第34話 You can do it!



 今日もいつも通り、目覚まし時計が鳴る前に目が覚める。



「う……うぅ……眠い……いぃ……」



 正直なところ、私はあまり朝が強くない。だと言うのに4時30分起床を強いられている。何故ならば……レイの訓練は未だに続いているからだ。


 あまりの過酷さに、一回だけ昼休みの訓練をサボろうと逃げ出したことが……その後は普通に確保され、説教をされ、倍のメニューをこなすことになった……。


 もうあんな経験は嫌なので、私は今日も今日とて頑張って起床する。


 集合時間は校門前に5時だ。ちなみにもうあの金属音とホイッスルの音は響いていない。曰く、女子寮の寮長に怒られたとかなんとか……。でもあれは本当に体に悪いので無くなって良かった。


 そして最低限の身だしなみを整え、歯磨きもサッと済ませると、軽装に着替えてそのまま外にでる。



「……ふぅ」



 一息つく。


 すでに日は昇りつつあって、それに虫も鳴いている。もう本格的に夏が近づいてきたのだと、私は思った。


 でも夏は嫌いだ。だって、夏には貴族のパーティーが集中しているから。夏休みだと言うのに、全く休んだ気もならない。


 でもこの学院に来てからは少しだけ違う気持ちになっていた。


 初めは前の学校と同じように、貴族の友人で周りを固めるのか……とそんなことも考えていたが、私はなぜかそうしなかった。気がつけば、レイ達と一緒にいた。彼の中心にして構成されているそのグループは私にはとても眩しかった。


 いつもならそこに入ろうとはしない。


 ただ羨ましいと思って、外から見ているだけ。籠の中からそっと見つめているだけ……だったのだが、なんの因果か私は今、彼らと一緒にいる。


 レイもそうだけど、エヴィもいい人だし(筋肉すごい)、エリサは超可愛い(もふもふで可愛い)。おっぱいも大きいし、いつか一緒にお風呂に入りたい。もちろん、水着でも可。


 それに最近はクラリスも一緒になることが多く、妙にツンツンしているも時々デレっとした顔になるのが超可愛い(ツインテール可愛い)。


 と、こんな感じで私は何気に満たされた学生生活をしている気がする。


 今までは学校なんて大嫌いだった。


 だって、そこには私はいないから。


 そこにいるのは、ローズ様と呼ばれる私ではない何かだから。


 でも今は……まだ不安なこともあるし、迷っているし、焦燥感もあるけど……ほんの少しだけ満たされているような、そんな気がした。本当に心から信頼できる友人というものを初めて持った気がする。



「……私も変わってきてるのかしら」



 なんて独り言を呟いてみる。


 変わりたい。籠の外に出たい。自由な大空に羽ばたきたい。


 そんな気持ちで私は今こうしてレイからの訓練を受けている。彼の強さの秘密を知りたかった。それに自分自身ももっと高みへ、もっと成長したかった。決して私は血統だけではなく、後天的な努力によって成長できるのだと。


 アメリアとして生きることができるのだと、実感したかった。


 だから私は今日も、前に進む。



 ◇



「……十分前行動。素晴らしいではないか、アメリア訓練兵」

「は。恐縮であります」



 と、敬礼をしてみる。


 ここまできたらもう自棄やけだ。そう思って、私も自分を完全に訓練兵だと思い込ませロールプレイ紛いなことをしてみる。


 すでに噂が立っているのは知っている。


 あのローズ家の長女がご乱心だとかなんとか。一般人オーディナリーに教えを請うなどありないとか色々と噂が広まっているらしい。


 別に乱心などしていない。私は、私の生きたいように生きるだけだ。だからもう今は、そんな外聞など気にしてはいなかった。


 それに少し嬉しいのは、レイの評価が変わってきていることだった。



「なぁ聞いたか」

「あの件か?」

「あぁなんでも、一般人オーディナリーがあのアメリア=ローズの指導をしているとか……」

「逆じゃないのか?」

「でも目撃情報も多いんだよな。俺も実際に見たし」

「ということは、あいつはもしかしてすごいやつなのか? 実戦はかなり優秀って聞いたけどな。その通りなのかもな」

「あぁ。意外にあいつもやるのかもしれない」



 そんな話を耳にしたのはつい最近だ。


 レイは別に噂など気にしていないも、友人がバカにされているのは私も聞きたくはない。だからそんな噂がいい方向に変わってきて、私は嬉しかった。もう学内で枯れた魔術師ウィザードという声は聞かなくなった。


 確かに彼は今の状態ではうまく魔術を使えない。でも、出来ないこともあるが、出来ることもある。それを正当に評価してもらえるのは、なんだか自分のように嬉しいが……でもやっぱり、羨ましい気持ちもあった。


 彼は、レイ=ホワイトとして見られている。


 私のような血統とは違う。


 そんな彼の眩しさに手を伸ばし、ここまでやってきたが……。


 まぁ……今は本当に苦労している。いや……本当に……。



「よし……では点呼を取ろう。番号────ッ!」

「い────ちっ!!」

「うむ。全員揃ったな」


 うん。一人なのに全員とはこれ如何いかに、と思うがもう慣れてしまった。


 これもまた儀式みたいなものだ。それに意外とこの形式とは大事なもので、こうして大きな声を出して点呼から始まると妙に気分が高ぶる気がする。


 私も意外にハマってきているのかもしれない。彼とこうして訓練することに。


 筋肉痛は本当に嫌だけど……。



「ではいつものコースを行くぞッ!!」

「レンジャー!!」



 ということで、今日も二十キロコース行ってきます。



 ◇



「……ふぅ」



 学院に戻ってきた。レイがいつも全く息を切らしていないのは当然だが、私もまた少しだけ改善されたような気がする。以前までは終わった後にこの世の終わりのような気分だったが、今は少しずつ楽になっている……そんな気がした。



