第32話 訓練開始

 

 あれから校内予選はスムーズに進行していき、すでに魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエへの参加が確定になった生徒もでてきた。


 その中にはもちろんアメリアもいた。


 今のところ、全戦全勝。


 試合時間は1分にも満たないものがほとんど。唯一、ミスター・アリウムとの戦いは5分程度かかっていたが、それでも勝利を悠然ともぎ取った。


 残りの試合は出場しなくとも、アメリアの魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエへの出場は確定。だが、やはり俺には懸念があった。


 アメリアは焦っている……のかもしれない。


 焦燥感。いや、別の何かかもしれないが……それを感じながら、彼女は戦っている。自分の強さとは何なのか、一体どうすればもっと強くなれるのか……そんな疑問を抱きながら戦っているように思えた。


 ならば……友人としてできることが、俺にはある。


 余計なお世話かもしれないが、話だけすることに決め俺はアメリアを待ち構えていた。



「……レイ、どうしたの? そんなところで」



 今回の試合もいつも通り勝利して、すぐに引き上げようとするアメリア。そんな彼女を俺は待合室に通じる通路の前で待ち構えていた。


 腕を組み、壁に寄り添うようにして……横目でアメリアを見つめる。



「おめでとう。今回も勝ったようだな」

「えぇ。もう魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエへの参加も決まっているけど、手を抜くことはできないわ」

「しかし……手応えがない。焦っている。自分はこのままでもいいのか、この道に正解なのか……そう思っていないか?」

「──ッ」


 

 息を飲む。


 その様子だけで、俺の指摘がおおよそ当たっていることは間違いなかった。



「……強くなりたいのか?」



 そう言葉を告げる。


 すると、目の前に現れるのは……いつものアメリアではなかった。


 彼女は俺と同様に何かを心の内に秘めている。それは容易に理解できた。そして求めているのは……強さだと、俺は思った。



「……魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエでの新人戦、きっと三大貴族のオルグレン家の長女が出てくるの。そして彼女は……私よりも、強い……」

「なるほど……だから焦っていたのか……」

「……えぇ」



 鋭い視線。


 それは俺でなければ恐怖心を抱いてしまうほどに。いつものような表情かおではない。そしてその答えが彼女の全てではないことも、なんとなく理解できた。


 アメリア=ローズとは三大貴族筆頭のローズ家の長女であり、人格と魔術共に高潔な存在である……そう評されているらしいが、きっと俺たちはまだ知らない。彼女の心の奥底に、何が秘められているのか。


 でもそれは彼女が開示するまで待つつもりだ。無理矢理こじ開けるものではない。そしてだからこそ、俺は強さに関してならば力になることができる。



「……魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの新人戦まで残り一ヶ月を切っているが……俺がコーチをしてもいい」

「いいの? だってあなたは……」

「いいさ。別に指導するだけなら、能力の開放は必要ない。それに師匠にこれも預かっている」

「……それは?」

「エインズワース式ブートキャンプのメニューだ。俺はこれによって、今の能力の基盤を築いた」

「……あなたの原点、ってこと?」

「そうだ」

「……それを教えてくれるの?」

「あぁ。しかし、これは修羅の道だ。大人の中でも、あの屈強な軍人達ですら逃げ出すような過酷な訓練だ」

「でもレイは乗り越えたんでしょう?」

「俺はすでにこれを幼い頃に修了している」

「やるわ」

「ほぅ……いい心意気だ。ならば、着いてくるがいいアメリア。ここから先は修羅の道。だが、それを乗り越えれば君はきっと強くなれる。今よりもっと、な」

「……わかった」



 アメリアの雰囲気は変わらず張り詰めたものだった。でも彼女には何か強い渇望があるのだけは理解できた。ならば、俺は力になろうではないか。


 友人が困っているのなら助ける。それはきっと、当たり前のことなのだから。




 ◇




 虚しい。


 この勝利に意味などあるのだろうか。


 私はただ淡々とこの試合とも呼べない作業を繰り返していた。


 全員が戦う前に、私に対して畏怖を込めた視線で見つめてくる。


 戦う意志はあるも……それはすでに戦う前から敗北を認めているのがよくわかった。


 怯え、恐怖、焦り、手に取るように分かってしまう。


 だが、もちろん私も手を抜くことはない。ただひたすらに、無慈悲に、勝利に勝利を重ねるだけだった。


 そうして私は、すでに魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエへの出場を決めた。途中でアルバート=アリウムはレイの戦いを見て思ったことがあるのか、以前よりも練度が上がっていた気もするが……それでも難なく退しりぞけた。


 おそらく、このまま全勝で終わるのだろう。


 それは当たり前のことだった。ローズ家の長女ならば、当たり前のことだ。幼い頃からずっと言われてきた。ローズ家は魔術師の頂点に立つ家系なのだと。


 だから、常に余裕を持ってその頂点にいるべきだと。


 血統を重視するのは構わない。


 でも私は言いたかった。


 ──今の貴族の中で、七大魔術師はいるのですか?


