第8話 枯れた魔術師



「ねぇ見て。あれが……」

「うん……そうだね」

枯れた魔術師ウィザード……」

物資変化マテリアルシフトも出来ないらしいよ?」

「まじ? いよいよ本当の落ちこぼれじゃん」

「ま、これが一般人オーディナリーの限界かもね。でも良く頑張ったと思うよ。ここに入学できただけでさ」

「それ、裏口って噂あるらしいよ?」

「えぇ……? いよいよ本当にやばいやつじゃん」



 朝。寮から歩いていると、そんな声が耳に入ってくる。


 ──なるほど。俺もこの学院内で一端いっぱしの有名人になったようだ。


 そんなことを考えながら教室に向かっていると、後ろからタタタと走ってくる音が耳に入る。



「レイ!」

「む? アメリアか。おはよう。今日もいい天気だな。ほら見てみろ、花が咲いている。こうして生命の息吹を見ているとなんだか世界の美しさに気がつかないか? 当たり前の景色に楽しみを見出せる。俺はそれはとても大事だと思うんだ」

「そうね……って、そんな場合じゃないでしょ!?」

「うおっ……どうした、そんな大声を出して」

「知らないの!? 枯れた魔術師ウィザードって馬鹿にされてるんだよ!」

「もちろん耳に入っている。いやぁ……そのネーミングセンスには脱帽だな。まさかのダブルミーニングだな。きっと付けたやつは余程のセンスに溢れているに違いない。俺にはないものだ。素直に賞賛だな」

「いやいや! 脱帽して、賞賛してどうするの!? 悔しくないの!?」

「どうして君がそこまで熱くなる? 当事者でもないのに」

「だってそんな……こんな差別みたいなの……許せないじゃない……」



 アメリアは下を向いて、ぼそりと呟く。


 俺は今まで大人と接することが多かった。それこそ人間関係でも色々とあったし、こんなものが可愛いと思えるほどの中にいたこともある。だからこそ、ただ言われるだけならどうということはないのだが……。


 ──そうか、アメリアは正義感の強いとてもいい人間のようだ。



「そうだな。差別、侮蔑、軽蔑。それらは良くはないものだ。でも人間にはそのような悪性が備わっているのも真実。性善説、性悪説を論じるつもりはないがそれは純然たる事実だ。動物だってイジメという現象があるほどだ。きっとそれは、環境的な問題で、きっと生物の宿命なのだろう。今回はその対象が俺になったというわけだ」

「そう……そうだけどさ……そんな理屈で割り切れないじゃない!」

「大丈夫だアメリア。みんなきっと俺のことが珍しいだけだろう。それに人の噂も75日。すぐに噂も収まるさ」

「……悔しくないの?」



 上目遣いでじっと射抜いてくる。そこには確かな怒りというものが見て取れた。もちろんそれは、俺に向かってではない。義憤。その一言に尽きる。正義感の強い女性だと俺は素直に感心する。



「そうだな……軽んじられるのも全く何も思わないことはないが……まぁ事実だしな。今の俺にはそれほど高い魔術の技能はない。でもそれをバネに努力を重ねればいい。能力とは、才能、努力、環境の三要素によって構成されている。環境はこの学院の中にいれば十分すぎるほどだ。ならばあとは、足りない才能を努力で補えばいい。そうだろ?」

「はぁ……そうだけど……あなたって、本当に大物ね」

「ごく当たり前の思考と思うが?」

「正論だけど、普通はそんな風にはなれないわよ」

「そうか。普通とは難しいな」



 その後はアメリアと並んで教室に向かったが、やはり降り注ぐ視線はそれなりに厳しいものだった。



 ◇



「よ、レイ。飯行こうぜ」

「エヴィ。そうだな」



 午前の授業も終了し、俺たちは学食へと向かう。


 すでに何度か利用しているが、ここの学食はマジで美味い。俺が今まで食べていたものは何だったのか……というほどに美味い。流石は世界最高峰の魔術学院だ。環境的な面でのサポートもかなり充実しているようだった。