「アメリア。体力がかなりついてきたようだな」



 と、朝の訓練は終了したのでレイが普通に話しかけてくる。



「そうね。自分でも驚きだわ……」

「いやもともと君は努力を重ねていた。それが今こうして顕著に表れているということだろう」

「そうだといいけど……」

「さて、もう魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエも一ヶ月を切ったな」

「そうね。あと一ヶ月もないのよね……」

「そろそろ切り替える時だな」

「え?」

「肉体強化の訓練も並行するが、そろそろ魔術に関して訓練をしていくべきだろう。しかしここまでよくついてきたな。素直に感心する」

「えぇ……しばらくトレーニングは嫌になるほどに、ね」

「一度逃げ出しているしな。実は逃走回数はもっと多いと予想していた」


 ニヤッとレイが笑うと、私もそれに対して笑って返答してしまう。


「ふふ……そうね。あれはまぁ……ちょっと逃げたらどうなるのかなーと思って」

「懐かしい記憶だが……そろそろ魔術訓練も開始しよう。今後は肉体強化と魔術強化を行い、一定基準を超えたとみなしたら最後に卒業試験を課して修了だ。で、魔術はどうだ?」

「魔術……ね」

「アメリアは得意な魔術はないのか?」

「得意な魔術か……」



 得意な魔術、と言われても私にはいまいちピンときていない。というのも、私は三大貴族筆頭のローズ家であることから幼少期より家庭教師をつけてもらって、魔術を満遍なく学んでいた。


 そのため特に不得意なものもないが、これが突出している……というものは持ち合わせていない気がする。



「ない、かも。いや気がついてないだけかもしれないけど……私は自分の認識でこれが得意……というのはないわね」

「なるほど……自覚はなし、か」

「どういうこと?」

「君には火属性の魔法の適性があると、俺は思っている。今までの授業を見てきてな」

「そうかしら?」

「あぁ。でも……本当に火属性を極めるとなるとやはり……加速が重要になってくるな」

「加速?」

「大雑把にだが、温度が分子の振動によって決まるのは知っているだろう?」

「まぁ……常識程度ぐらいだけど……」

「俺も冰剣を使用するときは、減速をコードに組み込んでいる。これを覚えるだけでも、魔術の幅は広がる。より詳細なコードを組み込めるのは、絶対的な強みになる。だからこそ、アメリアには加速を覚えてもらいたい」

「……加速、ね」

「あぁ。そうすれば君の火属性の魔術は飛躍的に向上するだろう。実際に、灼熱の魔術師であるうちの学院長である、アビー=ガーネットの本質は加速にあるからな。同じことをしろとは言わないが、この短期間で目指すべきはそこだろう。それにコード理論の処理の過程でより多くのプロセスを組み込めるのは魔術師として絶対的な強みになる。今後のためなら、ここで取り組んでおいて損はない。それにアメリアは容量キャパが大きい。きっと出来るはずだ」

「……そっか。なら……頑張ってみようかしら!」

「おぉ! その意気だな!」



 はっきり言って理屈的な問題は、後回しにするとして……今はただ前に進みたい気持ちがあった。


 今まではただ課されることを淡々とこなすだけだった。この作業はいつ終わるのだろう……そんな気持ちで魔術を使っていた。でも私には才能があるおかげか、なんでも器用にこなすことができた。


 そうすると、みんな褒めてくれる。賛美してくれる。


 幼い頃は嬉しかった。でも成長するにつれて、それは虚しくなっていった。誰も私に厳しいことは言わない。


 ただ当たり前のことのように、私を褒めるだけだった。


 でもレイは違った。彼は私に容赦などしなかった。本気で私の気持ちと向き合ってくれているのがよく分かった。


 まだ私は自分の本当の気持ちを吐露していない……でもいつか、私も彼のように……みんなに話せる時が来るのだろうか──?



 そんな未来に思いを馳せながら、私は今日も進んでいく。


 大切な友人と共に──。



「あ、ちなみに魔術の訓練は肉体強化に比べて楽と思っていないか?」

「え……違うの?」


 え? 違うの?


 声と内心が一致する。私はやっとこの過酷さから解放される喜びに実は打ち震えていた。もうあの筋肉痛とはおさらばできるのだと……そう思っていた。



「訓練の厳しさで言えば、魔術の方が過酷だ。肉体ではなく、脳を酷使するのだからな。まぁ安全マージンは保つが、楽になるとは思わない方がいいだろう。俺も実際にこのエインズワース式ブートキャンプを経験しているが、魔術の方が大変だった」

「……ちょ、ちょっとお腹が痛いかな〜。今日は体調不良で無理かな〜」



 少しずつ後ずさると、私はその場から駆け出そうとするも……右手にはしっかりとレイの手が伸びてきていた。



「うむ。もう逃走は許しはしない。さて、アメリア訓練兵ッ!! 魔術訓練に移行するぞッ!! ついてこいッ!!」

「う、うわああああああん!! もっと過酷とか無理いいいいいいッ!!」

「返事はレンジャーだッ!!」

「れ、れんじゃああああああああああッ!!」



 結局のところ、この訓練の間は私の心が休まる暇などないようだった……。


 とほほ……。

 



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