第68話 きっと私は、大空に羽ばたく
私はただ、誰かに認めて欲しかった。
たったそれだけのことだった。
でも、それだけのことが今まで出来なかった。
だって私は怖かったから。他人に、本当の自分を心を晒すのがどうしようもなく怖かった。だから逃げて、偽って、取り繕って、アメリア=ローズというものを演じてきた。
そんな中で求めてきた自分。
でも本当の自分なんて……いなかったんだ。
私は、私のままでよかったのに、今まで認めることができなかった。
だから私は、今の自分を偽物と定義して……悲劇のヒロインであると……そう思い込んでいただけ。
生きる意味などなく、自分のたどり着く場所などないと……ただ機械的に生きるだけが私の人生だと……そう絶望していた。
でもみんなは……レイは、私を認めてくれる。
今のままの、私でいいと。
そしてレイは、私と一緒に探してくれると言った。
そうだ。レイだって、完璧な存在ではない。私と同じように苦しんで、悩んで、葛藤した先に今の彼がある。そんなレイとだからこそ、私は寄りそっていける。
彼と一緒なら、みんなと一緒なら、私はきっと……辿り着ける場所があるのだから──。
「……」
ゆっくりと歩みを進める。
会場は最高に盛り上がっていた。観客の声、それに実況と解説の声。それに、アメリア応援団のみんなの声。全部がただクリアに聞こえる。
ふと空を見上げると、今日は晴天だった。
いやずっとこの空は晴れ渡っていた。でも私は、こんな美しい空を見上げる余裕がないほどに、今までは苦しみながら戦っていた。この戦いの中で、何かを見つけることができると思っていたから。
でも私はもう……見つけた。
私の答えは戦いの中にはなかった。その答えは、すぐ側に……自分の中にあった。それはレイのおかげで見つけることができた。
私は、私のままでいい。そしてみんなと、彼と共にこれからも生きていこう。
答えを見つけるその道筋こそが、私の生きる理由なのだから。
「アメリア、来ましたわね」
「アリアーヌ……」
「どうやら、憑き物は落ちたようですわね」
「レイに、助けてもらったから」
「そうですか……やはり、私ではダメだったのですね。いや、私だからきっとダメだったのですね」
「アリアーヌ……」
視線を逸らして、彼女はそう告げた。
きっとアリアーヌの中にも葛藤はあったのだろう。悩み続ける私に対してどうするべきか、アリアーヌもまた悩んでいた。
それはどうしてだろうか。今の私なら、よく理解できた。
今日はよく見える気がする。それに感じ取ることができる気がする。
今までと同じ世界を生きているはずなのに……まるで別の世界に生きているようだった。
「さて、アメリア。決勝ですわね」
「えぇ」
「勝つのは私ですわよ」
「いいえ。私よ」
「そうですか。ならば、決着をつけましょう。どちらが、この
「えぇ」
向かい合う。
そして私たちは互いを見据えながら、所定の位置につく。
あぁ。もうすぐだ。もうすぐ始まってしまう。
よく見ると、アリアーヌはすでに剣を持っていなかった。おそらく試合開始と同時に、あの能力と使ってくるのだろう。準決勝で見せたからこそ、出し惜しみはしないということか。
彼女らしい戦い方だ。
一方の私といえば、策はない。ただ無策のまま、私はこの場にやって来た。
きっと今までの私なら……ここで震えて、蹂躙されるのを受け入れていただろう。
でもどうしてだろう。
こんなにも、心が高ぶるのは。
こんなにも、心の内側が熱くなるのは。
あぁこれはきっと、レイのおかげだ。彼のおかげで私はこうして向き合える。アリアーヌに、そして自分自身に。
その刹那、彼の顔が思い浮かぶ。それを脳裏に焼き付けて、私は微笑む。
──ねぇレイ。私はきっと、勝つから。
今日だけは、この日だけは、この戦いだけは、この勝利をあなたのためだけに捧げるわ。
