第42話 師匠、再び


「……」

「……」

「元気出してっ! クラリスちゃん、アメリアちゃん……っ!」


 昼休み。


 昼食をいつものように五人で取っているのだが……アメリアとクラリスは机に頭をつけて撃沈していた。


 二人ともに頭から煙が出ているような感じで、もちろん比喩だが、全く動きはしないし、食事も購入すらしていない。


 アメリアは訓練による疲労。魔術訓練はかなり過酷で、その上にテスト勉強もあったので、本当に死にそうになっている。もちろん安全マージンは保っているので、精神的な意味なのだが。


 クラリスの方は無事にテストは爆死。赤点の科目もあり、夏休みには補習もあるという。残念ながらこればかりは仕方ない。この反省を是非とも次回に活かしてほしい。


 そんな様子をエリサはハラハラと見つめ、俺とエヴィは普通に食事をとっていた。



「二人とも大変だな」

「エヴィは大丈夫だったのか? テストの方は」

「ん? 平均よりもちょっと上ぐらいだな。まぁ……レイ、アメリア、エリサには叶わないが……個人的には満足してるな」

「なるほど。しかし、もう一学期も終了か」

「あっという間だったな〜」



 本日の午前中に終業式が行われ、一学期は無事に幕を閉じた。


 テストも滞りなく終了し、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの校内予選も無事に終了。


 もちろん、明日からは夏休みという長期休暇に入るので、届け出を出せば実家に帰省してもいいことになっている。


 しかし、今の段階で帰省するものはほとんどいないという。それは魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの新人戦と本戦が控えているからだ。校内での盛り上がりは最高潮になり、すでに他の学院でも出場者が確定している。


 新人の校内予戦ではアメリアは全戦全勝で抜けたが、アルバートもまたアメリアに一敗を喫したものの、それ以外は全勝。新人戦への出場を確定させている。あれから色々とあったものの、彼もまた前に進んでいるようだ。それにアルバートとはあの場所でもよくあって話しているからな……。


 そして、学内に存在する新聞部はすぐに号外と言って、今回の魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの優勝候補を挙げた。


 本戦の大本命はやはり昨年の覇者である、レベッカ先輩。


 そして新人戦の優勝者予想は……アリアーヌ=オルグレンだった。


 アメリアは準優勝だと予想されていた。


 俺はそれを見た瞬間、自身の血が滾るのを感じた。大会というものは、予想通りでは面白くないだろう。常にダークホースなどがいるからこそ、予想通りにいかないからこそ、花があるというものだ。


 だからこそ、アメリアには勝ってほしい。


 あのアリアーヌ=オルグレンを打ち破って、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの新人戦の覇者になるのはアメリアだと、俺はそう信じている。



「さて、明日からは1日時間が取れる。運営委員の仕事も魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエまではあまりない。つまりは、アメリアを存分に鍛えることができる……ということだ」



 俺がそういうと、隣に突っ伏しているアメリアの身体がビクっと反応する。髪の毛も天を衝くようにピンと上がる。



「と……言いたいところだが。みんな、明日は時間があるだろうか」

「私は……大丈夫だけど……」

「俺も大丈夫だぜ?」



 突っ伏しているアメリアとクラリスも右手をスッと挙げて、大丈夫という意志を示してくれる。ならば、明日することは決まっている。



「いい機会だから、是非ともみんなを師匠に紹介したいと思ってな」

「師匠って……あの天使みたいな人か?」

「まぁ……見た目はそうだな。それで、いいだろうか」

「そうだな。俺は全然大丈夫だぜ!」

「私も……ちょっと緊張するけど……」



 アメリアとクラリスもスッと再び右手を上げる。


 よし、ということで明日はみんなで師匠に会いに行くことになった。これはもともと考えていたことだが、是非とも俺は師匠に伝えたかった。俺はこの学院で、こんなにも大切な仲間に出会うことができたのだと。


