第9話 実技演習



「さて、諸君達も噂に聞いていると思うがそろそろあの時期だ」



 朝一番。グレイ教諭が教壇の前で今日も明快にそう告げる。


 そうしてその言葉と同時に、教室内がざわつき始める。


 一体何があるのだろうか。俺はイマイチこの世界に疎いところがあるので、ピンと来ていない。



「カフカの森での実技演習。先輩に聞いている奴もいるかもしれんが、今年も例年通り行うことになった」



 カフカの森、か。


 それは知っている。この学院のさらに北にある広大な森である。魔物が出ることもあり、一般人オーディナリーは滅多に近寄らない。それに魔術師であっても、実戦経験がない者は行かないと聞いたが……そうか。そこを使っての実技演習で生徒の実力を測るということか。


 ふむ……これは軍事教練に似たものと俺は認識すると、グレイ教諭の話をしっかりと聞く体勢に入る。なにぶん、この学院では遅れている身だ。せめて態度くらいはしっかりとしたいものだ。



「改めて概要を説明しよう。まずこの学院では優秀な魔術師を育てることを目的としている。学院長はまぁ大げさに8割の学生は大成しないと言っているが、それでも基本的な能力はこの学院の生徒ならば必要とされる。これから先、魔術剣士を目指して軍に入る者、それに研究者として大学に進む者など様々な進路が考えられる。もちろん早いうちにその目的を決めて、専門領域で努力するのも重要だ。しかしこの学院では、一年から二年の間は共通教育科目の履修が義務付けられている。今回のこれも、その一環だ」



 なるほど。今回の実習は実戦に強い魔術師に有利と思うが、意外にそうではないのかもしれない。ただ軍事演習のように身体を鍛えるのではなく、心身ともに教育という観点から魔術師を育てる……ということか。


 確かに学院出身の魔術の知り合いは多いが、皆がその実力だけでなく聡明さも兼ね備えていた。その片鱗を見られたようで、俺は妙な満足感を味わっていた。



「では概論を説明する。カフカの森。それはここより北にある膨大な森のことだ。知っている者も多いだろう。もちろんそこは魔物も出るうえに、下手をすればそいつに殺される危険性もある。もちろん当日は、教師と上級生によるバックアップが入るが魔物との戦闘は必須だと考えておけ。今回が初の実戦授業になるが、助けは求めるなよ? それは成績に反映されるからな。下手をすれば留年の原因にもなりかねん」



 黒板にカフカの森の全体図を描いていくグレイ教諭。


 なるほど……地形自体はそれほど難しいものではないようだ。



「そして目的はカフカの森の中央にたどり着くこと。制限時間は48時間以内だ。それ以降は失格となる。もちろんその条件をクリアできた者は成績に反映されるし、逆もまた然り。さてここで問題となるのは、これがパーティーを組んでの実習になるということだ。一蓮托生。仲間が失敗すれば、自分も失敗する。その状況下で今回の実習に当たってもらう。そしてパーティーは四人一組。もちろんこちらで指定はしない。好きな者と組み、実習に臨め。ではあとは資料を配るので、それをしっかりと確認しておけ」



 そうして前の方から資料が回ってくる。


 グレイ教諭が言及したことがそのまま載っている感じだが、より詳細なことも書いてる。


 ──ふむ……なるほど。


 今回のこれはなかなかに楽しいものになりそうだ。俺は勉学も好きだが、実際に身体を動かすことも決して嫌いではない。それに今回のようなケースならば、俺の魔術も役には立ちそうだ。



「では本日の授業の残りは、クラス内でパーティーを組むことに使っていい。もちろん他のクラスを使ってもいい。これは一年全体で行われるからな。こういうところで人脈を作っておくことも、大切だ。では私はこれで失礼する……」



 グレイ教諭が教室から去っていくと同時に、生徒達は一斉に立ち上がって他の人間に声をかけ始める。


 それもそうだろう。より優秀な人間と組むことができれば、有利になる。それこそ自分の能力が劣っていたとしても、だ。しかし現実はそう甘くないだろう。優秀な人間がわざわざ、劣っているものと組むなどとは考えにくい。きっと、全体的なパーティー構成は拮抗した実力の者になると俺は予想していた。


 俺はそんな中、どうするかと思っていると目の前にエヴィのやつが現れる。


「レイ、組もうぜ」

「エヴィ。いいのか? 俺が魔術が得意ではないのは周知の事実だが」

「へへ。それくらい、俺に任せろ。でもお前は体動かすのは得意だろ? いつも剣を使った訓練ではいい動きしてると思うぜ」

「そうか……それなら、組もうか」

「おう!」


 よく見ている。そう思った。


 俺はある事情により魔術がうまく使えない。それは一般人オーディナリー出身とかではなく、別の事情なのだが……。だからこそ、俺は全ての魔術を上手く使えないが、その他の技能は失われていない。使える魔術もあるし、基本的な体の動き、それにその他の知識はまだ確かに残っている。