それがきっと私にできる、最高の恩返しだと思うから。
「──試合開始ッ!!」
その声を互いに知覚したと同時に、アリアーヌの四肢は燃えるように、灼けるように染まっていく。赤黒いコードが一気に生み出されて、瞬間その姿が爆音と共に消えた。
彼女がいた地面は抉られ、そして眼前にその姿が現れる。
瞬間移動ではない。ただ物理的なスピードを極めたそれは、私の知覚を優に超える。
「はあああああああああッ!!!!」
雄叫び。
アリアーヌは声を上げると、一気にその拳を振るった。狙いは私の鳩尾だった。
でもその軌道を直感で読むと、スッとそのラインに合わせて私は剣を縦に構える。
「ぐ、ぐうううう……ッ!!」
何とか力の限りを尽くして踏ん張ってみるが、私はそのまま後方へと吹っ飛ばされてしまう。
もちろん今の一撃だけで剣は砕け散ってしまった。
今のアリアーヌには、ただの剣は効かない。それは分かっていることだった。
しかしこうもあっさりと防御を破られてしまうのかと思うと同時に、私は何とか受け身を取りながら視線を逸らしはしない。
ガードは間に合った。
もちろんダメージは入っているけど、まだ戦える。転がった際に擦り傷がいくつもできるけど、こんなものは些事だ。
今はただ、この高速で動き続けるアリアーヌから目を逸らしてはいけない。
だが視界に捉えているはずのアリアーヌは、忽然と姿を消す。
──どこに行った……!?
と、考えるとほぼ同時に後ろから微かに吐息が聞こえた。
「──スゥ」
「……後ろッ!!?」
と、私は声を上げた瞬間にその圧倒的な圧を持ってアリアーヌの拳が放たれた。
すでに剣はない。
だから私は魔術で彼女に対抗するしかなかった。
そして、
物理的な攻撃には、物理的な防御をするしかないと思っての選択だったが……瞬間、目の前にある氷壁が一気に砕け散る。そしてその中から出て来たのは、アリアーヌの右腕だった。
でもこれは囮だ。
私はもう知っている。あの時の、自分の能力の意味を……今の私ならば、扱うことができる。
そして私は新しいコードを走らせる。
《
《
《
《エンボディメント=
顕現するのは、紅蓮の蝶。真っ赤に染まるそれは、大量に私の周囲に溢れ出てくると一気にアリアーヌの腕を覆い尽くして……爆ぜた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
激しく痛む頭を右手で押さえながら、私は後方へと一気に転がっていくアリアーヌを見つめる。
絶対に視線は逸らさない。油断はしない。
今のアリアーヌによって、距離など関係ない。
たった一歩で、私との距離を詰めることができるのだから。
そして私は砕け散った氷の破片を払うと、周囲に顕現する蝶々を改めて意識する。
レイとの戦いで得たこの能力。
爆発する蝶は、意のままに操ることができる。
これが私の
きっとレイに会っていなければ、あの時に彼と言葉を交わしていなければ……この能力を発動することはできなかっただろう。
でも……体の中は未だに熱い。
ドクン、ドクン、ドクン、と心臓が高鳴る。私の体は示しているようだった。まだ、まだ私には先があると、この先に私はたどり着けると……体がそう教えてくれているようだった。
「ふ、ふふふ……そうでしたの……アメリアも……
その黒煙の中から現れるのは、身体中に火傷を負ったアリアーヌだった。
おそらくあの能力を発動している最中は、他の箇所の防御が手薄になるのだろう。四肢は依然として赤黒く染まっているが、他の箇所は確実にダメージが入っているのが伺えた。
「アメリア……わたくしもさらに本気で……正真正銘の全力で、いかせてもらいますわ……」
それはきっと、独り言の類だろう。
かろうじて聞き取ることができたが、その双眸はまるで虚空を見つめているかのように……じっと私を見据えていた。
