第7話 魔術概論と蔑称



「さて今日は、魔術の基本的な派生に関して話そう」


 

 午前。今は共通授業である魔術概論の授業だ。


 担当教諭はグレイ教諭だ。ちなみに今日はラフな格好で髪も乱れている。おそらく昨日はアルコールを飲んでいたのだと勝手に予測する。



「さてここは……ホワイト。魔術の基本技能を説明してみせろ」

「了解しました、グレイ教諭」



 指名されたので、俺は席から立ち上がってその問いに答える。



「魔術は主に、下級魔術、中級魔術、上級魔術、聖級せいきゅう魔術に分類されます。またさらにそこから、高速魔術クイック遠隔魔術リモート連鎖魔術チェイン遅延魔術ディレイ物資変化マテリアルシフト大規模魔術エクステンシブ大規模連鎖魔術エクステンシブチェインに分類されます」

「ホワイトの言う通りだ。よく勉強している」

「は。恐縮です」



 その言葉と同時に俺は着席する。



「今言ったように、魔術にはこれだけの派生がある。例えば、下級魔術である火球ファイヤーボールを使うとしよう。これを発動する際に、もちろんコード理論に従うのだが、処理の段階でどの方法で発動させるかは異なってくる。速度を重視して高速魔術クイックを使うか、それとも意表をつくために遠隔魔術リモートを使うこともできるな。それに連鎖魔術チェインを使って、その数を増やしてもいいし、遅延魔術ディレイでその発動をあえて遅延することも可能だ。このように、今までの魔法というものではこれらの技術は成し得なかったわけだ」



 グレイ教諭の言う通り、魔術はコード理論によって大幅にアップデートされた。今まではただイメージするだけで発動する魔法という現象が暴かれ、そこに術理が生まれた。そうして人間はその中に意味を付け加えた。同じ発動する魔術でも、今言ったようにかなりの派生が生まれる。



 高速魔術クイックは以前やったように発動を速める魔術。


 遠隔魔術リモートは魔術の発動位置を通常よりも遠くにするもの。だがこれは中々に厄介で、普通魔術とは座標指定などしなくても大体は目の前に出現する。それは無意識のうちに俺たちがそう指定しているからだ。


 だが、遠隔魔術リモートは空間を3次元的に捉えた上で任意の場所に魔術を発動させなければならない。これはかなりの技量がいる。まぁ、慣れてしまえば高速魔術クイックとの組み合わせも可能だ。


 連鎖魔術チェインは簡単に言えば、コード理論を重ねることで連鎖するように魔術が発動できるものだ。連鎖する数はその魔術師の技量にもよる。5つが限界の者もいれば、100程度出せる者もいる。


 遅延魔術ディレイは文字どおり遅延する魔術。これは戦争においては地雷のような役割を果たす。発動する条件はそれこそ、魔術師の技量次第だ。振動によって発動するものもあれば、時間やその他の条件をコードに付け加えるものある。



 高位の魔術師になればこれらを組み合わせることもできる。それこそ可能性の幅はかなり大きい。特に戦闘において魔術を使用する際には、そのバリエーションがかなり重要となってくる。ただ上級魔法が使えるだけでは、優秀な魔術師とは言えない。重要なのは、バリエーション。中には下級魔術の組み合わせだけで、金級ゴールドの魔術師になったものもいる。



 このように魔術とは、コード理論の体系化によって文字どおり世界が変わった。それによって魔術は生活には欠かせないものとなり、今に至るというわけだ。



「では軽く実践しようか。今回行うのは、物資変化マテリアルシフトだ」



 グレイ教諭がそういうと、彼女の目の前に水が出現。それはそのまま重力に従って、床に落ちると思うが……違った。


 そうその水はそのままパキパキと音を立てながら、氷へと変化していく。そうして教卓の上には氷の柱が出来上がっていた。


 なるほど。確かにこの技量はすごい。その速度はほぼ高速魔術クイックに匹敵するだろう。だというのに、無駄がないし構成物質が崩壊することもない。技量がない魔術師が物資変化マテリアルシフトを使うと中途半端な結果、例えば水と氷が混ざるなど、になることもあるのだがそれが全くない。淀みがないのだ。流石は、アーノルド魔術学院の教諭ということか。


 と、俺は勝手にその技量に感嘆するのであった。



「このように物質はコード理論に物資変化マテリアルシフトという処理を加えれば、変化させることも可能だ。しかし実際のところ、これは後からの事象改変も可能だが……それはかなりの高難度となる。例えるならば、同時に二つのコード理論を走らせるという感じだな。高位の魔術師はそれを平然と行うが、まぁそれはいいだろう。まずは一つのコードを走らせる基礎が大切だ。では軽く実践するか。全員、演習場に移動だ」



 俺はたちはそのまま、物資変化マテリアルシフトの実践のために外の演習場へと赴く。今回は制服のままの移動になっている。



「なぁレイ」

「なんだ、エヴィ?」

「俺ってこれ、苦手なんだが……」

「大丈夫だ。何事も反復と練習。それに尽きる」



 そうして演習場にやってきた俺たちは、そのまま物資変化マテリアルシフトの練習を開始する。



「よし。それでは各々、始めていいぞ」


 

