第30話 クラリスの夢



 魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの校内予選が開始されようとしている。


 ルールはもちろん、実際の大会と同じで胸にある薔薇を散らすか、場外に落とすかと言うシンプルなルールである。


 参加者の生徒は7月上旬の午後の時間を全て使って、総当たりのリーグ戦を行う。その中でも上位6名を魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの出場者とする。


 そして俺たち運営委員もまた、午後の時間は校内予選の運営に当たることになっている。と言っても今はそれほど仕事はなく、ただ試合の結果を記録するのみだ。試合の審判は学院の教師がするので、まだ仕事はそれほどない。


 一番の大仕事は魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの時であると、セラ先輩には説明をしてもらった。


 ちなみに一年生の俺たちは新人戦の担当である。



「ねぇレイ……」

「ん? どうかしたのか」

「その……あなたはなんで、運営委員に参加したの?」



 二人で演習場で準備をしている最中、クラリスがそんなことを尋ねてきた。



「ふむ……アメリアは知っているか?」

「有名じゃない。三大貴族筆頭のローズ家長女、アメリア=ローズでしょ?」

「そうだ。彼女とは仲のいい友人でな。その力になりたいと思っての参加……と言ったところだ。あとは純粋に、運営委員という仕事に興味があった。こうした祭り事に参加するのは初めてでな。正直、心が踊っている」

「……色々と突っ込みたいけど、あの噂は本当だったのね」

「噂?」

「えぇ。アメリア=ローズが貴族とじゃなくて、一般人オーディナリーのグループと仲良くしてるって」

「噂か……まぁでも概ね正解だな。アメリアはどうにも貴族の体質を嫌っているらしい」

「どゆこと?」

「貴族は血統主義だろう?」

「あぁ……まぁ、そうね。確かにその一面はあるかも」



 うんうん、と頷くクラリス。もちろん二人で作業をする手は止めない。と言っても、今はただ演習場の周りなどを箒ではいたり、掃除をしているだけなのだが。



「それがどうにも嫌みたいだ」

「そうなんだ。珍しいわね」

「クラリスは違うのか?」

「ん? まぁ血統も大事だとは思うけど……努力とか環境とか他にも要因があるじゃない? うちのお父様は特に努力を重んじる貴族の中でも珍しい人だから、自然と私もそう思うようになったわね」

「ふむ……やはり、君の家は素晴らしいようだな。是非ともいつかはその父上ともお話をしてみたいものだ」

「……え!? うちに来たいの!?」

「ん? まぁ友人の家に遊びにいくという機会はなかったからな。夏休みは実は色々と計画をしている最中さ……ふふふ……」

「あんたってその……なんかイメージと違うのね……」

「どういう意味だろうか」

「その一般人オーディナリーだけど、実戦は強くて、立ち振る舞いも大人っぽくて……とか色々言われてるけど……実際に話してみると、意外に普通な面もあるんだなって……」

「なるほど。そう評価してもらえるのなら、嬉しい限りだが」



 そういうとクラリスは急に顔を赤くして、俺をキッと睨みつけてくる。



「べ、別に勘違いしないでよねっ!!? あ、あんたのことを好意的に思ってるとか……そんなんじゃ……!! あ……でも別に嫌いってわけでも……あーっ! もーっ! とりあえず、勘違いしないことねっ! クリーヴランドの女性は気高いからね!!」

「あぁ。それはクラリスをよく見ればよくわかるとも」

「ふん……!」



 プイッとそっぽを向くが、俺はあることが気になっていた。別に尋ねても構わないだろうか……と少しだけ躊躇するも、思い切って聞いてみることにした。



「クラリスはどうして運営委員に参加を? 選手として参加しないのか?」

「……それは、その……」

「もしかして実戦は苦手なのか?」

「べ、別に苦手じゃないけど……その……」

「言いづらいことであれば、無理をすることはない。余計なことを言ってようで、すまなかった」



 すぐに頭を下げる。どうやら、この手の話題は良くなかったらしい。俺もまだまだ精進しなければならない。そう思っていると、クラリスがあたふたしながら言葉を発するのだった。



