第69話 愛する自分と共に
私の
それは私の本質から零れ落ちる欠けら。
本当の能力は、本質は、全く別のところにあったのだ。
──あぁ、どうしてだろう。
世界がどうしてこんなにも、はっきりと眼に映るのだろうか。
私は知った。この覚醒した能力の本質を。これこそがきっと、私のたどり着く場所だったのだ。
レイとの日々は、きっと……ここにたどり着くためにあったに違いない。
「……アメリア、あなた……それは一体……?」
呆然とした様子で、そう告げるアリアーヌ。だがその問いに答えることはない。
私が告げるのは、たった一つの真実。
もう覆すことのできない、その非情な現実をアリアーヌに突きつける。
「アリアーヌ。もうあなたは、私には届かない」
「何を、何を言っていますの……?」
「分かるの。この能力のことが、よく分かる。だからもう、終わりにしましょう」
「……わたくしは、絶対に、絶対に負けませんッ!!」
駆ける。
アリアーヌは、私の能力の全貌は理解できていない。それは彼女の驚愕に染まった表情を見てよく分かった。
アリアーヌはそれでも、果敢に攻めてくる。
その気力を振り絞って、大地を踏みしめて駆けてくる。
赤黒い四肢は未だに健在だ。それにその雷撃もまた、発動している。きっと互いに、もう魔術を解いたほうが楽になれる。
だがそんなことはしない。できるわけがない。
私たちは、自分の、この誇りのために戦っている。
自分自身の証明のために、戦う。
でももう、決してアリアーヌは私には届かない。
それはただの妄想でも、虚言でもない。
──純然たる、事実なのだから。
「……」
見据える。
ただ私は囲まれる紅蓮の蝶の隙間から、彼女の動きを見極める。
アリアーヌは一気に大地を駆け抜けると、その拳を私の身体めがけて振るってくる。
必中。
そのあまりのスピードに避ける暇などない。防御も間に合うことはない。
だがもう、アリアーヌの攻撃は当たらない。それはこの世界に定着した、因果なのだから。
「こっちよ」
「え……? ど、どうなってますの……そんな、ありえない。ありえないですわ……こんなこと……」
空振り。
アリアーヌが振るった拳の先には、私はいなかった。
今の私は、アリアーヌの後ろに位置している。
依然として羽ばたく紅蓮の蝶たちは、ヒラヒラと私の周囲を飛び続けている。
パラパラと舞う真っ赤な
今までそれは、ただの火の粉だった。その蝶は、炎を蝶の形に模倣したものに過ぎなかったのだ。
でも今のこれは、私の魔術を以って完全に
溢れ出る灼けるように赤い、紅蓮の
それは、レイが以前の戦いで見せた時と同じ現象だった。溢れ出る
彼の場合は、青白い
そして満身創痍だった私は、その気力を完全に取り戻す。
今の私は、もう……誰にも止めることはできない。
「う……うわあああああああああああッ!!」
アリアーヌは再び突撃してくる。その身体に纏わりつく雷撃を巧みに操作しながら、
でもその拳が、その脚が、その雷撃が、私の元に届くことはもう……絶対にない。
そして私は、脳内で幾重にも重ねるようにして大量のコードを走らせる。この魔術領域の
《
《
《
《エンボディメント=
それは、蝶を起因としてこの世界の因果律を操作するという概念干渉系の
発動条件は
私はこの四つのプロセスを一つのメンタルモデルとして魔術領域に貯蔵し、
寸分の狂いも許されないコード構築。
蝶の動き全てと、アリアーヌの行動全てを組み込み、
因果律を操作する、あまりにも強力すぎる
私はこの四つのプロセスを、正確に構築して発動する。
どうしてだろうか、今の私にはこの能力の全てが理解できていた。
「はぁ……あぁ……はぁ……ああ、うぅう……はぁ」
アリアーヌはこの能力を前にしても、諦めなかった。
すでに因果律は成立している。
アリアーヌの行動が原因となって、私に攻撃を与えるという結果を私は操作し、それを完全に破綻させている。
