第39話 お姉様がみてる


 なんの因果か、アリアーヌ=オルグレンの妹であるティアナ=オルグレンと手を繋いで校内を歩いていた。


 現在は休日なのであまり人はいないようだが、こちらの学院も魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの予選は行われている。


 おそらく午後になればもっと人が増えると思うが……。


 その前にはなんとかアリアーヌ=オルグレンとは接触しておきたい。そして出来れば、午後にある試合も見ておきたいところだ。


 しかし見れないとしても、実際に本人を見るだけでも得られる情報はかなり大きい。得意な魔術、戦闘スタイルはすでに噂で広まっているからこそ、もっとプライベートな情報が欲しいところだ。



「ねぇ、リリィーお姉ちゃんって背が高いね!」

「そうですね。女性にしては高い方だと思います」

「あしもスラーッとしてて、すんごく綺麗!!」

「ふふ。ありがとうございます。ティアナちゃんも可愛いですよ?」

「ほんと!?」

「えぇ。将来はきっとすごい美人さんになります」

「わーい!」



 背が高いのはもともと男性だからだ……と言えるはずもなく、俺はティアナ嬢と手を繋いで校内を歩いて行く。時々すれ違う生徒にギョッとされるも、そのままスルーされて行くのは逆にありがたい。


 だがやはり……自分の容姿と少女が歩いているのは、些か目立つだろう。


 早いところ、アリアーヌ嬢を見つけたいところだが……。



「お嬢さん、どちらへ?」



 二人で仲良く話しながら歩いていると、男子の集団に遭遇する。そして先頭にやってきて話しかけてきたのはいかにも美形……という感じの生徒だった。その立ち振る舞いからしても、貴族なのは間違い無いだろう。



「少し人を探してまして」

「ほう。なるほど。美しいお二人のために、我々が力になりましょうか?」

「いえ。ご迷惑をかけるわけには……」

「そんなことはございません。あなたのような、この学院に咲く一輪の可憐な花のためならば、我々は全力を尽くしましょう」

「……そうですか。ありがとうございます」



 にこりと微笑むと、その場にいる男子生徒の顔が一気に真っ赤に染まっていく。


 大変に気分がいい。


 なんというか、開けてはいけない扉を開きつつあるような感じだが……自分の女装の技能が完璧だという自負がさらに裏付けれされていく。


 そうしてさらに会話を続けようとした矢先……次に現れたのは女子生徒の集団だった。


「ちょっと男子! お姉さまが困っているでしょ!」

「む……お姉様……だと?」

「あんたたちは引っ込んでいなさない!」


 女子生徒の集団は男子たちを蹴散らすようにして、こちらに近づいてくる。そして俺の手をそっと取ると、柔和な笑みでこう告げる。


「お姉様、お名前は?」

「リリィー=ホワイトと申します」

「リリィーお姉様……」


 その瞳は完全に俺の虜になっていた。しかし異性だけでなく、同性も魅了してしまうとは……ふ、俺の美貌には困ったものだ。


 と、内心でやれやれと思っていると俺はふとあることに気がつく。


「あなたが、タイが曲がっていますよ」


 そう言いながら、少しだけずれているそれを直すと……さらにその女子生徒はその場に倒れこむようにして感謝を示すのだった。


「リリィーお姉様……なんて尊いの……!」

「素晴らしいお方ですわ!」

「それにこの美貌……! あぁ、あの美しい脚で踏まれてしまいたい……」


 うん……まぁ、少しやりすぎたか。


 今までの振る舞いを反省していると、くいくいっとティアナ嬢が袖を引っ張ってくる。


「リリィーお姉ちゃん、モテモテだね!」

「そうですね……罪な女、ですね」

「つみなおんななの……?」

「はい。しかしティアナちゃんのお姉さんを探さないといけませんね」


 ここで時間を割く暇はないということで、男性陣にも女性陣にも丁寧に挨拶をしてその場からさっていく。


「なんと可憐な……」

「あぁ……お姉様ぁ……」



 その声は聞こえなかったことにした。


 まぁ……うん……少し俺も張り切りすぎたようだった。


 反省しよう……。



 ◇



「あ! お姉ちゃんだ!!」



 ティアナ嬢はそういうと、そのまま手を解いてタタタ、と走って行く。


 視線の先にいたのは、テラスでサングラスをかけながらお茶をしている女性だった。


 それはサングラスで全体が見えないまでも、彼女こそがアリアーヌ=オルグレンなのだと理解できた。


 白金プラチナの髪の毛を、これでもかというほどに縦に巻いており、その特徴的な姿はかなり目を引く。それにパッと見た限り、プロポーションもいいのか出るところは出ていて、締まっているべきところは締まっている。


