第16話 師匠に会いにいこう!



「すいません。お願いします」

「わかりました」



 週末となり、休日がやって来た。俺は外出届を提出して、ある場所を目指していた。


「……ふぅ」


 アーノルド王国。ここは中央、それゆえ東西南北に広がる王国だ。特に北側は森や山などが多く、学院もあるのはその近くだ。一方の東と西は居住区域。南は農地などが多い場所だ。


 ちなみに中央はもちろん一番栄えている場所で最も人が多い。特に休日はかなりの人でごった返しになっている。


 俺はそのまま悠然と歩みを進めると、馬車に乗って西の奥の方へと進んでいく。



「これでいいだろうか?」

「あいよ」



 料金を支払うと、俺は馬車を降りてさらに奥へ進んでいく。森とまでは言わないが、木々が生い茂っていて自然に溢れている場所だ。よくみると野生動物もいるのか、ウサギがぴょこっと顔を出している。


 微笑ましい光景だ。


 俺はフッと微笑を漏らすと、見えてきた洋館を視界に捉える。



「……」


 コンコンと軽くノックする。指定の時刻は知らせているので、すぐに出ると思うが……。



「これはこれは。レイ様、ご無沙汰しております」

「カーラさん。こちらこそ、ご無沙汰しております。師匠は?」

「中でお持ちしております。どうぞ」

「失礼します……」



 恭しく礼をして、俺は室内に入る。天井にはシャンデリアが飾ってあり、それに室内の装飾もやはり豪華なものとなっている。光に照らされて輝く装飾品。それを横目に見ながら、俺はある一室へ招かれた。



「どうぞ。私は紅茶とお菓子を持って来ますので……」

「いつもありがとうございます。カーラさん」



 カーラさんとの付き合いはちょうど三年ほどになるのだろうか。メイドとして師匠の元でずっと働いているようだが、表情を一つとして変えない。ものすごく寡黙な人である。もっとも、仕事はしっかりとできるということから師匠に雇われているのだろうが。



「……失礼します」

「ん? おぉ! レイか! 久しぶりじゃないか! 背、伸びたか?」

「伸びてませんよ、師匠」

「そうか。でも、今やお前を見上げる方が多いからな。昔と違って、な」

「そうですね。師匠も変わらず美しいままで」

「ふふ、だろ?」

「えぇ。以前よりも柔らかい印象です」

「ま、もう軍人でもないしな。研究者として生きるのに、あの苛烈さはもう必要あるまい」

「……そうですね」



 俺の口調も、彼女の前ではどこか柔らかいものになってしまう。昔からの付き合いなので、当然といえば当然なのだが。


 そして、その視線は俺よりもだいぶ低い。ちょうど俺の腰ぐらいの位置だろうか。それはもちろん、師匠の背が異常に低いと言うことではない。


 なぜならば、リディア=エインズワースこと俺の師匠は……車椅子に座っているからだ。



「お身体は大丈夫ですか、師匠」

「あぁ……最近はだいぶ良くなったが、でもここはやはり……まだだな」



 パンパンと足を叩く。師匠は極東戦役での戦いで、両脚を失ったわけではないが下半身が麻痺で動かなくなってしまったのだ。そのため、彼女は三年前からこうして車椅子で生活をしている。



「まぁ、レイ。座るといい」

「失礼します」



 そう促されて俺は目の前のダイニングテーブルに備え付けられている椅子に腰を下ろす。師匠とあったのは……入学する前が最後だから、二ヶ月近く会っていなかったのか。改めて、ずっと一緒だった人と違う場所で生活していると言うのは変な感じがした。


 

「さて改めて健勝か、レイよ」

「はい師匠。でも、やはり……」

「そうか。そっちはまだか。ま、私の見立ててでも五年近くはかかるだろうからな。でも……」

「わかっています。アレの使用は厳禁、ですよね?」

「その通りだ。でもいざという時は、いいだろう。お前は私の後を継いだ『冰剣の魔術師』なのだからな」

「心得ております。師匠の教えは全て叩き込んでおりますので」

「ふふ……そうだな。懐かしいものだ」

「エインズワース式ブートキャンプ。今でも懐かしいものです」

「あはははは! あれをお前は子どもでクリアしているからな!! あぁ……当時は私も大笑いしたものさ。軍の中にいる屈強な男どもでさえ、ギブアップしていく中、お前は最後まで食らいついていたからな」

「それだけが、取り柄でしたので……」

「あの幼かったレイが、今や学生か……時間が経つのも早いものだ」

「それはアビーさんもおっしゃっていました」



 そういうと、さらに師匠は声を上げる。



「あははは! そうか! そういえば、あいつも学院長をしているんだったな!!」

「はい。しっかりとやっておりますよ」

「ふふ。そうか……変わったな。あの部隊にいた全員が、今やこうして別々の道に進んでいるのだからな」

「そうですね。時間が経つのは早いものです」

「退役してどうだ? 学院は楽しいか?」

「軍の中にいないのは……少し違和感を覚えますが……そうですね。学院は楽しく過ごしています」

「ふふ、そうか」



 にこりと微笑む師匠。今は長かった金髪の髪を、肩ぐらいのセミロングにしていて雰囲気も柔らかくなった。少佐として軍人をしていた頃からは考えられないほどに。それにその碧色の双眸もまた、変わりはなかった。師匠はやはり、師匠のままで……美しい姿のままだった。


