第35話 閃き
夜。俺とエヴィは寝る前に軽く雑談をしていた。
「レイ、お前大丈夫なのか?」
「ん? なんのことだ」
「運営委員の仕事に、それにアメリアの特訓にも付き合ってるんだろ?」
「あぁ」
「大変じゃないのか?」
「まぁ……割と大変かもな。正直自由時間があまりない。読書の時間が減ったな。筋トレは最低限しているが」
「だよな〜。部屋に戻ってくるのも最近遅いしな。何か手伝えることはないか?」
「……ふむ。いや、大丈夫だ。また何かあったら頼らせてもらおう」
「おう! その時は任せとけ!」
自分たちの部屋でそう話して、俺たちはベッドに横になる。そして明かりを消すと、真っ暗な空間がこの部屋を支配する。だが今日は夜でもよく晴れているのか、月明かりが心地よく差し込んでいた。
思えば、学生として生活を送るのは初めてなのだが……割と最近は充実している気がした。運営委員としての仕事はいわゆる雑用であるが、それでも嫌という気持ちはなかった。誰かの力になるのに、魔術を行使しないというのは変な感覚だったが、それでも確かな充実感があった。
それに、アメリアとの訓練も彼女の力になれるのなら、それだけで嬉しかった。彼女が心のうちに何かを抱えているのは知っている。でもそれを打ち明けるかどうか迷っているのも、わかっている。
アメリア=ローズは容姿端麗、頭脳明晰、カリスマ性も備えている完璧な人間と思われている。でもその実、俺との訓練を逃げ出したりもするし、よく笑うし、よく泣き言を言ったりもする。
俺としては普通に仲のいい友達という印象の方が強い。
この間の訓練も──。
「ヘイ! アメリア! ワンモア! ワンモア! いけるいける!! やれる! いけっ!! ハリー、ハリー、ハリー!!」
「ん〜〜〜〜〜〜!! む、無理ぃいいいいいいいいいいいいい」
「やれるって!! アメリアならいける!! へい、カモン、カモン、カモン!!」
「んにゃあああああああああああああ!!」
身体強化週間。
エインズワース式ブートキャンプをアレンジしたものをアメリアには課しているが、この時は満遍なく全身を鍛えることをしていた。毎日部位を変えて筋トレを行い、それを限界まで追い込む。徹底して行われるそれは、軍人でさえも逃げ出してしまうほどだ。
でもアメリアは泣き言も言うし、逃亡もするが、それでも最後までついてこようと努力している。だからこそ俺も、そんな彼女に報いたいと思っている。
「う……はぁ……はぁ……はぁ……もうだめ、私死んじゃう……はぁ……はぁ……」
「大丈夫だ、アメリア」
「あ……今日は、もう終わりなのね! やったー!」
「いや腹筋が終わったからな。次は脚にいこう。さて休憩時間は終わりだ。行くぞッ! アメリア訓練兵ッ!!!」
「もう嫌だあああああああああああああああッ!!!」
「返事はレンジャーと言っただろうッ!!」
「れ、れんじゃあああああああああああああっ!!」
というように、この手のやり取りは日常茶飯事だった。
別に俺もアメリアを痛めつけたいわけではないが、力を手にしたいのならそれ相応の代償が必要となる。手軽に何かを大きなものを得ることなどできないのだから。
でもアメリアならきっとできる。
俺はそう信じている。まだ付き合いは短い。彼女のことを完全に把握しているわけでもない。それでも俺は……アメリアのことを信じきっていた。別に根拠などはないが、友人としての直感……いや、純粋に俺はアメリアを人として素晴らしいと思っている。だから信じたくなるのだろう。
そして、彼女ならば
◇
すでに一学期も終わりを迎えようとして、今はテスト期間も終わりに近づいていた。もちろんその間も
午後になると、クラリスとともに演習場を清掃して、周囲の環境をチェック。そして教員立会いのもと行われる試合の結果を本部に報告し、各選手の戦績を管理する日々。今はもうほぼ新人戦に出る生徒は確定しており、あと数試合もすれば
ちなみにこれは、本戦も同様である。そしてレベッカ先輩も
新人戦と異なり、本戦は二年生から四年生の中でたった6人しか残れない。それは一年生に比べれば、尋常ではない競争率だろう。たった一度の敗北で、出場できない可能性が出てくるのだから。そんな中で、すでに出場が決定しているレベッカ先輩はやはり伊達に昨年の覇者ではないのだろう。
「む? あれは?」
今日は午前中に一度だけテストがあり、午後の時間まで暇だったので図書館で勉強しようと思っていたのだが……ちょうどそこには、エリサとクラリスがいた。そこは図書館の入り口付近にある共有スペースで私語も許されている場所だ。
私語厳禁なのは、さらに奥のスペースであり俺はそこに行こうと考えていたが、友人がいるのなら話は別だ。
「お邪魔してもいいだろうか?」
「あ……レイくん……」
「ん? あぁレイね。別にいいわよ」
「では失礼する」