 と。



 答えは得ている。七大魔術師は三大貴族、それに大きな貴族の中にはいない。もしそうなっていれば高らかに公開するはずだ。


 貴族の血は尊く、全ての魔術師の頂点であると。


 でも今の七大魔術師で素性をオープンにしているものは、ほとんどいない。噂でも貴族がその地位についているとは、聞いたこともない。その頂点に立てもしないのに、何が貴族の誇りなのだろうか。


 私はそう吐き捨てたかった。



「アメリア。お前は優秀だ。今回の魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエ、期待しているぞ」

「はい。お父様」



 父の書斎に呼び出され、私は魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの出場が決定したことを報告した。でも、褒められることなどなかった。ただそれは当たり前だろうと言わんばかりに、父は淡々と告げる。



「そう言えば……アメリアはオルグレン家のアリアーヌ嬢には、実戦では負け越しが多かったようだが……」

「今回の魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエで、今度こそ引導を渡します」

「……その意気だ。決して負けるな。お前は三大貴族筆頭のローズ家、長女。それを自覚しろ」

「……はい、お父様」



 アリアーヌ=オルグレン。


 三大貴族が一つ、オルグレン家の長女。彼女もまた、私と同様に三大貴族の重圧を背負っている。でも……決定的に違うことがある。アリアーヌはそれを誇りと思っており、自分の力に変えている。


 傍若無人、と評することもできるが私には彼女が空を自由に飛び回る鳥のように思えた。


 でも私は籠の中の鳥。決してこの籠から出ることは叶わない。哀れな鳥。


 だから今日も、仮面を貼り付けて──この貴族という籠の中で、うずくま


 一人の愚者として──。



 ◇



「……レイ、どうしたの? そんなところで」



 試合が終わった矢先、通路を歩いて寮に戻ろうとしていると……そこには彼がいた。


 レイ=ホワイト。


 一般人オーディナリー出身であり、学内では枯れた魔術師ウィザードと蔑称で呼ばれているも……本人はそんなことは全く気にしていない。


 少しだけ青みがかった黒髪に、端正な顔立ち。どちらかと言えば、中性的に思えるそのマスクは女子生徒の間でも実は人気がある。身長も180センチあり、体つきは細身だが、実際は脱ぐとすごいという噂もある。


 初めは一般人オーディナリーということで敬遠されていたが、彼の性格とそれに実戦に強い魔術師ということで、徐々に彼は認められつつあった。でも周りが思っているのは、一般人オーディナリーにしては良い魔術師であるという認識だ。



 でも……彼はただの一般人オーディナリーではなかった。


 そう。レイこそが、七大魔術師の中でも近接戦闘最強と謳われている……。


 『冰剣の魔術師』だった。


 その実力ははっきりとこの目で見た。自由自在の冰剣に、魔術を完全に無効化するあり得ない魔術を有する、規格外の魔術師。その強さは、近接戦闘最強と謳われているのも納得できる……いや、彼以上に強い魔術師などいないと思ってしまうほど、圧倒的だった。


 そして彼の過去を知って……思うところがあるも、私は純粋に彼が眩しかった。


 彼もまた、自由な人間の一人だった。私とは違う……どこまでも羽ばたいてゆける翼を持つ人間の一人だ。


 そんな彼と今話すのは……少しだけ辛かった。


 だってそれは、自分の不甲斐なさを真正面から突きつけられているようにしか、思えないから……。



「おめでとう。今回も勝ったようだな」

「えぇ。もう魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエへの参加も決まっているけど、手を抜くことはできないわ」

「しかし……手応えがない。焦っている。自分はこのままでもいいのか、この道に正解なのか……そう思っていないか?」

「──ッ」



 全てを見抜いているわけではないが……概ね、正解だった。


 私は焦っている。魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエで本当に勝つことができるのか。あの、アリアーヌ=オルグレンに勝利することができるのか。ただただそれが不安で、不安で、たまらなかった。


 だから試合ではそれを隠すようにして、戦い続けたが……脱帽だ。


 レイにはそんな私の動揺が簡単に見て取れたのだろう。



「……強くなりたいのか?」



 その言葉を聞いて、少しだけ迷った。


 私は強くなりたいのだろうか? でも彷徨い続けている私には、ただ進むしか道は残されていなかった。


 強さの先に、本当の自分がいると信じて──。


 いつか、この籠から出る日が来るのだと信じて──。


 私はレイの提案を受け入れるのだった。




 ◇



「さて、アメリア」

「何をするの?」



 演習場に行くと思いきや、私たちはなぜか校門に立っていた。それになぜかレイは軍服ではないものの、カーキ色をしたやけにポケットの多い服を身につけていた。いや……もしかすると、軍での訓練用の服装なのかも……。


 それに首からはホイッスルも下げている。さらには、隣にはバックパックまで置いてある。


 一体何をしようというのだろうか……?