因果律の操作。
それこそ、この
因果律、つまりはこの世界に存在する因果性という概念そのものに介入するのだ。だからこそ、本来この世界に顕現するはずだった因果関係に介入し、破綻させ、さらにそれを別の因果に繋げて、上書きする。
アリアーヌの攻撃は私にはもう届くことはない。
それはどう足掻いても、蝶の行動を起因として『私に当たらない』という結果を生み出してしまうからだ。
そして、私は淡々と彼女に告げる。
「アリアーヌ、もうあなたは私には勝てない。この世界の因果は、もう成立しているから」
「わたくしは……この程度で諦めることはありませんのよ。アメリア……本気で、本気でかかってきなさいッ!! わたくしはその全てを打ち砕いてあげますわッ!!」
それは虚勢の類ではなかった。
もう勝ち目などない。でもそれは絶対ではない。
だからアリアーヌは最後の可能性にかけている。
その可能性を信じている。信じきっている。それは燃え上がるような意志が込められたその双眸を見れば、明らかだった。
だから私も……それに応じよう。
今までは防御に回していたこの
《
《
《
《エンボディメント=
一匹の蝶を指先に顕現させると、私はそれを眼前で爆発させた。
一見すれば、ただ自爆してるように思えるだろう。
だがその爆発は私に当たることはなく、アリアーヌに直撃する。
「ぐ……ぅうう……ああああああああああッ!!」
爆ぜる。爆ぜる。爆ぜる。
その爆発は私の周囲で起こっている。私の周りを飛んでいる紅蓮の蝶たちは、次々と爆発していく。アリアーヌには絶対に届き得ない距離。
でも、『爆発が当たるという結果』を私は彼女に指定している。
だからどこでそれが爆発しようが、
私に対する攻撃は因果律を破綻させ、私の攻撃は確実にその因果律を発生させる。
もはや、アリアーヌには成す術など残されていない。
「……」
そして私が冷静に、逃げ回るアリアーヌに座標を指定する。
私は手掌で
大量に浮かぶその蝶たちを、次々と爆破させていく。するとそれはアリアーヌを起点にして、まるで紅蓮の花が咲き誇るようにして爆破が生じる。
彼女はその圧倒的なスピード、それに
この
それはアリアーヌが私の
この
つまりは、この空間では私の攻撃は絶対に必中。また、逆にアリアーヌの攻撃はもう絶対に当たることはない。私がこの
実戦での戦いならば分からないがこの大会の条件ならば、
そうして大量の爆撃によって生まれた黒煙の中から、アリアーヌは颯爽と出てきた。
その体に電撃を纏わせて、そのまま一気に大地を駆けてくる。
すでに彼女は限界に近いのだろう。その赤黒い四肢も、今はもうほぼ解除されつつある。
これは最後の攻防。
私はただ冷静に、こちらに向かって走ってくるアリアーヌを見つめるが……。
「う、ごほっ……」
吐血。
この能力の負担はかなりのものなのか、吐血に加えて鼻からは大量の血が垂れてきて、それに双眸からも血が溢れ出てくる。おそらく、脳に……魔術領域にかなりの負担がかかっているに違いない。
でも今は、そんなことはどうでもいい。
ただアリアーヌの本気に、私もまた真正面から向かい合うだけだ。
大量の血が溢れようとも、この脳が焼き切れようとも、今はこの
思えば、ここまでたどり着くのに……本当に、本当に時間がかかった。自分には価値がなく、どうしようもない愚か者でしかないと……そうずっと思っていた。
アリアーヌに届くことはないと。
彼女に勝つことなど、夢のまた夢だと。
その誇り高い存在には、手が届くことはないのだと……そう思っていた。
でも私は、アメリア=ローズはここにいる。
私は、ここにいてもいい。
この能力が発動したのもきっと……私が変わることができたからだと、自分自身を認めることができたからだと、確信している。
みんなが、レイがいなければ絶対にこの場所に至ることはできなかった。
それにアリアーヌという
私は、一人では生きていけない。
