第18話 相談
「では、これで授業を終わるが……ホワイト。少し時間いいか?」
「なんでしょうか。グレイ教諭」
今日も魔術概論の授業が終了して、学食で食事でも取ろうかと思っていた矢先にグレイ教諭がそう話しかけて来た。
「まぁちょっとした雑談だ」
「……わかりました」
釈然としないが、ここで無遠慮に断る理由もない。
そうして俺は彼女の後についていくのだった。
「さて、学院での生活はどうかな?」
「私としては非常に満足しておりますが」
俺は学内に存在している相談室というところに招かれた。その名の通り、相談する場所だ。俺としては相談することなど特には無かったが、教師としては何か俺に思うところがあるのだろうと理解した。
小さな机を挟んで、互いにソファーに座って向かい合っている状況。ちなみにグレイ教諭はコーヒーを淹れてくれた。ブラックでお願いしたが、なかなかに美味いと俺は感じた。
「枯れた
「もちろんです。しかし、一過性のものかと」
「メンタルは大丈夫なのか? 正直言って、お前のことは心配している。学院始まって以来の
「そのご指摘はもっともですが、仕方のないことです。ここで私が下手に暴れて反抗しても、火に油を注ぐだけでは?」
「教員の介入はいらないと?」
「別に悪口を言われるだけでしたら、構いません。と言っても、暴力などで来られると困りますが」
「……そうだが。と、思い出したがお前のことを褒めていたぞ」
グレイ教諭は優しく微笑みかける。
「? その方は?」
「エリオットだ」
「なるほど。ライト教官でしたか」
「あぁ。なんでも、体を動かすのは得意らしいな」
「そうですね。田舎の山を駆け回っておりましたので。魔物との戦闘経験も少しはあります」
「なるほど……な。まぁ、ホワイトにもいい面がある。全てを満遍なく伸ばせとは言わない。学院を出た先にから求められるのは、スペシャリストだからな。何か一つに特化するのも、また人生だろう」
「は。わざわざお言葉、ありがとうございます」
「いや。構わないさ。私は過去に退学していった生徒に何もできなかった過去がある。今度ばかりは後悔はしたくないものでな」
「なるほど……教師の鑑ですね」
「そんな立派なものじゃないさ。それならば、退学する生徒など出してはいないさ」
どこか遠くを見るような目つきをして、コーヒーをズズズと飲むグレイ教諭。この学院は退学して去る者も少なくはないと聞く。それはこの学院がそれだけ厳しいということを示している。
「では今日はここまでだ。時間を取らせて悪かったな。どうやら、お前は私が思っているよりも大物なようだ」
「は。恐縮であります」
「ふ、態度も立派だしな。では失礼する」
立ち上がると、彼女は目の前にあったコーヒーを片付けてそのまま出ていく。
なるほど。このレベルの学院になると生徒へのサポートも充実しているようだ。やはり師匠の言う通り、この学院に来てよかったと思った。
◇
「……むぐむぐ」
外にあるベンチで一人で食事をとる。あれから俺は、今更学食に行っても遅いと判断して売店でサンドイッチと水だけを購入した。
そして、外にある空いているベンチで食事をとっていた。
目の前に俺が作った花壇もあって、その美しく咲く花を見つめる。
さらには今日のこの広々とした青空も視界に入れて、自然を楽しみながら俺は食事をとっていた。
「あら? レイさんですか?」
「む……これはレベッカ先輩。ご無沙汰しております」
すぐに咀嚼して、水を流し込むと立ち上がって挨拶をする。俺も学んだが、別に軍ではないので敬礼は必要ないらしい。普通にお辞儀をするだけで十分だと、理解した。俺もまた、この学院に馴染んている証拠である。
「お隣、失礼しても?」
「はい。構いません」
「では失礼して……」
さらさらと流れる髪の毛からはフッと椿の香りがした。そして彼女は手に持っているサンドイッチを取り出すと、その小さな口で頬張り始める。
「あら? レイさんもフルーツサンド、好きなのですか?」
「そうですね。こちらの学院に来て初めて食しましたが、思ったよりも美味しくて。割とリピートしています」
「そうですか。それでしたら、何よりですね。これは私が入れてもらうように掛け合ったのですから」