 あの体型を生み出すには、それ相応の努力が必要だとわかっているからこそ、俺は感嘆の意を示す。



 そうして校舎の外へと走っていく、ティアナ嬢の後に続いて俺もまた校舎外へ出ていき……そのテラスに腰掛けているアリアーヌ=オルグレンのそばへと近寄って行く。



「まぁ! どうしたんですの!? ティアナがここにいるなんて!」

「えへへ〜、来ちゃった〜」

「お父様とお母様は知っているのですか?」

「ひみつで来たよ!」

「はぁ……あなたは本当に活発な子なのですねぇ」

「お姉ちゃんのしあい、見たいから! おうえんに来たの! あ! それとね、あのお姉さんが助けてくれたの!」

「お姉さん……?」



 アリアーヌ嬢の腰でピョンピョンと飛び跳ねて騒いでいるティアナ嬢がそう言って俺を指差す。そしてアリアーヌ嬢の視線もまた、俺の方へと向く。


 ファーストインプレッションは重要だ。


 俺はぺこりと頭を下げながら、彼女たちのそばへと近づく。



「初めまして、リリィ=ホワイトと申します」

「あなたが連れて来てくださったの?」

「はい。校門の前でティアナちゃんが泣いていましたので。一緒にここまで来ました」

「まぁ! これはどうもご丁寧に……うちの妹がお世話になりましたわ」

「いえいえ。全然大丈夫ですよ。ティアナちゃんもすごくいい子だったので」



 アリアーヌ嬢は迷わず俺に対して頭を下げて来た。


 なるほど……別にそこまで高飛車なお嬢様……というわけでもないのかと分析していると、彼女はあることを提案してくる。



「お礼もしたいですし、一緒にお茶でもいかが?」

「いいのですか」

「もちろんですのよ。ティアナをここまで連れて来たお礼に、私が奢りますわ」

「それではお言葉に甘えて……」


 そして同じ席に着くと、アリアーヌ嬢はわざわざ飲み物をすぐ近くの売店から買って来てくれた。いつもは取り巻きの人間がいると聞いていたが……今日は彼女の一人らしい。


 だがこれはまずいな……。


 何故ならばこうして直接話してしまえば、女装がバレてしまう危険性が上がるからだ。元々は取り巻きの中に紛れて、遠くから情報収集でもしようかと思っていたのだが……。


 でもあの時にティアナ嬢を助けるという選択をした時点で、これは覚悟していた。それにここで何処かへ行くのも、不自然。


 まぁ、ここでバレてしまっても最悪つまみ出されるだけだろう。


 そうと思っていると、彼女が戻ってくる。



「紅茶でよろしかった?」

「はい。ありがとうございます」


 そうして紅茶をもらうと、俺は軽く口をつけるも……アリアーヌ嬢の視線が少しだけ鋭くなるのを感じた。


「ティアナ。少しだけそちらで遊んでいてちょうだい。魔術の練習をしてもいいですわよ」

「本当に!?」

「えぇ。でもお気をつけてね」


 そういうとタタタと、少しだけ離れた場所にティアナ嬢は走っていってしまう。


「さて。単刀直入に聞きましょうか。あなた、うちの生徒ではありませんわね?」


 ズバリ的中。


 ただのお嬢様ではなく、それなりに頭もキレるようだと、その情報をインプットする。




「……いえ、実は病弱であまり学院に来れていなくて……」

「いいえ。嘘ですわ。あなたの歩き方、それに立ち振る舞い方、とても病弱とは思えません。それにあなたほどの美貌を持つ女性がこの学院にいるのでしたら、私が知らないはずがありませんわ」