「君にはエインズワース式ブートキャンプを行ってもらう。だがこれはあまりにも過酷だ。言ったと思うが、軍人でさえもこれを前にしてはただの無力な人間とかしてしまう。それでもやるか?」

「えぇ。やるわ」



 迷いはなかった。


 ただ私は、立ち止まりたくはなかった。


 だから、彼が協力してくれるのなら……それを受け入れようと思う。


 レイはいつだって真面目で、仲間思いで、大切な友人だ。そんな彼が力になってくれるのなら、拒否する理由などなかった。



「そうか……アメリア。ここから先は、俺は教官だ。そして君は訓練兵になる。返事はレンジャーだ。いいな?」

「え……? それってどういう……?」

「返事はレンジャーと言っただろうッ!! アメリア訓練兵ッ!!!」

「──ッ!!?」



 雰囲気がガラリと変わった。


 その顔つきは本当に軍人のように鋭く、普段の彼とは大違いだった。


 え? え? 


 一体何が起こっているの……?


 と思うも、彼は容赦なく言葉を浴びせてくる。



「返事はどうしたッ!!」

「れ、レンジャーッ!!」

「よし。では、まずは外周を周りカフカの森へと入っていき、ここに戻ってくる。軽く20キロほどのランニングになるだろうが、身体強化は使うなよ? わかったか、アメリア訓練兵」

「……し、身体強化なしで20キロもッ!!?」

「返事はレンジャーだと言っているだろうッ!!」

「……れ、レンジャーッ!!」



 ということで訳の分からぬまま、私は彼と共に学院を飛び出して行くのだった。




「はぁ……はぁ……はぁ……やばい……私、死ぬ……かも……」

「アメリア訓練兵、水分補給だ」



 ちょうど20キロのランニングを終えて戻ってくると、レイはスッと水筒を渡してくれた。なぜバックパックを背負っているのかと思っていたけど、色々と準備をしているのか……と少しだけ感心してしまう。


 でも、なぜ彼はそれを背負って走っているのに、ほぼ息を切らしていないのだろうか……身体強化を使った形跡もないというのに……。



「ん……ごく……ごく……」



 美味しい。水とはこんなにも美味しいものだったのかと思っていると、そのまま私たちは演習場に移動。そこから先は、さらに地獄だった。



「ヘイ!! カモン、カモン、カモン! ワンモア!! いける、いける、いける!! ヘイ、ヘイ、ヘイ!! カモン、アメリア!!」

「ん〜〜〜〜〜〜ッ!!!」



 そこから先は筋トレ地獄だった。ひたすらに全身を痛め続ける作業。今はレイに足を持ってもらって、腹筋100回を3セット繰り返していた。そして最後の一回を終えると、その場に大の字になって広がる。



「よし……今日はここまでだな」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「アメリア訓練兵、挨拶ッ!! 起立しろッ!」

「れ、レンジャーッ!!」


 気力を振り絞って立ち上がると、私はレイに向かって敬礼をする。


「よし、これで今日の訓練は終了だ」

「ね、ねぇ……これって意味があるの……はぁ……はぁ……」



 訓練も終わって、雰囲気が柔らかくなったレイに尋ねてみることにした。


 今の彼なら、あんまり怖くないし……。



「もちろんだ。いいか、魔術剣士による戦闘はやはり基本的な身体技能がベースになっている。多くの魔術師は、身体強化などの魔術に頼ろうとするが、やはり最後に重要になってくるのが肉体の鍛え方だ。あまり根性論的なモノは言いたくないが、気持ち的な面でも全身を鍛えることは重要だ。どれだけ強い思いがあろうとも、体がついてこないと意味がないからな。俺も初めに師匠にそこは徹底された」

「そ……そういうことね……」



 確かに肉体の強化という観点は今の学院、それに貴族の間では広まっていない。それはやはり、魔術というものに主眼を置いているからだろう。


 でも彼は違う。実際に軍人として戦場に立ち、戦ってきた人間。だからこそ、こと戦闘においてはスペシャリストだ。間違いなく、その経験が今の私の教えにつながっているのだろう。



「さて、アメリア。今日は軽いメニューだったが、明日から本格的にやるぞ?」

「え……!? これで軽いメニュー!!?」

「返事はレンジャーだと言っただろうッ」

「れ、レンジャーッ!!」


 こうして、私の過酷な日々が幕を開けるのでした……。




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