「そうなのですか?」
「えぇ。これでも私、会長なんですよ?」
グッとワザとらしく胸を張るレベッカ先輩。その様子は少しだけ子どもらしくて、なんだか微笑ましい気持ちになった。
「会長だったのですか……それはすごいことですね。この学院の長ですか」
「そうですよ? だからもっと褒めてもいいのですよ?」
「それはすごいですね……それにしても、会長とは美しい方がなるんですね。勉強になります」
俺はよく学院のシステムをまだ知らないのだが、思ったことを口にする。
「え……えっと、別にそう言うわけでは、ないのですけれど……」
「どうしたんですか? 少し顔赤いですが……? 体調を崩しましたか? 今はちょうど季節の変わり目。お気をつけください」
「えぇ……そ、そうですね」
と、妙に歯切れの悪い様子で彼女はそう答えた。
「そういえば、学院の生活はどうですか?」
「満足しております」
「……でも、色々と大変だとか」
「あぁ、耳に入っているのですね。大丈夫です。自分は気にしていないので」
「そうですか……でも、何かあれば頼ってもいいのですよ? これでも三大貴族ですから」
「ありがとうございます。あ、そういえば……」
「なんですか? この会長になんでも聞いていいですよ?」
ニコニコと微笑みながら俺に笑顔を向けてくる。
俺はそのまま思いついたことを尋ねて見ることにした。
「三大貴族のもう一人は、この学院にはいないのですか?」
「あぁ。ローズ家、ブラッドリィ家、そしてオルグレン家。これが三大貴族ですが、オルグレン家は代々別の学院に通っているのですよ。ここは確かに世界でも最大規模の学院ですが、それでも他にもいい学院はたくさんありますから」
「なるほど……それと、もう少しで
「確かに、もうその季節ですね。7月に代表選考戦を始めて、8月の夏休み頭から二週間で最強の魔術剣士を決める戦いですね。一年生は新人戦で、二年生以上は本戦で試合をするのですよ。ちなみに、私は去年の覇者です。えへん……!」
「なんと! それはすごいですね! と言うことは学生の中でも最強の魔術剣士、と言うことでしょうか?」
「うーん。そう言いたいところですけど、実際にはライバルもいますので。去年は運よく勝てましたけど、今年はわかりません。優勝したのは去年が初めてですし……ね」
「なるほど……やはりトーナメントいう性質上、安定した勝利は難しいのですね。ジャイアントキリングなどもなるでしょうし」
「レイさんは選手として興味ないのですか? なんでも、実戦は強いという噂がありますけど……?」
色々と俺に関する噂が流れているのだな……と思うも、俺はすぐにそれを否定する。レベッカ先輩の目線もいつものように優しいものではなく、少しだけ鋭いものになる。
「いえ。自分は参加するつもりはないです」
「あら? そうなのですか?」
「はい。実戦に自信がないわけではないですが、なにぶん体力がないものでして」
「体力、ありそうですけどね。体も服の上からでもわかるほどに、鍛えているようですし……」
「まぁ……それとこれとでは話が別……といったところですね。今年は観戦したいと思っております。それに……」
「それに……?」
「きっとアメリアが出ると思うので、応援したいと思います」
「あぁ。アメリアさんはすでに新人戦で優勝候補ですよ? でも、今回はオルグレン家の長女も一年生で別の学院に入学してますし……事実上、その二人が優勝候補ですね」
「なるほど……すでに、色々と情報は錯綜しているようで」
「えぇ。
「……なるほど、勉強になります」
その後は二人で適当に雑談をしていると、チャイムがちょうど鳴り響く。
「あら、もうこんな時間。レイさんとは話が合うようで、つい……」
「こちらも有意義な時間でした。またの機会があれば」
「えぇ。では、ご機嫌よう」
「はい。失礼します」
そのままお辞儀をしてから、俺は教室に向かうのだった。
でもどこかから見られている……そんな感覚があったのは、間違いなかった。
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