3人で向かい合うようにして座る。するとどうやら、エリサがクラリスに勉強を教えているようだった。
「クラリスはエリサに教わっているのか?」
「そうだけど、悪いっ!?」
「いや別に悪くないが……妙に焦っているな」
「成績が悪いとお小遣いが減らされるのよ……それにママに怒られるし……」
「なるほど。それは切実だな」
「レイは妙に余裕そうね……」
クラリスは真っ赤な目を俺にじっと向けてくる。いつもキマっている美しいツインテールも少しだけ垂れている気がするし、真っ赤な目もそうだが、肌も少し荒れている気がする。察するに、あまり寝ていないのだろうか。
それにトレードマークのツインテールがしょんぼりしているので、俺はすぐに異変に気がついた。
「寝ていないのか?」
「そうよ……もうなりふり構っていられないのよ!! くそ〜、エリサが頭いいのはわかるけど……どうしてこの脳筋も賢いのよ〜!!」
ひどい言われようである。
ちなみに俺は別にもう勉強することなどあまりなかった。この一学期での授業内容は適宜復習をしていたし、元々師匠には勉学関連のことも叩き込まれている。だから別に改めて学院で勉強する習慣を身につけるのは、全く苦ではなかった。
おそらく、今回のテストはほとんど終了しているが、満点の科目もいくつかあるだろう……と思えるほどにはよくできたと自負している。
「エリサは駆り出されたのか?」
「う……うん……クラリスちゃんが急にきて、勉強教えて……っていうから。お手伝いしてるの」
「なるほど。エリサは自分の勉強はいいのか?」
「うん……もうだいたい終わってるし……レイくんもでしょ?」
「あぁ」
「あーもーっ!! なんであんたたちはそんなに余裕なのよーっ!!」
「日頃の研鑽だな。クラリス、君は復習をろくにしなかっただろう」
「うぐ……」
「授業を一度受けるだけで全てを覚え、理解できるのは普通は無理だ。だからこそ、地道に重ねるしかない」
「ぐ……ぐぅの音も出ない……」
「今日も午後からは運営委員として仕事がある。それまで頑張るといい」
「うわああああああっ!! もうっ!! 運営委員なんてやるんじゃなかったあああああっ!!」
頭をかきむしりながら叫ぶクラリス。おそらくよほど切羽詰まっているのだろう。いつもの可愛らしいツインテールがボサボサになってしまう。
「もう。ダメだよ。クラリスちゃん……こんなにもボサボサになって……! もうっ! 私が直してあげるからっ!」
「う……ごめんなさい、エリサ」
「ごめんじゃなくて、お礼がいいな……?」
「あ、ありがとうっ! こ、これでいいっ!?」
「……うんっ!」
エリサは立ち上がると、一度そのツインテールを解くと櫛で梳かし直して再びその長い金髪を結っていく。慣れているのか、すぐにいつものような神々しいツインテールになる。
ふむ……なるほど。参考になるな……。
と、別に視点でその様子を眺めているとクラリスがため息をつく。
「はぁ……運営委員じゃなかったら、もっと勉強できたのに……」
「俺としてはクラリスと出会えて良かったがな。そういわれると、少し寂しいな」
「う……いや、べ、別にそういう意味じゃないわよっ! 勘違いしないでよねっ!!」
ぷいっと顔を反らすと、クラリスはそのままノートに顔を向けてガリガリとペンを走らせる。
「エリサ、俺は何かまずいことでも言ったのだろうか?」
「んー。えっと……まぁ、レイくんっていつもそうだよね……でもいいと思うよ……うん……」
「そうだろうか?」
「うん……レイくんはそのままで、いいと思うよ……」
「そうか。そう言ってもらえると安心だ。そういえば、エリサは
「……もちろんっ!!」
ずいっと体をこちらに寄せてきて、妙に頰も赤くなっている気がした。いつもは一定の距離感を保っているが、今回ばかりはかなり近い。それだけ、特別なことなのだろうか。
それに、ここまでテンションの高いエリサは初めて見るな……。
「じ……実は毎年、
「おぉ。そうなのか」
「うん! それで今年はアメリアちゃんも出るし……応援したいなっ! と思って! 有名な選手には応援団もあるし……すごい盛り上がるんだよっ!!」
「おぉ……それはすごいな。運営としての仕事もあるが、俺も楽しみにしておこう」
「うんうんっ!! それがいいよ……!!」
「空いている時間は一緒に観戦しよう。もちろん、みんなでな」
「……う、うんっ!! お友達と一緒に観戦するのも、きっと楽しいよねっ!」
エリサは依然として興奮しているようで、かなりテンションが高いままだった。一方のクラリスは集中が限界突破でもしているのだろうか、ぶつぶつと言いながら勉学に励んでいた。
しかし、ふむ……なるほど。
閃いたぞ──!!
ということで俺はその閃きをすぐに実行に移すのだった。
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