 その言葉を聞いて、次々と生徒が実践するも中々上手くはいかない。この技術はそれなりの技量がないと扱うことができないからだ。でも何事にも例外というものは存在する。


 現在、全員の目はある一人の生徒に注がれていた。



「うむ。ローズは流石だな」

「ありがとうございます」



 三大貴族であるアメリアの技量は誰もが知りたいところだ。そうして彼女は大衆に見られるというプレッシャーの中で、いとも簡単にそれを成し遂げた。大量の水を生み出すと、それを一気に氷へと物資変化マテリアルシフトさせていく。


 だが特筆すべきことは、その物資変化マテリアルシフトの技量だけではない。彼女の目の前にある氷は、小さな木の形を成していた。


 それが何を意味するのか、分からないものはいないだろう。つまりアメリアは、発動した魔術の中に木を形成するコードを処理の過程で組み込むほどの余裕があるのだ。


 

「……なるほど、アメリアは魔術容量キャパシティが大きいんだな」

「ん? レイなんだそれは?」


 独り言のつもりだったがエヴィが反応してくるので、俺は解説をすることにした。


「魔術師はコード理論を走らせる必要があるだろう?」

「あぁ」

「もちろん、脳内で処理されるコード理論は個人によって違う。その中でも、多くの第一質料プリママテリアを取り込み、コードに多くの情報形式を組み込めることを魔術容量キャパシティが大きいというんだ。ま、略して容量キャパが大きい、ともいうがな」

「へぇ〜。そうなのか」

「あぁ」

「レイは物知りだな」

「知識はあって困ることはないからな」



 とまぁ、蘊蓄うんちくを垂れ流している場合ではない。


 俺もやってみる必要があるな。


 そうして俺はコード理論を脳内で走らせる。



第一質料プリママテリア=エンコーディング》


《エンコーディング=物質マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング》


《エンボディメント=物資マテリアル



 第一質料プリママテリアが水という液体に変換されそこから氷を成型しようとするが……俺は上手くはいかなかった。バシャ、と目の前に水が滴り地面に吸収されていく。



「レイ、俺はできたぜ! ちょっと不恰好だけどな……って、あれ? どうした?」

「うむ。上手くいかない」

「もう一度挑戦してみろよ!」

「あぁ。何事も反復と挑戦だからな」



 それから幾度となく魔術を発動するも、俺の目の前にはただ水溜りができるだけだった。そうして他の生徒が成功させていく中で、俺だけが残ってしまった。



「ふむ。時間だな。ホワイトはまぁ……これからしっかりと練習しておけ。人には向き不向きもあるが、これは基礎だ。しっかりとな」

「は。了解しました!」


 

 そうして授業は終了して、そのまま全員が校舎へと戻っていく。


 そんな中、俺は視線を感じていた。中にはクスクスと笑う者もいるようだった。


 ──今の状態では、物資変化マテリアルシフトも難しいか。まぁこれは今後の課題だな。



 と俺は勝手に結論づけてそのまま歩いていくも、目の前にすっとミスター・アリウムと他の人間が現れる。



「よう。一般人オーディナリー

「ミスター・アリウム。今日もいい授業だったな」

「ははは! お前は物資変化マテリアルシフト程度できなかったようだなぁ?」

「そうだな。もっと精進したいと思っている」

「ククク、とうとう化けの皮が剥がれたな……進級できるといいなぁ? なぁ一般人オーディナリー

「うむ。留年は俺も避けたいところだ。特に退学などしては目も当てられないからな」

「ククク、そうだなぁ……そこで、俺から一つ提案がある。悪いものじゃないぜ?」

「なんだろうか?」

「俺たちの奴隷になるなら、派閥に入れてやってもいい。先輩たちも色々と便宜を図ってくれるぜ? 留年は最悪でも避けられるだろうなぁ」

「なるほど。魅力的な提案だが、奴隷とはどういう意味だろうか?」

「はぁ? そのままの意味に決まっているだろう」

「なるほど。では却下だな。王国に限らず、奴隷制は数百年前に終わりを迎えている。その提案を承諾するわけにはいかないな」

「ははは! 聞いたか、お前ら! これは最高に笑えるなぁ!」

「ん? ギャグは披露していないつもりだが?」

「ククク、いいよお前。いい性格してるぜ。でもな、一つ言っておく。魔術の世界は才能だ。その血が全てを決める。血統なんだよ、血統。一般人オーディナリーにはここはお似合いじゃない。大人しく田舎に帰るんだな」

「それ無理だな。俺には義務と使命がある。それに才能は重要な要因ファクターであるが、絶対条件ではないと思うが……」

「は。言ってろ、雑魚。じゃあな」



 そう言って彼らは去っていく。


 そうして翌日から俺はこう囁かれるようになる。


 枯れた魔術師ウィザード、と。


 それはダブルミーニングになっている。


 魔術師を示す名詞の『ウィザード』と、枯れたという形容詞を示す『ウィザード』の意味を含めてのものだ。だが示したいのは、枯れているという点だろう。


 ろくに魔術も使えない、すでに枯れている魔術師。


 その蔑称を俺は背負うことになるのだった。

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