第43話 自己紹介
師匠は今日も今日とて、美しい。
今日は夏服を着ており半袖から見える腕は、真っ白でまるで透き通るようだった。それに髪もアップにしており、後ろの方で綺麗にまとめている。はっきり言って、かなりの美貌だ。美貌だけは……まぁ、すごい。
しかし……絶対にこれは師匠ではできないので、カーラさんにやってもらったのだろうが。
そんな師匠はとても機嫌がいいようだった。こんなにもニコニコと微笑んでいる師匠は、本当にいつぶりだろうか。でも俺が大切な友人を連れて着たということで、こんなにも喜んでくれるのなら俺としても嬉しかった。
あの時も思ったが……師匠はやはりわかっていたのだ。
俺にとって学院が掛け替えのないものになると。極東戦役での負傷は、未だに残っている。それは肉体的な面でもそうだが、精神的な面でも同様だ。
でも、俺はこの友人たちとともに、これからも学んでいく。
そしてきっと、人としての在り方をもう一度学ぶのだろう。
と、そんなことを改めて思いながら俺はみんなを紹介するのだった。
「じゃあ、エヴィから頼む」
「おう!」
そう言って少しだけ前に出ると、エヴィは大きな声で自己紹介をする。
「エヴィ=アームストロングと言います! レイとは寮で同室で、仲良くさせてもらっています」
「私は、レイの師匠のリディア=エインズワースだ。しかし……ほう……お前があのエヴィか。でかいな……」
「わかります?」
「あぁ。私もレイは徹底的に鍛えたが……お前もまたいい筋肉を持っているようだ。これからも励め。そしてレイの良い友人となってほしい」
「もちろんです!」
どうやらエヴィは気に入ってもらえたようだった。
師匠は今となっては車椅子での生活を余儀なくされているが、過去には女性とは思えないほどの筋肉を蓄えていた。もちろんそれは男性と比較すれば劣ってしまうが、彼女は他人への厳しさよりも……自分への厳しさの方が苛烈だった。
だからこそ、エヴィのトレーニングの成果を認めているのだろう。
そして次は、エリサの番だった。
「あ……その……え、エリサ=グリフィスです! そ……そのハーフエルフです!!」
「なるほど……でかいな……違った意味で……」
「……え?」
「いや。なんでもないさ。しかしハーフエルフか……レイの良き友人になってほしいが……まぁ、お前は合格でいいだろう」
「え? え?」
「ふ。天然なところも加点だな」
「そ、そうですか……? あ! あとその……お聞きしたいんですが……」
「どうした?」
エリサにしては珍しく、もう少し踏み込んだ会話をしてみるようだった。彼女は人見知りなので、師匠との自己紹介は早めに切り上げると思っていたが……エリサは一冊の本を取り出すと、それを師匠に見せながらこう尋ねるのだった。
「さ、さっき……お名前をお聞きましたけど……エインズワースって……」
「あぁ。なるほど。お前は研究者としてのエインズワースのことを聞きたいのか?」
「は……はいっ! も、もしかして……?」
その目には明らかに期待の色があった。
そういえばエリサは研究者のエインズワースのファンだとか言っていたのを俺は思い出していた。そうか……それなら先に言っておけばよかったな。最近は色々と忙しくて完全に失念していた。
それでピンときたのか、エリサは思い切って尋ねることにしたようだ。
「二重コード理論なら、私が発見した。そして今も、エインズワースという研究者名で活動している」
師匠がそう言った瞬間、エリサの目が大きく開かれる。そして今までよりも大きな声で、さらに会話を続ける。
「……!! こ、この本も書いたんですか……!!」
「ん? あぁそうだな。懐かしいものだ。しかしそれは論文を適当にまとめたものだが……学生でよく読もうと思ったな。内容としてはドクターに近いが……」
「そ……その! これ! す、すごくて……!! えっと、その……ファンです!! サインください!」
エリサはとうとう頭を下げて、その本を師匠に渡し始める。
すると師匠はふふ、と微笑みながらカーラさんに声をかける。
「カーラ。ペンはあるか?」
「はい。ここに……」
師匠はいつのまにかカーラさんが用意していたペンを持つと、その本の一ページ目にサインをさらさらと書いていく。なんでも師匠のファンは一定層いるようで、学会に行くとサインを求められることも多々あるらしい。
「エリサ=グリフィスであっているか?」
「は……はい!!」
「よし。では、貴重なサイン本をやろう。私は気まぐれでな。サインをしない時の方が多いが……今日は大変に気分がいいので、特別だぞ?」
「ふ、ふわああああああああああ!!」
