第33話 前進


 アメリアとの訓練を始めた翌日の早朝。


 俺は彼女の部屋へと向かっていた。女子寮は男子禁制。それは公に禁止されているわけでもなく、暗黙の了解……ということらしい。


 もちろん、男子寮も女子禁制。


 それでも、人の目を縫うようにして逢瀬を重ねる者いる。


 ということを噂で聞いていたので、俺は普通に女子寮に真正面から侵入する。男子寮から比較的近くに存在するので、すぐに女子寮にたどり着くとアメリアの部屋と向かう。すでにアメリアの部屋は独自の調査で把握している(エリサに聞いた)。


 ちなみに、アメリアは一人部屋らしい。三大貴族だからそのようになっているとか言っていたが、今回ばかりはちょうどいい。



「アメリア訓練兵ッ!! 起床時間だッ!! 1分以内に支度を整えろッ!!」



 ピーィイイイイイイイイッと笛を鳴らして、さらには左手に持っているフライパンの底を右手で持っているおたまでカンカンカン、と鳴らし続ける。


 この金属音とホイッスルの音、実はかなり効く。


 実際にエインズワース式ブートキャンプに取り組んでいる時は、皆はこの音がトラウマになる程だった。もちろん俺もその一人だった。だがしばらくすると、人間とは不思議なもので反射的に起きることができるようになるのだ。



「う……ううん……まだ5時前だけど……?」

「何を寝ぼけているッ!! 返事はレンジャーだと言っただろうッ!」

「う……ん……ん……え……? えっとその……? え……?」



 小さなクマのぬいぐるみを抱え、至る所に星が散りばめられた可愛いパジャマを着ているアメリアが、目をこすりながら出てきた。ちなみに頭にあるナイトキャップもパジャマとお揃いだった。


 いつもならば、その愛らしさを褒めるのが礼儀だろう。


『アメリア。そのクマのぬいぐるみは可愛いな。それにそのパジャマもとてもキュートだ。特にナイトキャップがいいな』


 と、言いたい気持ちはある。


 だが俺は教官であり、アメリアは訓練兵なのだ。


 強さを求めるとはそういうことなのだ。過酷な訓練に身を費やし、自分自身と向き合う必要がある。そのため俺は……大切な友人だからこそ、非情になる必要があった。



「何をしているッ!! ハリーアップッ!!」

「──ッ! れ、レンジャーッ!!」



 状況を理解したのか、アメリアはすぐに自室に戻るとドタバタと着替えを始める。そして約3分後……アメリアは室内から、慌てて出て来る。



「……遅刻だな」

「だ、だって……早朝からやるとは聞いてなかったし……」

「返事はレンジャーだと言っただろうッ!!」

「れ、レンジャーッ!!」

「さて、と。早朝は軽く20キロ走るだけにしよう。大丈夫だ。俺がペースメーカーとして並走する。では、行くぞッ!!」

「れ、れんじゃー……」

「覇気が足りんッ!!」

「レンジャーッ!!」



 ということで、今日も今日とて俺たちは訓練を続ける。



 ◇



 あれから寮に戻って来た俺は、女子寮の寮長であるセラ先輩に捕まってしまい、そのまま相談室に連れ込まれてしまった。


 それにしても、セラ先輩は色々と掛け持ちしているのだな……と感心しているとドンッと机を叩いて問い詰めて来る。



「で、どゆこと? あの奇行は?」

「奇行、ですか?」

「そうよ。女子寮に堂々と侵入しただけでなく、金属音とホイッスル鳴らすし……大事件よっ!!」

「む……確かに周りへの配慮が足りませんでしたね。本日の夜にでも、女子寮の全ての生徒に謝罪をして回ろうかと思います」

「……その誠実な態度はいいけど、今後はやめなさい。アレ」

「エインズワース式起床法を、ですか?」

「名称はどうでもいいのよ! とりあえず、女子寮に入るのをやめなさい!! 一応、暗黙の了解でダメなんだからっ!」

「しかしひっそりと逢瀬を重ねるのはいいのですか……?」

「それはまぁ……伝統だから。それに周りに迷惑かけないことが大切なのよ。今後は何かするにしても、寮の外で待ち合わせなさい」

「……そうですね。こればかりは自分の配慮が足りなかったようです。申し訳ございませんでした」



 深々と頭を下げる。


 どうにも師匠の真似をしよう思って、少し暴走してしまったようだ。ここは軍ではなく、学生が生活をする魔術学院なのだ。完全に配慮が足りなかったのは、俺の失態だろう。



「べ……別に分かればいいけどっ!」

「はい。今後は別のアプローチにて、アメリアに対処いたします」

「ふーん。面倒みてあげてるのね。あんたが三大貴族のコーチをしているのは、色々と不思議だけど……」

「まぁ……そうですね。強さが欲しいと言っていたので」

「ま、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエは特別だしね。それと、今度の休日だけど……新しい花でも買いに行かない?」

「む……休日ですか……」



 セラ先輩とは休日に出かける仲になった。意外と話も合うし、色々とお世話になっているも……今の俺は教官なのだ。ここはアメリア訓練兵に集中すべきだろう。


「申し訳ありません……魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエ終了までは色々と立て込んでいて……」

「あんたも運営委員だし、忙しいわよね……」

「しかし夏休みでしたら、時間は十分にあります。その時でどうでしょうか?」

「……ふん。ま、その時でいいわよ。でも時間は開けときなさいよ? 園芸部の初の男子部員なんだから、色々と勉強してもらうから」

「了解しました」



 最後に再びお辞儀をして、俺はセラ先輩と別れた。

 

 これで夏休みはクラリスと虫取りに行くのと、セラ先輩と花を買いに行く予定ができた。


 うむ……これは学生らしいのではないのか? 