一人では何もできない。
でもみんなとなら、これからもきっと……この道を歩んでいける。
みんなと、レイと一緒に私は進んでいくのだ。
「……アリアーヌ、ありがとう。だからもう、終わりにしましょう」
そして私は、この試合最後の
幾度となく発動したこの能力は、完全に私に支配下にある。だから私は、改めて因果律を操作する。
「アメリアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
駆ける。駆ける。駆ける。
そしてアリアーヌの拳が、私の眼前に映る。
「──
瞬間、アリアーヌが死守し続けた薔薇を起点にして爆破が生じる。今まではピンポイントでそこまで狙うことはできなかった。
しかし今はもう……完全に能力は私に馴染んだ。
だから容赦無く私はその場所を起因に設定して、
そうして、不可避の攻撃を受けたアリアーヌは宙を舞って、そのまま地面に落ちていった。
静寂。
「勝者、アメリア=ローズ」
告げられる勝者の名前。それは私のものだった。
その数秒後、会場は湧く。湧き立つ。そうして大歓声と拍手が私たちに降り注ぐ。
「し、試合終了おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! 勝者は、新人戦の優勝者は……アメリア=ローズ選手ですッ!! しかしあの能力はなんだああああああ!!? 彼女の新能力は、その
「……すごいね。あれは概念干渉系の
「え、えっとその……つまり……?」
「……はっ! と、とにかくすごい能力だよ!! 優勝おめでとう、アメリアちゃん!! それにアリアーヌちゃんもすごかったねっ! 二人とも、すごかった! おめでとう!」
「そ、そうですね!! ということで、皆さん盛大な拍手を! 優勝したアメリア=ローズ選手に拍手をっ!! そして最後まで戦い抜いたアリアーヌ=オルグレン選手にも拍手をっ!!」
大歓声に、溢れんばかりの拍手。
これは全て私に注がれている。
いや、私だけではない。最後まで戦い抜いた、アリアーヌへの賛辞も込められているだろう。
そして私は、このフィールドに大の字で寝そべっているアリアーヌの元へ近づいていく。
互いにもうボロボロだった。ポタ、ポタポタと血が地面に滴る。それでも私はゆっくりと歩きながら、彼女の元へと向かう。
今はただ、アリアーヌと話がしたかった。
「……アリアーヌ」
「あ、アメリア。ふふ……ひどい顔ですわね。それに体も火傷だらけですわよ……?」
「……それは、あなたも同じでしょう?」
「ふふ……そうですわね……」
私は溢れ出る血を拭うと、彼女のそばにそっと座り込む。
アリアーヌの手をギュッと握ると、彼女は優しい声音で言葉を紡ぐ。
「ねぇアメリア……」
「うん……」
「とっても、強くなったの……ですね」
「うん。私ね、強くなったよ……」
「えぇ。本当に、本当に、すごいですわ……」
「うん……うん……っ!」
アリアーヌにそう言われて、涙が溢れてきた。
彼女にそう言われて、アリアーヌとこうして話ができて、認めてもらえることが……何よりも嬉しかったから。
ずっと私は、アリアーヌと同じ場所に立ちたかった。彼女を追い越すだけでなく、一緒に進み続けるような……そんな関係を求めていたのだ。
「どうして、あなたが……泣くんですの? 優勝したのですから、このわたくしに……勝利したのですから。もっと、誇っても……いいんですのよ?」
「わ、私はね。みんなのおかげで……ここまで来れたの。学院でできた友達に……レイにもいっぱいお世話になったよ。でもね、アリアーヌのおかげでもあるの。あなたがいたから、ずっと私の先に貴女がいたから、私は、私は……ここまで来れた。だからね、ありがとうって。今はそう言いたいの……」
溢れ出る涙が止めることはない。
私がそう告げると、アリアーヌの双眸からもまた、涙が溢れ出てくる。