サイン入りの本を受け取ると、エリサは全身が痺れてでもいるのかブルブルと震えてそのままぺこりと頭を下げて後ろの方に下がっていった。そしてそのサインを食い入るようにして、じっと見つめ続けている。
なんというか……エリサの意外な一面を見れたな……。
「こ、この後で自己紹介ってやりにくいわね……」
そう呟きながら前に出るのはクラリスだった。緊張している様子で、ツインテールにも少しだけ元気がないようだが……。
意を決して彼女は口を開く。
「く、クラリス=クリーヴランドでっしゅ!!」
(あ、噛んだ)
全員の心のうちが完全に一致した瞬間であった。
「ふふ……面白いな、お前」
「そ……そうですか!?」
「あぁ。そのツインテールもよく似合っている。それにクリーヴランド家の当主とは実は知り合いでな」
「え!? そうなんですか?」
「あぁ。お前の父親はあれだな。娘にべったりだな」
「ははは……まぁそうですね……」
「で、ハンターになりたいのか?」
「え……なんでそれを……?」
クラリスがこちらをチラッとみるが、俺は首を横に振る。
ちなみにクラリスには俺の師匠に関してあまり詳細を説明していないが、特に彼女が尋ねてくることはなかった。彼女にもまた、機会があれば俺の過去を話したいと思っているが……。
また逆に、クラリスのことも別に師匠には伝えていない。別のルートからその情報を入手したのだろう。察するに、そのクリーヴランド家の当主から。
「あいつが言っていたのさ。娘がハンターになりたいと言っている……とな」
「そ……そうでしたか」
そしてエリサのツインテールはしゅんと下を向いてしまう。おそらく家族にはすでに反対されているのだろう。だからこそ師匠にも否定されてしまう……そう思っているに違いない。
「女性でも
「レイが言ってましたけど……もしかして?」
「それは私だ」
師匠はその豊満な胸の間に挟んでいたカードをスッと取り出す。
なぜそんなところに……と言いたいところだが、まぁ野暮というものだろう。
「え……!? ほ、本当に……!?」
「そうだ。今はこんな姿だが、昔はハンターとしても活動していた時期があってな。ちなみにレイは私が育てた」
「ふふえええええええ……」
目が点になるというのはこういうことを言うのだろう。クラリスは完全に呆然としている。声も「ふふえええええええ……」としか出ていないようだしな。
「それを踏まえて言うが……貴族の娘だから、女だからと言って、ハンターになれない道理はない。お前には選択肢がある。ハンターになるのか、ならないのか。別にそれ一本で生きていく必要もあるまい。ハンター
「一歩を踏み出すこと……」
「幸い、お前にはレイがいる。あいつは私が徹底的に育てた。学院で色々と聞いてみるといい」
「……わ、わかりました!!」
ぺこりと頭を下げると、嬉しそうな顔でこちらに戻ってくるクラリス。どうやら師匠との対面がいい機会になったようで、俺としては嬉しかった。
そして最後はアメリアだが……そういえば、師匠と面識があるとかないとか……。
「アメリア=ローズです。ご無沙汰しております」
「あぁ。パーティーで何度か顔を合わせたな」
「はい」
「……ふむ。前よりも陰は薄くはなっているが……まぁ、若いな」
「? 何のことでしょうか?」
本当に心当たりがないようで、アメリアはきょとんとした様子で師匠にそう尋ねる。
「いや。別にいいさ。それはお前が向き合うことだ。さて、最近はエインズワース式ブートキャンプに励んでいるようだな」
「……はい」
そう聞くと、アメリアは苦虫を噛み潰したような顔になる。しかしまぁ……絶賛継続中なので、嫌な記憶が想起されたのだろう。
この後も……ククク、アメリアの歪む顔がありありと浮かんでくるようだ。
ふふふ……フハハ!
いや、別にアメリアをいじめたいわけではない。ただ驚く顔が見てみたいだけだ。それだけだ。決して他意などはない。あの当時の師匠の気持ちがわかるなど、思ってはない。
そして師匠にはニヤリと笑いながら、アメリアにこう告げる。
「ふふ……どうだ? きついだろう?」
「正直、死ねます……」
「ははは! そうだな! しかしレイは8歳であれをこなしているぞ!! ははは!」
「……やばいですね……」
「あぁ。最高にイかれているとも……ククク」
なぜか俺が非難されているようだが……アメリアと師匠の会話が弾むのなら別に良かった。
そしてアメリアと師匠はなぜか別室に行くと、俺たちはこのリビングでカーラさんの手料理をいただくことになった。
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