 フハハ!



 ◇



「……む、あれは?」



 昼休み。今日はちょうどみんな用事があるということで学食に集まることはなかった。


 ちなみにアメリア訓練兵は逃亡を図っているので(午前の授業終了時に、俺をチラ見しながら出て行った)、あとで確保する予定だ。



 そんな俺は購買で昼食を買って、たまには屋上で食事をするか……と思って来たのだが、ちょうどそこには……ミスター・アリウムが一人で空を見つめるようにして立っていた。



「……」


 

 別に無視することもないだろう。彼としては思うところがあるかもしれないが、俺は思い切って話しかけてみることにした。



「やあ。ミスター・アリウム。いい天気だな。今日は雲ひとつない晴天だ」

「……お前か」

「一人なのか? いつもは友人といるようだったが……」

「たまには一人になりたい時もあるさ」

「そうか。それもそうだな」



 彼の隣に立つと、俺は自分の食事を始める。


 すると彼はチラッと俺の方を見ると、頭を下げて来た。それは深々としたもので、本当に謝罪の気持ちがあるのだとすぐにわかった。



「……すまなかった」

「あの件のことだろうか?」

「あぁ。先生に色々と言われたとはいえ、俺はとんでもないことをしてしまった。謝って済むことではないが……本当に申し訳なかった」

「謝罪を受け入れよう。俺も少し大人気ないところもあった。お互い様というものだ、ミスター・アリウム」

「……アルバートでいい。呼び捨てで構わない」

「なら俺もレイでいいさ」

「わかった……」



 再び沈黙。彼は俺の能力を目撃しているし、それにあの騒動の後に俺が冰剣の魔術師であることは伝えてあった。そのときに、そのことは黙っておくと約束したきりで彼に会うのは久しぶりだった。



「なぁ、レイは出ないのか?」

魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエにか?」

「あぁ……お前なら……」

「話したと思うが、俺は無理だな。魔術領域暴走オーバーヒートが、な」

「そうだったな……なぁ、お前でも世界の果てにはたどり着いていないのか? 魔術の真理には……」

「そうだな。まだまだ俺は途上だ。そしてそれは他の七大魔術師も同じだろう。魔術師の頂点であっても、魔術を完全に把握し、理解しているわけではないさ。あくまで人間という枠での話に過ぎない」

「……なぁ、俺はどうしたらいいんだ? 今まではこの貴族の血統こそが全てだった。でも……実際はそうじゃなかった。俺はただ、貴族という狭い世界でただ驕っていた……愚か者だった……」



 そんなことを思っていたのか。

 

 彼は何かを考えながら、校内予選を戦っているのは知っていた。今までのように驕るのではなく、ただ堅実に前に進もうという気概が見て取れた。だからアメリアとの試合でも健闘できたのだろう。


 だが、アルバートはまだ迷っている。


 だから俺は……自分の思っていることを伝える。



「アルバート。君は強くなる。今よりもっと。その事実を認識して、自分自身と向き合えばもっと先に行ける」

「……本当にそうだろうか?」

「あぁ。俺が保証する。魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエも出場が確定しただろう? 君なら行けるさ」

「そうか……また一から進むしかないようだな」

「そうだ。何度だってやり直せる。だから俺は、アルバートのことも応援している」

「……そっか。いや、お前はそういうやつだったな」



 そういうと彼は俺に向かってパックの牛乳を投げて、そのまま屋上から去っていく。


「これは、いいのか?」

「あぁ。俺には必要ない。ちょっとした礼の気持ちだ」

「そうか。受け取っておこう」



 まだ完全に前を向いているわけではない。


 その心には迷いが生じている。


 でもきっと、彼もまた俺と同じように苦しみながら、踠きながら、前に進み続けるのだろう。


 そして俺はこの晴天を見上げながら、この時間を一人で過ごす。


 しかし俺にはまだやることがある……ということで、手早く昼食をすませると早速アメリアの確保に出かけるのだった。



 ◇



「ふむ……」


 アメリアの痕跡を辿ろうにも、この煩雑とした学内をしらみつぶしに探すのは非効率極まりない。


 だからこそ俺は……少しだけある能力を解放する。


 そうして記憶しているアメリアの第一質料プリママテリアを追いかけると、ちょうど校舎の一番奥にある空き教室にたどり着いた。


 ガラッと扉を開けると、ひっそりと奥で昼食をとっているアメリアを発見。



「ど……どうしてここに!? いくら何でも早過ぎないッ!!?」

「少し能力を使った」

「え……!? そこまでするの!?」

「逃亡した訓練兵を確保するのも、教官の務めだ」

「あ……ははは……いや、逃げる気は無かったのよ? ただちょっと一人でご飯食べたいな〜、なんて」

「返事はレンジャーだッ!! さて、今日は逃亡した分のペナルティも追加だ。明日も筋肉痛になるが、頑張ってくれ」

「い、いやだああああああああッ!! う、うわああああああんッ!!」



 アメリアは教室の後ろの扉から逃げようとするので、すぐに距離を詰めて手をしっかりと握る。



「あ……」

「さて行こうではないか。この手は演習場にたどり着くまで離さないからな」

「いやその……恥ずかしいんだけど……」



 よく見るとアメリアの顔が赤くなっていた。しかし手を離してしまえば、再び逃亡を図るだろう。目立つかもしれないが、このまま行かせてもらうしかない。



「では行くぞ、アメリアよ」

「う、うわああああああああああんッ!!」



 嫌がるアメリアの手を引いて、俺たちは演習場に向かうのだった。






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