エリー.ファー

 「時間が過ぎ去るのが早いと思わない。きっと、そういう呪いをかけられてしまったのね、私たちって。」

「いいから、早く宿題やれよ、バカ。」

「あらあら、いつもそうだけれど、貴方ってなんでそう何事にも忙しそうなのかしらね。心のゆとりの一つでも兼ね備えるべきではないかしら。」

「そんなこと言ってる場合かよ。」

「女子高の王子様として君臨している貴方には、品というものが欲しいわね。」

「欲しいわね、じゃねぇんだよ。お前も女子高の姫とか呼ばれてるんだから、そのあたりはどうにかしろって。」

「あら、何をどうすればいいのかしら。」

「お前、そのキャラのくせして壊滅的にバカなんだから、この宿題だって絶対終わらねぇだろ。」

「終わらないとは、思うわ。それはそう思う。でもね、そう簡単に、良い悪いなんてものは区別できないものなの。例えば、この私は日本の柔道界においてオリンピック間違いなしの逸材なわけでしょう。この恵まれない体格で、多くの技を会得したことにより、相手をなぎ倒す様が、それはそれは美しいと評判。」

「はいはい、分かってるよ。柔道界のお姫様。」

「じゃあ、あなたは何。その恵まれたモデルのような体系であるくせに、何のスポーツもやらず、何の活動もせず、ただただひたすらに勉強勉強勉強。確かに、もうその年で海外の大学から入学するようにお願いされ、研究室も用意されているのは凄いことよ。でも、女子高の王子様という異名を取っているのに、全くといっていいほど王子様らしいことはできない。所詮は、もやしっ子が関の山じゃないかしら。」

「悪いな、親父の血のおかげで、がたいは結構良いからよ。」

 あたしはそう言って悪態をつくと、そのお姫様の顔を眺める。

 本当に人形のように綺麗だと思う。

 対して。

 あたしは。

 イケメン、という言葉がよく似合う。

 チョコの類なら幾らでも貰うし、それこそ、バレンタインデー等は全く関係ない。

 いつもでチョコがもらえる。

 チョコは好きなので別にいいのだが。

 なんというか。

 こういう扱いをされるのは非常に居心地が悪い、というのが本音である。

 そして。

 目の前にいる、この女子高の姫、もとい、柔道界の姫。

 実は。

 この女と。

 付き合っている。

 という訳ではない。

 百合ではない。

 彼氏は二人ともいないが、別に恋愛感情はない。

 高校では、付き合っているんですか。とか、付き合っちゃえば、とはやし立てられたりする。

 うんざりだ。

 そういうのはやめてほしい。

 気持ち悪い。

 うんざりする。

 勝手な妄想を押し付けるな。

 別に同性愛者をばかにしている、ということではない。勝手なカップリングを現実に持ち込んで話しかけられても迷惑なだけなのだ。

 分かるだろう。

 普通これくらい。

 実際に、ここにいる姫は、ある日、腹の底から怒った。

 言ってきた人間を四人、それ以外にも七人ほど投げ飛ばして、肩の骨やら腕の骨やらを外したあげく引きずりまわそうとした。体育教師が止めにこなかったら、おそらく、締め技までやっただろう。

「知ってるかしら。」

「何がだよ。」

「隣のクラスのおかっぱ。」

「あぁ。」

「数学の女教師と付き合ってるってもっぱら評判よ。」

「噂だろ。」

「手を繋いでいるところを誰かが撮ったのね、今、流れてきてる。これはもう、無理ね。言い逃れはできないわ。」

「そっとしてやればいいのに。」

「だからでしょ。」

「は。」

「気に食わないカップリングだったから、壊してやろうって誰かが思ったのよ。」

「バカじゃねぇの。」

「あら、じゃあ一言、貴方に言ってもいいかしら。」

 姫は鼻で笑うと、長く静かに息を吐いて見せる。

 そして。

 静かに歯を見せて笑った。

「宿題代わりにやって頂戴。」

「死ね、バーカ。」

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