ツーっと頬を伝い、それは地面にポタリと零れていく。
やっと、やっと私はアリアーヌに心を……自分の心を曝け出すことができた。
「ばか。ばかですわね……アメリア。そんなことを言うために……わざわざ私の側に来たんですの? それにこの大衆の中で、涙を流すなんて、みっともないですわ……うぅ……ぐすっ……」
「……そうだけど……でも、アリアーヌも、泣いているじゃん……うぅ……うう」
「これは……心の汗ですわ……っ! う……うぅっ……」
二人して、涙が止まらない。
止まることはない。
ただただ、涙を流して二人で嗚咽を漏らす。
そしてアリアーヌはなんとか上半身を起こすと、ギュッと私を抱きしめてくれる。
「アメリア、ごめんなさい。幼い頃に、あなたを見捨ててしまって……」
「そんな……私は、私はただ自分で勝手にそうなっただけなのに……」
「わかっていたんですの。あなたが貴族の在り方に、自分の在り方に悩んでいることは……でもわたくしはどうしていいか、本当に声をかけてもいいか……悩んでいて。だからその……アメリアの模範になれるように、そう思ってわたくしは誇り高い貴族を、目指していたんですの……」
「わ、私のために……」
知らなかった。
アリアーヌがそんなことを考えていたなんて。
やっぱりそうだ。
私たち人間は、言葉にしなければ分からない。そうしなければ、こうして心を触れ合わせることはできない。
言葉にして初めて、人の心と心は触れ合っていくのだ。
「えぇ。あなたのために、わたくしは戦っていました。この大会は……誰よりも、アメリアのためだけに。もちろん、優勝したいと言う気持ちはありましたのよ? でもそれと同じくらいに……アメリアの成長がとっても、とっても嬉しい……心から嬉しい……」
さらに涙を流すアリアーヌ。それを見て、私は心が締め付けられるような感覚になり、さらに涙が溢れてくる。
「アリアーヌ……」
「でもだからこそ、わたくしは全身全霊で、全てを持ってアメリアとの戦いに臨みました。そして、敗北しましたの。だから悔いは……ありませんわ。おめでとう、アメリア。
「あ、ありがとう、……うぅ……ああああああああっ!!」
全てが決壊するように、私はただアリアーヌを抱きしめて、さらに涙を流した。
今までの苦労が、悩みが、惑いが、この心の葛藤が全て氷解していく。
その全てが溶けていき、全てが流れていく。
レイと心を通い合わせたように、私はアリアーヌとも心を通い合わせた。
そうか。
ずっと目標にして、アリアーヌのようになりたいと……私は思っていた。でもそれは、彼女が私のためにずっとしてくれていたことだったのか。
それを知ると、もう……外聞など気にすることなく、ただただ泣いた。
私たちはこの大観衆の中で、二人で抱き合って……涙を流し続けた。
でもそれは、悲しみの涙ではない。
それは全てに感謝し、この世界の美しさを、人の心の美しさを知ったからこその涙だった。
瞬間、空に一羽の鳥が大空に舞った。
もう私は、籠の中の鳥ではない。
私もあの鳥のように、この大空に羽ばたいてゆける。
私は、一人ではない。
かけがえのない友人たちが、私にはいるのだから。
きっとこれからも辛いこと、苦しいこと、悲しいことはあるに違いない。
これで全てが解放されるなんて、人生の全てが楽になるなんて、楽観的なことは考えていない。
でも私は──
みんなと一緒に、進んでいける。
みんなと一緒に、立ち向かってゆける。
みんなと一緒に、生きる意味を探すことができる。
私はもう、籠の中の鳥なんかじゃない。
大空を自由に飛び立てる翼を、私も手に入れたのだから。
私はきっとこれから、自分の生きる人生を愛するだろう。そして自分の愛する人生を生き続ける。
みんなと一緒に、この先もずっと──。
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