 と、話している間に、カーラさんが紅茶と茶菓子持って来てくれた。いつものように、アールグレイにパウンドケーキだ。特にカーラさんの作る、ケーキはとても美味く俺はこれを楽しみにしている側面もある。



「しかし学院では枯れた魔術師ウィザードと言う蔑称もつけられましたが」

「お! 早速やられているのか!?」

「はい。どうやら一般人オーディナリーはいい顔をされないようでして」

「ははは! そうか! どうせ貴族あたりにでも疎まれているんだろうな! お前は何を言っても通用しないからな」

「は。しかし、やはりまだ魔術はうまく使えないので、彼らの主張も尤もかと」

「ふふ……しかし、枯れた魔術師ウィザードか。ダブルミーニングだろ?」

「はい。魔術師と、枯れているをかけているようで」

「流石の貴族様だな。嫌がらせの才能があるな。ぷ、ククク……」

「師匠、笑いすぎですよ」



 彼女はとうとう腹を抱えて笑い始めてしまった。その様子を見て、俺は懐かしいと思うと同時に、どこか心地いい感覚があった。やはり師匠と一緒にいると、心が落ち着くものだ。



「ははは……すまない。私の時も同じだったからな……ククク……」

「師匠の時も、ですか?」

「あぁ。私も魔術師の家系とはいえ、血統しては全く優秀ではない。底辺も底辺の出身だったからな」

「あぁ……そういえば、そんなことをおっしゃってましたね」

「ククク……私も当時は貴族に同じことをされたもんさ。奴らのいじめの技術は一流だったからな」

「して、師匠はどうしたのですか?」



 そういうと今度は、ニヤリと不敵に笑うのだった。



「ん? もちろん蹴散らしたさ」

「ふふ、そうですか。容易に思い描ける図です」

「レイもやってみるといい」

「いえ。私は平穏な学院生活を望んでいるので」

「そうか……ま、その程度のいじめなど無視しておけ。いずれ飽きる。特にお前を弄れるのは私しかいなからな」

「ふふふ。そうですね」



 二人で談笑していると、師匠は本題に入るのか急に目つきが鋭くなる。



「さてレイ。少し真面目な話をしようか」

「はい。師匠」

「最近、ある噂が研究者の中で広まっている」

「噂ですか? それも師匠が気にするほどの」

「そうだ。それは、記憶痕跡エングラムに関してだ」

記憶痕跡エングラム……ですか?」

「あぁ。説明しよう」



 俺は師匠にその記憶痕跡エングラムとやらについての話を聞く。



「さて、まずは少し遡ろうか」



 師匠はそう言うと、悠然と紅茶に口をつけてそれをゆっくりと流し込む。その姿はとても様になっており、まるでどこかの令嬢の優雅な午後のひと時と言う印象を受けた。


 大雑把な性格だが、師匠のこう言うところは変わらないと懐かしい感覚に浸る。



「二重コード理論を発見した時のこと、覚えているか?」

「はい。でも元々極東戦役の最中から、仮説は立てていたんですよね?」

「そうだ。すでに理論自体は組み上がっていたからな。あとは終了と同時にテキトーに論文にして、発表しただけだ」

「流石ですね」



 俺の師匠は天才だ。俺などは足元にも及ばないほどの才能を持つ。冰剣の魔術師として戦闘技能が高いのはもちろんだったが、彼女はエインズワースという研究者名で魔術の研究も行なっている……まさに非の打ち所のない天才なのである。



「それと、記憶痕跡エングラム? ですか。何の関係が」

「私は昔から思っていたのさ。それこそ、学院生のころからな」

「それは……なんですか」

「皆は魔術の研究というと、魔術そのものに焦点を当てるだろう?」

「そうですね。コード理論の解析や、新しいコードの発見。それにコード理論の4つのプロセスに新しいプロセスは組み込めないかなど……でしょうか」

「さすがは私の弟子だ。よくわかっているが……私はそこに焦点を当てなかった。だからこそ、二重コード理論を発見できたのだ」

「では師匠はどこに、関心を……?」



 師匠とは付き合いが長い。それこそ10年以上にもなるが、彼女のルーツ的な話は全て知っているわけではない。特に軍人としての師匠は知っているも、研究者としての顔はあまりよく知らない。まぁそれは俺が研究者ではない、という理由が大きいのだろうが。


 そうして、トントンと頭を叩く師匠。


「ここだよ」

「頭……いえ、脳でしょうか」

「そうだ」


 さらに話は、続いていくのだった。

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