「なぁレイ」

「ん? どうした?」



 学食に行き、まずは席を取った。その後、食事を窓口でもらうと俺たちは席に戻って食べ始める。そんな矢先、エヴィがそう尋ねてくる。



「あの噂だけどよ」

枯れた魔術師ウィザードか」

「あぁ。大丈夫なのか?」

「精神的な問題はない。ただ……」

「ただ?」

「物理的な暴力とかで来られると困るな」

「それは流石に……ないと思うが……暴力沙汰は最悪退学だ。枯れた魔術師ウィザードとかほざいている連中にそこまでの気概はないと思うぜ?」

「そうか。それなら構わない。口で言われるだけなら、実害はないからな」

「何というか……」

「どうした?」

「お前って、大人びているというか……ちょっと同世代的な思考じゃないよな」

「うむ……そうだな……」



 スプーンを置いて、思索に耽る。


 確かに俺は変わっていると言われるし、同い年と思えないと言われている。その原因は分かりきっている。それは俺の育った環境にある。普通の魔術師の家庭で生まれ、魔術師になるべく育てられたわけでもない。俺が魔術を使うようになった理由は、きっとここにいる生徒と同じではない。


 でもこれはある程度予想の範疇の話だった。いきなりこのような状況に放り込まれれば流石に慌てるが、俺の場合はそうではなかった。



「レイ。学院に入学する際に、注意点がある」

「何でしょうか。大佐殿」



 これは極東戦役が終了した直後に、アビーさんと話した内容である。



「君の出身は、一般人オーディナリーだ」

「は。心得ております」

「戦場では家柄など関係ない。強い魔術師が生き残り、弱い魔術師が死ぬ。それだけだからだ。でもな、君が行こうとする場所は家柄が何よりも重要視される」

「なるほど……勉強になります」

「貴族連中は特にその傾向が強くてな。私も昔、苦労した記憶がある」

「大佐が苦労する……ですか。人間関係とは難しいものですね」

「そうだ。学院には多くの同世代の魔術師と絡むことになるだろう。だからこそ、きっとお前もまた色々と苦労すると思うが」

「は。ご忠告、感謝いたします」

「……まぁそれは案外、杞憂かもな」



 彼女は前もって、俺に対して忠告をしてくれていたのだ。そのため、今回のようなケースになっても、彼女の言う通りになったな……くらいの認識しかない。


 それに俺の話題もきっといつかは尽きるだろう。同じ話題をずっと続けるほど、人間は我慢強くはない。この世は有為転変。常に変化するものだからだ。



「ま、過去の話はいいさ。レイにも事情があるだろうしな」

「そういって貰えると助かる」

「でもやばい時は言えよ? 俺もその時は力になる」

「……ふ、俺は本当にいい学友に恵まれたようだ」

「へへ。照れるぜ。でも、当然のことだろ? ダチが困ってたら助けることは」

「あぁ。至極もってその通りだ」



 二人でそう話していると、俺は視線を感じるも……それは侮蔑、軽蔑の類ではないことを悟った。何か遠目から探っているような、迷っているような視線。俺はそちらに目を向けると、立っていたのはエリサだった。



「エリサじゃないか。うむ……一緒にどうだ?」

「え……いいの? でも二人で楽しそうに……話してるし……」

「エヴィ。いいだろう?」

「もちろんだ。俺は気にしないぜ?」

「そ、それじゃあ……お邪魔します……」



 トレーを持ってゆっくりとこちらに歩いてきて、空いている席に座るエリサ。そうして彼女はニコリと微笑んでいくる。



「その……二人とも……ありがと……」

「構わない。学友との食事の時間は大切だからな」

「そうだぜ! おっと俺は自己紹介がまだだな。エヴィ=アームストロングだ。エヴィでいいぜ?」

「私は……エリサ=グリフィス……です。私も……エリサで……いいよ?」

「おう。よろしくな、エリサ」

「よ、よろしく……エヴィくん……」



 と、二人は握手をして自己紹介を終える。



「その……なんのお話をしていた……の?」

「ん? あぁ。俺が枯れた魔術師ウィザードと呼ばれていることだ。蔑称にしても、ウィットに富んでいると思わないか?」

「え……その……いや、でも……レイくん、バカにされているんでしょう? 私も気持ち……わかるから……その、大丈夫なの?」

「大丈夫さ。エリサも、エヴィも、俺をそんな風に思わないだろ?」

「もちろんだ! お前は何かを秘めている。そんな感じがするからな!」

「わ、私も……! そのレイくんはすごいと思う……全然気にしていないみたいだし……すごい! と、って……同じことだね。あはは……」

「うむ。信頼できる仲間がいるのなら、俺はそれで十分さ」



 奇しくもアビーさんの予想通りになったが、この通り俺には仲間がいる。戦場でも仲間がいたように、学院でもかけがえのない友人ができた。


 まずはそれを祝福しようじゃないか。


 周りの目など気にせず、俺はやるべきことを成すだけだ。この学院に来た目的を果たすためにも。

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