第38話 乙女理論と俺の周辺
「ふふ……」
完璧だ。今の俺は完全に女子だった。
それは街を歩いていく中で、視線を集めているのを感じているからこその自負である。
「ねぇあれって……」
「制服着てるけど……モデルかな?」
「うおっ……すげぇ、美人だな」
「あぁ……あれはヤベェな……」
女性も男性も、俺の姿を見るたびにそんな声をあげる。
フフフ……フハハ!
大変に、気分がいい。
やはり俺の女装技術は衰えてはいなかった。師匠と……それに、アビーさんとキャロルにも色々と仕込まれたからな……それがこうして学生になっても活かせる日が来るとは。俺はこの状況に少しだけ感動していた。
ちなみに今はディオム魔術学院に向かっている。アーノルド魔術学院は王国の北区の中央にある。北区の西にあるのがディオム魔術学院で、逆の東にあるのはメルクロス魔術学院だ。
だが同じ北区といっても、それなりに距離はあるので俺はディオム魔術学院に通じている馬車に乗ろうと今は歩みを進めている最中だが……。
「げ……」
思わずの素の声が出てしまう。
そう。俺の視線の先にいたのは、キャロルだったからだ。
一応有名人だからか、サングラスをしているも完全にあいつだと理解できた。それこそ、その認識には一秒も必要なかった。
いつものように胸が大きく開いた服装に、スカートも妙に短い。今日はロングブーツを履いているようで、一見すればあいつこそ本当のモデルに見える。
そして桃色の髪もいつものように、緩やかに縦に巻かれていてオイルでもつけているのか微かに艶やかに見えた。
まぁ……実際にその仕事もしているので、あの容姿にも納得なのだが……。
「……」
さっさと逃げよう。流石にあいつも、過去の俺の女装ならまだしも、今の俺には気がつかないだろう。そうしてベンチに座っているキャロルの前を通り過ぎようとする。
なんの意識もせずに。まるであいつが風景に溶け込んでいるような、そんな感覚。
実際は、これは手に汗握る攻防である……。
いや、別に戦ってはいないのだが……どうにも、こいつの周囲にいることに俺の遺伝子が拒否反応を示しているように思えてならない。
「……ふぅ」
一息つく。
無事に突破した……かに思えたが、俺は後ろから声をかけられる。
「ん〜? ちょっとそこの美人さん、お話いいですか〜? キャピ☆」
いつものように甲高い猫なで声でそういって来るも、俺はそれを断固として拒否する。
「申し訳ありません……私、急いでいるものでして……」
「ん〜? あ! やっぱり、その見た目と声!! レイちゃんでしょ! いや、リリィーちゃんかな?」
「──ッ!!」
刹那、俺は脱兎のごとく逃げ出した。
流石のキャロル。今の俺の女装でも難なく見破るのか──ッ!!
だがこのケースを想定していない俺ではない。バレた時は、本気で逃げる。それに限る……が、今の俺はいつもの自分ではないし、この女性の体つきとそれに靴も新品で履き慣れていない。
その一方でキャロルはいつも通りだし、こいつは研究者で引き篭りがちに思えるが、実際は運動神経抜群。というよりも軍の教練も一通り終えているやつだ。
そんな二人が競い合えば……もちろん、負けるのは俺だった。
「つーかまえたっ!! くふふ〜、レイちゃんってば……何してるの〜☆ お姉さんに、話してみて? ね?」
「……」
あっけなく確保された俺は、ここで拒否をしても一向に解放されないのは知っていた。だからもう、素直に話すことにした。とりあえず早く解放してくれと、祈りながら……。
「へぇ〜! 面白いねぇ! 潜入調査かぁ〜! 実際にこの時期はこうしたことが起こるし、暗黙の了解になっているけど……まさか女装かぁ〜。レイちゃんレベルだと、絶対に気がつかれないねっ!」
「そうですね。だから早く解放してくれませんか? 急いでいますので」
「え〜。もっと一緒にいたい〜」
「駄々をこねないでください。あなたもお仕事があるのでしょう?」
「うん……この後、取材があるから……」
「でしょう? ではここで別れましょう」
「その前に……っ!!」
キャロルがポーチから取り出したのは、化粧道具だった。
「ちょっと崩れてるし、ディティールも少し甘いから……整えるね〜☆」
「……助かります」
流石の本職なのか、キャロルの手によって俺の化粧はさらに磨きがかかった。一見すれば差異は理解できないかもしれないが、その些細な違いな大きな変化をもたらすこともある。