 きっと師匠は心配しているに違いない。


 師匠は確かに厳しい人だ。俺はそれもはもう、厳しく育てられた。それは魔術的な意味でもそうだが、人間としても俺は師匠にたくさんのものを教えてもらった。そんな中でも、師匠の教えには愛情があった。全ては俺のためになるように……という意志が感じ取れた。


 だからこそ、俺はそんな彼女を尊敬している。


 そして俺たちは翌日に、師匠の元に向かうのだった。



 ◇



 翌日の昼。


 俺たち五人は師匠の家に向かっていた。


 そんな中でも一番ウキウキしていたのは、アメリアだった。



「うわぁ……みて、みて! すごい! 景色が綺麗!」

「西の方には来ないのか?」


 俺は馬車の中でそう尋ねてみた。


「うん。あまりこっちの方には来ないわね。それに森の方になると特にね」

「それにしても、今日は楽しそうだな。訓練が休みになって嬉しいのか?」

「当たり前じゃない! もう本当にあの訓練は地獄だわ……」



 瞬間、アメリアの目が死んだ魚のようになるが……まぁわからんでもない。エインズワース式ブートキャンプの過酷さは俺も身をもって体験しているからな。と、色々とみんなで会話を繰り広げていると馬車が指定の場所に到達。


 料金を支払うと全員で森の中を進んで行く。


 夏真っ最中で、周囲の木々には数多くの蝉が止まっている。その鳴き声が森の中で反響するも、それは決してうるさいと感じるほどではなかった。むしろちょうどいいくらいだろう。


 しかし、ククク……アメリアのやつは完全に訓練が休みになったと思い込んでいるようだ。連日訓練が休み? そんなわけがないだろう。アメリア訓練兵もまだまだのようだな。もちろん、この先に待っているのは訓練に決まっている。と言っても、もう訓練も佳境。


 大会も近いことから、あまり激しく追い込むことはしないが……それでも、この場所ならではの方法で鍛えようと思っている。


 ふふふ……アメリアのやつ、きっと驚くぞ……ふふふ……。


「ふふふ……」

「う、うわ! どうしたのレイ?」

「いや、なんでもないさアメリア。いい休日になるといいな」

「うんっ!」


 心からの笑顔である。

 

 しかし数時間後、これは歪んでいることになる。俺は決してアメリアを追い込みたくはない。でも仕方なのないことなのだ。俺も訓練時代は師匠に休みだから出かけよう、と言われなぜかジャングルでサバイバルをしていたこともあった。


 そう。世界とは非情なのである。


 こうして油断している時が一番危険なのだと、教える必要がある。


「ふふふ……」

「だから、それは何なの!」



 そうして五人で歩みを進めていると、見えた。


 師匠の住んでいる洋館へと俺たちはたどり着いた。すでにあらかじめ今日の昼にやってくることは伝えてあるので、俺は扉をコンコンとノックする。


 すると、十秒もしないうちに扉がギィイイと音を立てて開いた。



「レイ様。それにご友人の皆様も……よくおいでくださいました」

「カーラさん。ご無沙汰しております」

「はい。すでに主人は中でお待ちになっています」

「わかりました。みんな、行こう」



 そういうと、アメリアはこの手の屋敷に慣れているようで緊張している様子はなかったが、それ以外のメンバーは少し緊張しているようだった。



「大丈夫だ。師匠はいい人さ」



 玄関を抜けて、奥の方にある部屋に向かう。そして車椅子に座った師匠が俺を見つけると自分で車椅子を動かしながら、俺の方へとやってくる。今日は機嫌がいいのか、すでに満面の笑みを見せていた。相変わらず、見た目だけは麗しい人だ。



「レイ! 元気だったか!」

「はい。師匠」

「おぉ……また背が伸びたか?」

「いつも言っていますが、伸びてませんよ」

「ははは、そうだな。で、今日は友人を連れてきたんだろう」

「えぇ。学院でできた、掛け替えのない友人たちです」



 そうして俺は師匠にみんなを紹介するのだった。

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