第29話 ツインテールのお嬢様



 魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの運営委員としての仕事。それは俺には皆目予想がつかない。今までこのような仕事に従事したことはないからだ。


 だが、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエはこの王国内のイベントの中でもかなり巨大なもので、それこそ他の国からの観戦も来るほどに。王国内での盛り上がりは最高潮にもなるらしい。



 だからこそ、運営委員の仕事は重要なものになるだろう。と言っても、正規のスタッフは存在しているようだ。その中でも人数が足りない部分などを補うためにこうして学生からボランティアを募っている……らしい。



 俺はそのことを頭に入れて、早速集合場所となる教室に向かっていた。



「……うきゃ!」



 瞬間、背中にドンッと衝撃がやって来る。それはあまり強くはないものの、確かに何かがぶつかってきたという感覚はあった。


 それに、うきゃ? という声も聞こえた。それは猿に近いものだったが……まぁ普通に人だろう。


 そう思って後ろを振り向くと、ちょうど一人の女子生徒が倒れていた。


 絹のような美しい金色の髪を左右の高い位置でっており、いわゆる……ツインテールというやつだろう。その双眸もまた、同じ金色をしていた。また、身体にそこまで厚みはなく身長もそこまで高くはない。


 俺はおおよそ、同じ一年生だろうと予測を立てて話しかけることにした。



「君、大丈夫だろうか?」

「い、いてて……」

「立てるか?」



 手を差し伸べると、それをバシッと横に払われてしまう。



「あんたねぇ! 危ないでしょ!」

「む……それはすまない。だが、俺は普通に歩いていただけだが……?」

「私はちょっと遅刻しそうだったから、走ってたの! だから避けなさいよ!」

「ふむ……」



 正直言って理不尽極まりないと、俺は思ったが……ここで変に口論をするよりもすぐに謝ったほうがいいだろう。



「申し訳ない。今後は精進したい所存だ」

「……からかってるの?」

「いや、全く。誠実に対応したいと思っているが……?」

「ん〜? あんたの顔、どこかで見たことあるのよね〜」



 ジロジロと俺の顔を見てきた、彼女は急にハッとした表情かおになる。



「あ! もしかして、あんたが一般人オーディナリー!?」

「そうだな。レイ=ホワイトという。以後、よろしく頼む」

「ふんっ! 私はクラリス=クリーヴランドよ。誇り高き、クリーヴランド家の長女よ?」



 ふふん、と胸を張るようにして得意顔をする彼女。その姿は鼻につくということはなく、どちらかと言えば妙に微笑ましいというか、懐かしいというか、そんな感覚があった。


 しかし、誇り高きクリーヴランド家とやらは寡聞に存じない。申し訳ないが、ここは素直に言っておくか……。



「なるほど。クリーヴランド家は存じ上げないが、これからも仲良くしてくれたらうれしい。ミス・クリーヴランド」

「え……知らないの? 私の家……」

「ん? あぁ。すまない。貴族事情には疎くてな。申し訳ない」

「そっかー。うん、まぁいいけどね……うん……割と有名な貴族の家なんだけどなー。そうかー。知らないかー」



 と、なぜか死んだ魚のような目をして呆然としているので俺はすぐにフォローをする。



「クリーヴランド家は知らないが、君の家系はきっと美しいものが多いのだろうな」

「え!? 分かっちゃう……!?」

「あぁ。君を見れば一目瞭然だろう。その凛とした顔立ちに、綺麗な双眸。俺としては特にそのツインテールがチャーミングで素晴らしいと思う」

「あんた!!」


 ガシッと肩を思い切り掴まれる。身長は彼女の方がだいぶ低いので、少し無理をしているようだが。


「このツインテールの素晴らしさを理解できるなんて……分かってるじゃない!!」

「そうだろうか?」

「そうよ! 特別に私のことはクラリスって呼んでもいいわよ! 私もレイって呼ぶから!」

「おぉ! それは嬉しい提案だ。よろしく頼む、クラリス」

「ふふ〜ん。よろしくされちゃうかな〜。えへへ」



 あどけない表情で笑う姿はどことなく、妹を想起させた。


 なるほど……あいつに似ているからどこかシンパシーめいたものを感じていたのか……。


 そう納得して俺たち二人は会議室へと向かう。どうやら話をしてみると、クラリスも俺と同じでクラスを代表して運営委員になったのだと言う。



「ゴクリ……」

「どうした、クラリス?」