 それは生き残るために、必要だったから。


 剣技の訓練ではある程度抑えつつやっていたが、エヴィのやつはしっかりとした目を持っているようだ。俺はそれがなぜか妙に嬉しかった。



「さて。残りはどうする? 枯れた魔術師ウィザードのいるパーティーはかなり厳しいと思うが?」

「自虐はやめろよ。でもまぁ……確かにレイの評判は良くないからなぁ」

「ふ。言うじゃないか」

「ま、事実だしな。でも俺は信じてるぜ」

「何をだ?」

「お前はきっと何か違うってな。俺の第六感が反応してるんだ」

「まぁ……正直言って、森や特にジャングルでの経験はある。食べれる食料から、食べられない食料。淡水の確保から、火を起こす技術もある。サバイバル関連は正直、十八番おはこだな。これも田舎の森で培った技術だ」

「おぉ! やっぱりそうか! なんかそうかな〜と思っていたんだ! 今回の実習分かってるだろ? 魔術の技量だけじゃない。48時間もタイムリミットがあると言うことは、それなりに厳しいものになるって俺は思った。だからこそ、そう言う知識も重要と思うぜ」

「エヴィ。図体はでかいのに、なかなか繊細な思考の持ち主だな」

「へへへ、だろ? って、図体がでかいのは余計だ!」



 二人でそう話している間、俺は一人の生徒がオロオロしているのが見えた。



「エヴィ」

「なんだ?」

「エリサはどうだ?」

「おぉ。いいんじゃねぇか? ハーフエルフの優れた魔術は当てにしたいところだな」

「では誘いに行こう」

「おうよ!」



 そうして俺たちは煩雑としている教室の中を進んでいき、対面にいたエリサに声をかける。彼女はじっと座って下を向いていたが、俺の顔見るとハッと嬉しそうな表情をするも……すぐに陰が差す。



「エリサ。一緒にどうだ?」

「あ……でも、その……嬉しいけど……私は足手まといだし……」

「大丈夫だ。それに俺は枯れた魔術師ウィザードだぞ? 評判だけで言えば、俺が一番足手まといだろう」

「でも……レイくんは運動得意でしょう?」

「まぁ人並みには」

「今回の実習には、そういう……能力もいると思うから……でも、私は一番ダメダメで……」

「エリサ」

「きゃ……!」


 俺は彼女の下を向いている顔を無理やり持ち上げる。そうして両手でエリサの顔を固定すると、その美しくきらめく双眸そうぼうをじっと見据えてこう告げた。



「いいかエリサ。謙虚は美徳だ。でもしかし、何事も行き過ぎればそれは毒にもなる。君はもっと自分に自信を持つ方がいい。でも決して楽観的に、ポジティブになれと言っているのではない。現実的に、足元を見据えて進んで行こう。自分にできること、自分にできないことを知るんだ。そして、仲間に足りないものをサポートしてもらい、逆に君がサポートする。今回のこれは、自己と向き合う意味でもきっとエリサのためになる。だから、俺たちと一緒に頑張ろう」

「……レイくん」



 その双眸に徐々に生気が戻ってくる。


 もはや、陰ってなどいない。


 少しだけだが、彼女のやる気に火がついた。そんな気がした。



「へへ。レイの言う通りだ! 俺もエリサのことは頼りにしてるし、サポートもする。だから一緒に行こうぜ!」

「うん……ありがとう、二人とも……」



 ニコリと微笑むその姿は、誰が見てもきっと魅力的だと思うだろう。そうして3人目のメンバーを獲得して、あと一人はどうしようかと考えていると……まさに、青天の霹靂が訪れた。



「ローズさん! 私たちと!」

「いいえ。ぜひ、わたくし達と!」

「いいや。俺たちといかがですか! ローズさん!」



 三大貴族筆頭のローズ家の長女、アメリア=ローズ。


 その才能はすでに誰もが認めるところだ。アメリアがこうして引っ張りだこになるのは自明の理。だが彼女はそれをすべて断ると、ある方向に進んでいく。



「ごめんなさい。先約があるので……」



 と、やってきたのはまさかの俺たち3人の方だった。



「あと一人、空いているかしら?」

「もちろんだ。君の席は初めから空いているとも」

「ふふ。レイってば、妙にやる気じゃない?」

「君がいるのは心強いからな。それに最高のメンバーが揃ったんだ。たぎるのは当然だろう?」


 ニヤッと笑いかけると、彼女もまたニヤリと人の悪そうな笑み返してくる。


 そうして今回の演習のパーティーメンバーが決定するのだった。

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