、アメリアは目の前に立ちはだかるアリアーヌから視線は逸らさない。


 それにアリアーヌも無傷ではなかった。彼女もまた、焼け焦げている跡が目立つ。


 互いに傷つき、ここまで戦って来たのだ。でも、アメリアのその双眸は僅かに諦めの色が見えている。


 闘志が、戦う意志が、薄れている。


 きっとここまで、懸命に戦ったのだろう。


 たった一人、この大観衆の中で、懸命に、直向ひたむきに、あの最強と謳われているアリアーヌに立ち向かったのだ。


 心が折れそうでも、それでも自分を奮い立たせてアメリアは……戦っていたのだ。


 戦う前はあんなにも震えていたと言うのに、アメリアは諦めずにここまでたどり着いたのだ。これはアリアーヌとの戦いでもあり、自分との戦いもである。アメリアは、自分に負けずに……懸命に戦い続けていた。


 だから──


 俺がすべきことは──


 一つだけだ──。




「アメリアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 立てえええええええええええええええええッ!!」




 そして、俺がそう大声をあげると、アメリアのその双眸に戦う意志が戻ってくる。


 彼女の背中から溢れ出る無限の蝶たち。それは螺旋を描きながら、天に昇っていく。その光景は、幻想的で現実離れしたものだったが、とても美しいと心から思った。


 灼けるように真っ赤に燃え上がるそれは、君の今までの努力の結晶だ。


 決して偽物なんかじゃない。彼女は……ずっと偽ってきたんじゃない。ただ、迷っていただけだ。俺と同じように。


 偽りではない、それは……いつか本物になるという過程だったのだ。


 でも、もうその時は終わりだ。


 アメリア、君は籠の中の鳥なんかじゃない。この大空へと飛び立てるだけの、翼を持っているのだから──。


 だから、今の君なら、きっと。


 自由に、そしてどこまでも高い空に飛び立てるはずだ。


 瞬間、どこからともなく一羽の鳥が、この大空へと飛び立った──。

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