第31話 やさしい午後
校内予選。
ちなみに一年生は新人戦にしか出られないので、戦うのは同じ一年生だが……上の学年に行くとそれこそ、学年という枠はなくなる。二年生から四年生までの中での上位6人を決めるという過酷な戦いになるということだ。
そのため試合日程も間がなく、体力面で脱落して行く生徒もいるというのだとか……。
そして俺とクラリスは早速、試合の様子を見ていた。
「この試合、どっちが勝つと思う?」
「名前は存じないが、女子生徒の方だろう。そもそもコード術式の構築速度と精密が段違いだ。相手の男子は剣戟で無理やり押そうとしているが、まだ拙い。総合力という観点を見れば、彼女に軍配が上がるな……っと、終わったようだな」
「ちょっと引くんだけど……」
「何がだ?」
「何がだ? じゃないわよ! 試合が始まって数秒で勝ち負けまで見えるあんたが異常なの!!」
「む……そうなのか? しかし技量の差は歴然。それこそ、このレベルであれば5秒以内の攻防でおおよその結果は分かるものだが……」
現在は次々と行われる試合の記録を取っていた。審判はもちろん学院の教師がしてくれるので、俺たちは後ろの方に控えて雑談でもしながら、その結果を逐一紙に記入していた。
毎試合ごとに、クラリスが「どっちが勝つと思う?」と聞いてくるので、俺の所感を交えて結果の予測を話しているのだが……どうやら、それが彼女には異常に思えるらしい。
まぁしかし……クラリスはハンター志望の学生だ。そこまで戦闘に特化した技術は必要ないため、別に分からなくてもいいのだが……。
ハンターに必要なのは生存力だ。だからそれを磨けばいい……というのだが、どうやらクラリスは色々と俺のことが気に入らないというか、文句があるらしい。
「ねぇ」
「どうした」
「本当に
「それは間違いない。出身は貴族ではないし、家系に魔術師がいたという記録もないはずだ」
「あんたってほんと謎よね。今は噂も
「おぉ……俺の噂も変わったものだな」
「……うん、知ってた。レイのことだから、別に噂とか気にしてないって……うん……」
「お……それよりも、来たぞ。大本命だ」
「アメリア=ローズね」
次の試合はアメリアだった。
紅蓮の髪を靡かせ、その灼けるような双眸には確かな意志が宿っていた。
しかし、この試合。すでに勝利はアメリアのものだろう。それは彼女の前に立つ男子生徒の姿を見ればわかった。完全に萎縮している。アメリア=ローズという少女の生い立ちを知らない者はいないとの話を、クラリスに聞いた。
俺は詳しく知らないが、幼い頃から魔術師としての才能を発揮し、すでに
むしろ、新人戦に出ることがおかしい……という声を聞くほどだ。実際に本戦に出せという声もあるほどだ。
「あ……終わったわね。流石にこれは私でも分かったわ」
「10秒以内か。流石はアメリアだが……」
「どうしたの? 何かあった?」
「いや……」
敢えてクラリスの前では言及しなかった。
この試合。アメリアが速攻で勝利してしまったが、その瞳は凍りつくような……それこそ、深淵を覗いているかのような感覚がした。
勝利など当たり前、そう思っているわけでもなく……ただ淡々と作業をこなしているような。そこに彼女の意志は介在しておらず、何か別の者がいるような……そんな印象を俺は抱いた。
◇
翌日の昼休み。
すでに学内は
中には賭け事をしている人もいるほどに、この学院内の活気に溢れていた。流石にこれは俺も少しだけ面食らってしまう。
だが、悪くない気分だった。祭り事の雰囲気に当てられ、俺は改めて学生生活を謳歌しているように思えたからだ。
そんなふうに思いながら、食事をトレーに置いて移動していると……ちょうど偶然にもクラリスと出会う。
「あ! レイじゃない! 奇遇ね……っ! あ〜、本当に偶然ね〜っ!」
「クラリスか。食堂で会うのは初めてだな」
「そ、そうね。それで……べ、別に一緒に食べてあげてもいいけど……っ!? 他に友達がいないわけじゃないからね! 特別よ、特別っ!」