「……聡いのですね、アリアーヌ様は」

「えぇ。全てを兼ね備えているのが、このわたくしですから。あまりアリアーヌ=オルグレンを舐めないでもらいたいものですわ」



 さらっと白金プラチナの髪を後ろに流すその様は、本当に自信に溢れているのだと思った。アメリアとは対極的だ。


 アメリアにはまだ迷いがある。それはここ数週間、トレーニングを重ねている中でも見て取れた。


 だがこのアリアーヌ=オルグレンは違う。全ての言動が自信に溢れている。それはきっと慢心の類ではない。彼女は純然たる事実として、それを示しているのだ。三大貴族のオルグレン家の長女としての在り方を理解している。


 いい意味で貴族らしい彼女をこれ以上騙すのも……無理かと悟り、俺は素直に打ち明けることにした。もちろんこのケースも想定していたので、あまり躊躇ためらいはなかった。


 別にこの手の潜入行為は、伝統的に行われているものらしいので……彼女も理解があるのだろう。


 普通に追い出されて終了だ。


 ティアナ嬢に出会わなければ、もっとスムーズにいっていたが……これも運命だろう。あそこで助けないという選択肢はなかったのだから。



「それで、どこの学院の人ですの? 最近はこの手の輩が多いですが……わたくしは逃げも隠れもしません。だからあなたも、正直になるべきだと思いますわよ」

「あぁ。そうさせてもらおう。申し訳なかった、騙すような真似をして。アリアーヌ=オルグレン。あなたは本当に気高い人だ。素直に尊敬する」


 女性の声をやめて、いつも通りのレイ=ホワイトとして振る舞う。だが俺が男性の声を出した瞬間にアリアーヌ嬢はポカーンとした表情で、俺のことを見つめてくる。


「……は?」

「どうした?」

「い、いやその……こ、声が……」

「ん? あぁ。すまない。先に言うのを忘れていた。アーノルド魔術学院に通っている、レイ=ホワイトだ。性自認は男性なので、そこはよろしく頼む」

「だ、男性……? ちょっと待ってくださいまし……あなた、確かに身長はかなり高いようでしたが……骨格や筋肉のつき方は女性そのものでは……?」

「これは内部インサイドコードの応用だ。まぁあまり長くは持たないが」

「こ……声! 声はどうしてますの!?」

「これは別に魔術ではない。現代では男性が女性の声を出す技術はすでに確立されている。この喉仏のコントロールがコツなのだが……」

「は……はぁ……いえ、その……本当に男性、なんですの?」

「いかにも。女装しているのは身分を隠すためだったが……ティアナ嬢のためにも、致し方なかったな。本当はここまで真正面から接触する気は無かった」

「そ、それは感謝しますけど……あ!」



 そして、急に声をあげるアリアーヌ嬢。


 それはまるで、何かを思い出したかのようだった。


「……レイ=ホワイト。名前は知っていますわ。確か、学院初の一般人オーディナリーだけども戦闘技能は高い……と噂で聞きましたわ」

「おぉ。まさかこの学院にまでそんな噂が。これは少し照れるな……」

「ちょっとその容姿とその声にギャップが大きすぎて……頭がおかしくなりそうですわ……」

「ではこれでいかがでしょう?」

「……すぐに女性の声も出せるのですね。あなた何者なんですの?」

一般人オーディナリーであり、そして魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの運営委員でもあります」

「なるほど……それ以上でも、それ以下でもないと」

「はい」

「少し面食らいましたが……あなた、気に入りましたわ。今までの他の学院のスパイはこそこそし過ぎでしたが、妹のためにここまでオープンにしてくれたあなたに感謝の意を込めて……この後の試合、観戦してもよろしくてよ? あぁ。もちろん、ティアナとは一緒にいてくださいまし」

「それはこちらとしても嬉しいご提案です。でもいいのですか? 試合まで見せてしまっても」

「構いません。そもそも、リサーチされた程度で負けるのならそれまでの実力ですわ。王者の風格というものを、見せてあげましょう」

「それは楽しみですね」



 その雰囲気はまさに王者の風格ともいうべきなのか。


 微かにアリアーヌ嬢の身体から第一質料プリママテリアが漏れ出しているのを、俺は感じ取っていた。


 この性格に、噂で集めた情報を分析しても……間違いなく、彼女は優勝候補筆頭なのだろう。アメリアが超えるべき相手は俺の予想以上に、手強いのだと理解した。


 俺はアリアーヌ=オルグレンの実力をこの目で実際に見ることになる。


 まぁそれと……改めて思うと、あまりにも久しぶりの女装で少々やりすぎた感は否めないが……結果オーライということにしておこう。

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