「え……!? べ、別に? 知り合いがいないから緊張してるとかじゃないわよ……? 違うんだからねっ!」

「? そうか。まぁ入ろうではないか」

「あ……ちょ……!」



 俺はそのまま躊躇なく集合場所である会議室の扉を開けた。すると室内にはすでに多くの生徒が揃っていた。


 中には見知った顔……環境調査部の部長とそれに園芸部のセラ先輩もいるようだった。



「とりあえず席に着くか」

「う、うん……」

「どうしたんだ? さっきの威勢の良さがないが?」

「べ……別に知らない人ばかりで緊張しているわけじゃないのよ?」

「そうなのか? とてもそうは思えないが……」

「私がそう言ってるなら、そうなのっ!」

「ふむ……まぁ、今回は出会ったのも何かの縁だ。隣に座っても?」



 俺がそう提案すると、クラリスの顔はまるで夏に懸命に咲き誇る向日葵ひまわりのような、快活な笑顔をみせた。だがそれはすぐに陰りを見せる。というよりも、プイッと逆方向を向いてしまうのでよく見えなかった。



「ど、どうしてもって言うならいいけど……?」

「うむ……そうだな。どうしても、だ」

「ならいいけど! 私の隣、光栄に思ってよねっ!」

「そうだな。新しい学友と出会えたことはとても光栄だ」

「と……友達? わ、私たち友達なの……?」

「む……すまない。いきなり距離を詰め過ぎただろうか。クラリスとは妙に会話が弾む気がしてな。勝手にそう思ってしまっていたが、不快だっただろうか?」



 彼女は下を向いて、少しだけ震えている。


 やはりまずいことを言ってしまったのだろうか。そう俺が思っていると、バッと顔を上げる彼女。


「べ……別にいいけど……っ」

「ん? すまない。声が小さくて、上手く聞き取れなかった」

「だからいいってば! 友達で……っ!」

「そうか……それは良かった」


 

 俺もまた、先ほどの彼女と同様に最大限の笑顔をクラリスに向ける。すると、再び下を向きながら「やった……初めての友達よ……やった……!」と聞こえたのはきっと気のせいだろう。


 こんなにも魅力的で、コミュニケーション能力の高いクラリスに友人がいないはずはない。


 このような調子で周囲の生徒も雑談をしているようだったが、教卓を軽く叩く音がすると先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように静まり返る。



「全員揃ったわね。今年の魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエのアーノルド魔術学院は私が取り仕切ります。一応自己紹介しておくけど、ディーナ=セラ。三年よ。よろしくね」



 これも縁なのか、どうやら運営委員を仕切るのはセラ先輩なようだ。それはこちらとしてもありがたい。あの一件以来、セラ先輩とはいい関係を築けている気がするからだ。


 ついこの前も街に花苗を購入しに行く際に、二人で一緒に行ったのは記憶に新しい。俺の主観だが話は意外と盛り上がったし、セラ先輩もよく笑っていたかのように思える。



「さて今回の運営委員はペアで動いてもらうわ。その方が何かとフォローし合えるしね。では各自自由に組んでいいわよ」



 セラ先輩がそう言うと同時に、周囲の生徒たちは瞬く間にペアを作って行く。特に上級生はすでにこの学院で少なくとも一年以上は過ごしているので、見知っており顔も多くすぐにペアが生まれて行く。



 ふむ……俺はどうしようか?



「あわわ……わああ……あわわ……」



 ちらりと横を見ると、妙に慌てていると言うか、面食らっているクラリスがいた。先ほど出会ったのもきっと何かの縁なのだろう。それに学友は多いに越したことはない。だからこそ、俺はクラリスにペアにならないかと提案するのだった。



「クラリス。俺とは、どうだろうか?」

「え……!? い、いいの……!? あんたってその……意外と知り合い多いと言うか、コミュ力妙にあるし……その……」

「いいに決まっているだろう。むしろ、俺からお願いしたい」

「そ……! そうよね! なら、特別に許可してあげるわ! 感謝してよね……! 本当は私は大人気なんだから……っ!」

「そうか。それでは最大の感謝を込めて、君とペアになることにしよう」

「ふ、ふん! 別に私は感謝なんかしていないんだからね……っ!」



 と言うことで、俺はクラリスとペアになり魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの運営の仕事に勤めることになるのだった。

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