「──
その隙を狙って、私はさらにその蝶たちを操って一気に迫っていく。それと同時に、大量の
「……電気?」
ボソリと呟く。
そう。その四肢は、バチッ、バチッと音を立てながら絡みつくようにして帯電していた。
悠然と立ち尽くすその姿。純粋にそれは、美しいと思った。
アリアーヌは完全にその電気を支配下に置いていた。帯電し、発光するそれは、彼女の気高い意志を示しているようにも思えた。
そうか……あの能力は、四肢に属性を付与できるのかと理解する。
「さぁ、アメリア。貴方が立ち向かうのは、最強。心してかかって来なさい」
「私は、私は……絶対に、負けないッ!!」
そうして互いに再び大地を駆ける。
『ああああああああああああああああッ!!!』
声が重なる。互いにすでに、かなりダメージを負っている。私はその圧倒的な腕力に、そしてアリアーヌは私の生み出す蝶たちに、互いに完全に対処できているわけではなかった。
無限に生成される蝶は、その圧倒的な数で彼女を多い尽くす。
でもアリアーヌはその全てを破壊して、私に何度も向かってくる。その度に私は手掌でその蝶たちを操って次々と爆ぜさせる。
爆ぜる。爆ぜる。爆ぜる。
だが黒煙の中からは、アリアーヌは確実に現れる。
互いの心が折れることはない。いつになればこの戦いは終わるのか。いつになれば、相手は倒れるのか。そんなことを意識する暇もなく、ただ私たちは戦い続けた。
その戦いの
《
《
《
《エンボディメント=『 』》
おかしい。
魔術は、私の
そして無限かと思える時間も、そろそろ終わりを告げる瞬間がやってくる。
「あ……はぁ……あ……あぁ……ごほっ……」
「う……あ……はぁ……はぁ……はぁ……」
すでに互いに満身創痍だった。
アリアーヌは全身を真っ黒にして、一方の私は完全に魔術を酷使しすぎた。脳が焼き切れるように痛い。でも……アリアーヌはまだ立ち上がろうとする。
最後の攻防。
彼女は捨て身で一気に迫ってくると、そのまま突撃を仕掛けて来た。アリアーヌもまた私がダメージが及ぶ範囲、つまりは
だが、私に
最低限だけ体を
そうして私たちは後方へと吹っ飛んでいき、そのまま転がっていく。
だが、互いの胸の薔薇は散っていないし……まだ戦い気力は残っている。
地面に這いつくばっているが、この心はまだ負けを認めない。
「ううう……ああ……ぁ……ああ……」
声が、声が掠れる。
動け、動け、動け。
そう願うけれど、私の体は力がなかなか入らない。
立ち上がろうとするが、踏ん張りが効かないのか……立ち上がることさえ困難だ。
その一方で、アリアーヌはふらふらと立ち上がる。
互いに何がそこまで自分を駆り立てるのか。
これはきっと自分自身の証明だ。
この戦いを通じて、私は、私たちはこの自分という存在を証明する。
だから止まることはない。
この体が言うことを聞かなくなるまで、私たちの心が負けを認めるまで……戦い続ける……はずだったが……とうとう私の体は限界がきてしまったようだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
アリアーヌは完全に肩で呼吸をしてる、でも体は動くし、その心はまだ立ち向かう意志がある。
あぁ……そうか。
私、負けちゃったか……。
悟る。
ここで私は敗北するのだと。
でも、私は頑張ったよね? 頑張ってここまでこれたよね?
きっと今までの私なら、そう励まして終わりだっただろう。奮闘した自分を褒め称えて、そこで終わっていたに違いない。
でも今は……負けたくない。
絶対に、絶対に負けたくない。
その想いが先行する。
体は動かない。ただ地面に這いつくばって、ゆっくりと迫ってくるアリアーヌを見つめているだけだった。
こんな無様で、負けが確定している今だったとしても……。
私は、私は負けたくないッ!!