「む……なるほど」
「……ど、どうかしたの?」
そういう彼女の
「いつも昼食は友人たちと取っているからな。今も席を取ってもらって、待ってもらっている」
俺は視線だけでその場所を示すと、すでにエヴィ、アメリア、エリサが食事を取っていた。
「あ……そうなんだ……じゃ、私は……他のとこ行くね……」
人間の感情の機微には疎いと自覚している俺にもわかる。クラリスはがっかりしている。シュンと頭を下げて、トレーを持ったまま空いている席に一人で着こうとしている。が、ここで彼女を一人にするわけにはいかない。
何故ならば、クラリスもまた、俺にとって掛け替えのない大切な友人だからだ。
そんな彼女の腕を軽く掴むことで、引き止める。
「……え? なに?」
「一緒にどうだろうか。みんなには俺から紹介しよう。クラスは違えど、君は大切な友人だ」
「……いいの? 私、邪魔じゃない?」
「そんなわけがないだろう。それに全員素晴らしい人格の持ち主だ。きっとクラリスを受け入れてくれると思う」
「……そ、それじゃあ」
あまり気乗りはしないのか、それとも人見知りなのか、クラリスは黙って俺の後についてくる。
「おー、遅いじゃねぇかレイ……って、後ろにいるのは?」
「あぁ。紹介しよう」
エヴィ、アメリア、エリサの視線がクラリスに集まるも……彼女は少しだけ震えながらその口を開いた。
「ク、クラリス=クリーヴランドよ!! その……レイとは
胸を張りながらそう答える彼女を見て、全員がそれぞれ挨拶をしていく。
「なるほど。初めましてだな。俺はエヴィ=アームストロング。エヴィでいいぜ?」
「次は私ね。知っているかもしれないけど、アメリア=ローズよ。私もアメリアでいいわ」
「……えっとその……エリサ=グリフィスですっ! ハーフエルフやってますっ! 私もエリサ……でいいよ!」
エリサの自己紹介は緊張しているのか、妙に謎な部分があったがそれでも全員が拒否することなく受け入れてくれるようだった。
そして近くにある椅子を持ってくると、5人で一つのテーブルに着く。
「あ……そのっ! 私も……クラリスでいいわ……よろしくね、みんなっ!」
そうして自己紹介が終わり、俺たちは昼食を取り始める。すると、アメリアがクラリスに質問を投げかける。
「クラリスはレイと運営委員で一緒なのよね?」
「う、うん。その今回の運営員はペアを組むことになって……それでレイと一緒になったの」
「あぁ……それで昨日は一緒にいたのね」
「見えてたの?」
「チラッと視界の端にね」
「や、やっぱり三大貴族しゅごい……」
と、なぜかプルプルと震えるクラリス。まぁ一瞬だけ視線はこっちに来ていたしな。それで気がついたのだろう。
「で、クラリス。レイとはどうなんだ?」
次にそう声を上げるのはエヴィだった。
「……レイって変わってるわね」
「あぁー」
「確かに」
「……それは、そうだよ……ね」
え、普通に全員肯定しているんだが……?
俺は至極当たり前の常識を兼ね備えた人間だと思っているのだが……どうやら他の人の認識と自分の認識は大きく乖離しているようだった。
「クラリス」
「どうしたの、レイ?」
「みんないいやつだろう?」
「う……うんっ! だ、だけど勘違いしないでよねっ! べ、別にあんたのこと評価し直したとか……優しくてかっこいいとか…思ってないんだからねっ!」
「あぁ。わかっているとも」
「で、でもっ!」
「どうした?」
「あ、ありがとうっ! それにみんなも……これからよろしくねっ!!」
そう笑うクラリスの笑顔は、今まで見てきた彼女の表情の中でも一番魅力的なものだった。それこそ、俺の好きな花々に引けを取らないぐらいに、とても可愛らしくて、美しいものだった。
そして俺たちは、このささやかな午後を過ごす。
新しい友人と共に──。
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