結果として、こいつに捕まったのは良かったのかもしれない。今日は運がいいことに、すぐ解放されるようだしな。
「それじゃあ、レイちゃん。頑張ってね〜☆ 応援してるよ〜☆ キャピ☆」
「はい、ありがとうございました。それでは行ってきますね」
すでに完全に口調が女性と化している俺はキャロルにお礼を言って、今度こそディオム魔術学院に向かうのだった。
◇
馬車に揺られて数十分。
やってきたのはディオム魔術学院。大きさ、というよりもアーノルド魔術学院とは基本的な構造が一緒なので、そこまで差異はないも……俺は感じ取っていた。
この学院は明らかに生徒の質が違う。
この場合の質は、纏っている雰囲気という意味だ。それこそ、噂通り実戦に重きを置いているのがよくわかる。外から見ても、生徒の鍛え方はよく理解できる。男子生徒はその筋肉量が制服越しでもわかりやすいが……女子生徒も侮ることはできない。
スラッとの伸びる脚に、長い腕。背筋もしっかりと伸びており、歩き方も美しい。
そのような特徴から、やはりこの学院の生徒は侮れない……と思いながら俺は、潜入を試みる。
「よし……行くか」
もちろん校門から堂々とはいるわけにもいかない。この時期は警戒しているだろうし、そんなリスクの高いことはしない。
俺は近くの塀をスッと登ると、無事に敷地内には潜入したが……やはり魔術的なトラップが置かれているのは間違いなかった。パッと見るに、
そしてその
「ん? 今動いてような……ま、気のせいか」
「……」
じっと動きを止める。
しばらくすると、その生徒はこの場から去って行く。
何故俺が素通りされたのか……それは俺が、ダンボールの中にいるからだ。師匠曰く、ダンボールは持ち運びに優れ、隠れるのにも適している。もちろん、ただダンボールが変な場所にあってはおかしいが、今回は茂みの中にあっても素通りされた。
普通人間は、おかしなものがあっても触ろうとするものは少ない。
ん? あぁ……ダンボールか。
程度の認識で終わりだ。そうして俺は無事に、
「ふぅ……ひとまずはクリアか」
ダンボールから出てくると、それを器用にたたんでから茂みに隠しておく。そうして髪を軽く靡かせると、ディオム魔術学院の調査を開始する。
目標はアリアーヌ=オルグレン。
その容姿は特徴的で、
そう思って、校舎に入ろうとするも……俺は目の前にいた小さな女の子に目がいった。
「うわぁぁあああんっ! おねぇえええちゃん、どこおおおおおっ! うあああああんっ!」
泣いているのは子どもだった。まだ幼い……それこそ、5歳か6歳くらいだろうか。別に休日の学院に家族が来ることはおかしくはないのだが……あの女の子は一人でやってきたのだろうか。
任務を優先するならば、ここは無視だ。周りにいるわずかな生徒たちも静観を決め込んでいる。
本当ならばここで声をかけるのは得策ではない。俺の今回の目的はアリアーヌ=オルグレンの情報を入手すること。だからこそ、あまり目立つ行動はしたくないが……泣いている子どもをそのままにしておくのは……俺の主義に反する。
これでバレることに繋がっても、それもまた運命だろう。
ということで、特に悩むことなく声をかけることにした。
「お嬢さん、大丈夫?」
躊躇なく地面に膝をつけて、目線を合わせる。そうして頭を撫でて落ち着かせながら、とりあえず話を聞く体制に入る。
「うっ……ぐすっ……お姉ちゃんが……お姉ちゃんが、いなくてぇ……」
「なるほど。じゃあ、一緒に探しましょうか?」
「……えっ! 本当……っ!?」
「えぇ。構いませんよ」
にこりと微笑みかける。ついでに涙と鼻水で顔がひどいことになっていたので、ティッシュでそれを拭ってあげる。
「私は、リリィー=ホワイトと言います。あなたのお名前は?」
「わたしは、ティアナ=オルグレンっていうのっ!!」
「……そう。じゃあ一緒に行こうか、ティアナちゃん」
「うんっ! ありがとう! リリィーお姉ちゃん!!」
俺は彼女の小さな手を握って、そのまま校舎内へと侵入していくが……気がついていないわけではない。
この少女は間違いなく、アリアーヌ=オルグレンの妹だ。念のため、家族構成も調べていたが、確か年の離れた妹がティアナという名前だった。
果たして俺はスムーズにアリアーヌ=オルグレンに接触できるのか……。
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