絶対に、絶対に勝ちたいッ!!
そう願うけれど……現実は非情だ。もう私には何も残されてはいない。どれだけ心が強く願っても、この体が動かないのならば……どうしようも無い。
そして私が敗北を認めようとした瞬間、この色も音も失われた静寂で無機質な世界に……鮮やかな存在が入り込んでくる。
「アメリアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 立てえええええええええええええええええええええええええええッ!!」
色も、音も完全に失せた世界に……彼の声が……レイの声が、私の世界に入ってくる。
瞬間、この世界は鮮やかな色を、美しい音色を、取り戻す。
──あぁ、どうしてだろう。
こんな時に思う浮かぶのはみんなの顔だ。
エリサの優しい微笑み。少し引っ込み思案なところもあるけど、とても一生懸命で頭のいい優しい女の子。
クラリスのツンツンしている姿。でも、時折顔を真っ赤にしながら優しい表情になる。物言いはきつい時もあるけど、本当はとても優しい女の子だ。
エヴィのニカッとした表情。それはみんなに向ける明るい笑顔。筋肉に対するこだわりはレイと同じかそれ以上。そして、体は大きいけど周りに細やかな気配りができる素晴らしい人だ。
そして、レイの澄んだような美しい
彼の目には何が映っているのか。
あまりにも過酷な人生。それはきっと私なんかが想像できるものではない。
それを乗り越えて、彼は私と同じ場所にいて、私に寄り添ってくれた。
そしてレイもまた私と同じように怖がっていた。
人の心に触れ合うということに。
でも私たちは、心と心を通い合わせた。
そうして共に生きると、一緒に生きる意味を探していくと誓った。
そうだ。
私は……生きていくんだ。彼と一緒に、みんなと一緒に、この道で……生きる理由を探していくんだ。
人生に意味などない。だから自分自身で見つけるしかない。
『一緒に、生きる意味を探そう。その弱さを支え合いながら、生きていこう。俺は君と一緒に、進みたい』
レイの言葉がリフレインする。
そして彼の優しい笑顔が浮かぶと同時に……心臓が跳ね上がる。それはきっと今までの中でも一番の高鳴り。
ドクン、ドクン、ドクンと心臓はその鼓動をさらに加速していく。
そして唐突に脳内にあるイメージが浮かんでくる。
籠の中にいる鳥は立ち上がり、閉ざされていた扉にかかっていた鍵はガチャリと音を立て、その扉は開かれる。その目の前には、どこまでも透き通った大空が広がっていた。そうして鳥は、ゆっくりと歩き始めると、その出口で真っ青な空を見上げた。
瞬間、私は理解した。
あぁ……そうか、そう言うことだったのか。
レイが言っていたのは、こういう意味だったのか。
私の能力は、本質は……ここに、この場所にあったのだ。
そうして私は、あの空欄を埋めるようにして、完全に新しいコードを一気に走らせる。
《
《
《
《エンボディメント=
その刹那、私の背中からは今まで以上の……いや、数え切れないほどの真っ赤な紅蓮の蝶が天へ昇るようにして顕現する。
それは螺旋を描きながら、空へ、空へと昇っていく。
可視化できるほどの真っ赤な
私は、そのままゆっくりと立ち上がる。
右手をスッと横に薙いでその蝶たちの列を縦ではなく横一列にピタリと揃えると、そのまま指をパチンと鳴らして一気にそれを解放する。
ヒラヒラと舞い散る蝶は、私の周りをぐるぐると囲むようにして、螺旋を描きながら顕現し続ける。
そんな無限に増え続ける紅蓮の蝶の中で、私は
そして、その中から一匹の蝶を指先に止めると私は、真の能力名を冷然と告げる。
「──
籠の中の鳥は、大空へと解き放たれた──。
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