「あ……! べ、別に謝らなくてもいいけど……! その笑わない?」

「笑う? そんな失礼なことをするわけがないだろう。どんな理由であれ、俺は真正面から受け止める所存だ」

「それならいいけど……」



 と、胸に手を当てて深呼吸する彼女。


 そして意を決したのか、クラリスは俺の問いに対する答えを紡ぐ。



「その……運営委員になったのは、色々とあったからだけど……選手として参加しないのは……その……魔術剣士とかよりも……私は、将来ハンターになりたくて……!」

「ハンター? 環境調査に興味があるのか?」

「う……うん! そうなの! でも女性のハンターって少ないでしょ? それに貴族の娘がやることじゃないって……一般的に言われているのも知っているし……」

「……」



 その言葉を聞いて、俺は得心した。確かにゴールドのハンター免許ライセンスを持っている俺からすればその実情はよく理解できる。確かにハンターの女性の人口は少ないだろう。その中でもハンターだけで生計を立てている者となれば、さらに人数は絞られる。


 それにこの学院の環境調査部を見ても、女性部員はいない。それこそ、筋骨隆々の男性ばかりだ。それはそれだけ、ハンターになることが過酷だということを示している。


 性別ジェンダーにはやはり、明確な差が存在してしまう。


 それは男の方が体力に優れ、女性は体力や筋力という面では劣ってしまうという生物的な差だ。もちろん俺の師匠のような例外もいるが……ちなみに師匠はプラチナのハンター免許ライセンスを持っている。曰く、暇だったから取ってみた……とのことだった。


 でも、クラリスがハンターになりたいというのならば俺は反対はしない。結局のところ、人間とは自分で決めたことにしか従えない。他人がとやかく言っても、自分がそうと決めたのなら進むしかないのだ。



「クラリス」

「な……何よ? あなたもバカにするの? 貴族の娘がそんな……ハンターをするなんて……馬鹿らしいって……」

「馬鹿にする? そんなわけがないだろう。俺は女性にしてプラチナのハンター免許ライセンスを持っている人を知っている。ちなみに俺はゴールドのハンターであり、この学院の環境調査部の所属だ」

「え……!? ほ、本当なの!!?」

「あぁ。ハンターに関しては多少心得がある。だからこそ言うが、その夢を諦めたくないのなら、追い続けるのもまた選択肢だ。俺は決して否定はしない。そもそも俺は一般人オーディナリー出身だ。そんな道理は関係ないさ」

「そ……その実はね! 私……昆虫とかに興味があって……っ! 小さい頃から虫取りとか好きで……その延長で、世界中の昆虫をこの目で見てみたいと言うか……!」



 彼女の顔は晴れやかなものだった。


 きっと今までこうして打ち明けることができる者がいなかったのだろう。ならば俺が話を聞くだけでも楽になるのかもしれない。


 友人の悩みが少しでも緩和されるのなら、俺も嬉しい限りだからな。



「昆虫か……俺も昔はジャングルに潜っていたことがあってな。色々と見たことがある」

「ジャングル……!?」

「それに俺の実家はドグマの森の近くだ。よく森に潜っては様々な生物と触れ合ったものだ」

「ドグマの森……!? レイってば……やっぱり只者じゃないのね……」

「そうだ、夏休みに二人で探検にでも行かないか? 別に虫取りでもいいが。実際のところ、俺は夏休みは割と暇でな」

「え……!? 本当に!?」

「あぁ」

「行く! 絶対に行く! ど、どこの森に行く!?」

「ここら辺ならば、カフカの森でいいのではないだろうか?」

「そうね! あー、今から楽しみだわっ!!」



 と、夏休みの予定を一つ確保したところで俺たちはさらに雑談を続けた。しかし今の主な仕事は校内予選の運営である。そのことを忘れずに、今後ともしっかりと仕事に励んで行こう。



 そして数時間後にはついに校内予選が幕を開けるのだった。


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