「鎌倉の休日」後編

 それから僕とゆみ子さんは、なんだかんだ仲良く鎌倉での休日を楽しんだ。お昼にしらす丼を食べて、江ノ電に乗って大仏を見に行ったり、なぜかふたりで座禅をしたり写経をしたりした。


 日が傾き始めて、僕が「そろそろ帰ろうか」とゆみ子さんに言った時、彼女は言った。


「最後に少し行きたいところがあるの」


 ゆみ子さんは僕の手を引いて家と家の間の狭い路地をしばらく歩いた。




 ゆみ子さんの行きたいところ、それは海だった。僕とゆみ子さんは砂浜に立って、黄金色を帯びた日の光と穏やかに寄せては返す波の音に包まれていた。


「別に海に何があるってわけじゃないの。でも恋人とふたりで海を眺めるって素敵じゃない?」


 ゆみ子さんが少し恥ずかしそうな表情をした。恥ずかしそうというより、照れくさそう、といった感じかもしれない。


「そうだね」

「こういうの、少し、憧れてたの」


 彼女は、本当は自然とふたりで海を眺めて、そうしてふたりの時間を過ごせたらいいのに、そう思ってるんじゃないかな、そういった関係に憧れてるんじゃないかな、そんな気がした。


 でも、彼女は「恋人とふたりで海を眺めるって素敵じゃない?」ってわざわざ注釈をつけないとそれを実行できない。


 普段は僕をいろいろ試したり、言い負かしてみたり、ゲームを持ちかけてみたりと歪んだ愛情で接してくるゆみ子さんだけど、心の中では恥ずかしいくらいに素直でまっすぐな、そんな愛情をきっと夢見てる。


 彼女の瞳の中に黄金色の光が輝いていた。


 いま、まさにそれを変える時なんじゃないか。彼女の心の扉を開いて、まっすぐな愛情を心の奥から連れ出す時なんじゃないだろうか。


 僕は隣を歩くゆみ子さんの肩に手を回した。これからの僕たちのために。




「高橋君、今日の反省会です」


 僕はなぜ地元のマクドナルドで恋人に反省を促されているのだろう。


 あのあと僕とゆみ子さんは、鎌倉駅から電車で地元の駅まで戻ってきた。そして、「ちょっとおしゃべりして帰りましょ」とマクドナルドを指差すゆみ子さんに誘導された結果がこれである。


「高橋君、なんで海辺で唐突に私に抱きつこうとしたのかしら? おかげでびっくりして転んで尻餅ついてしまったのだけど」


 え……。いや、だって夕暮れの海辺であんな雰囲気で……。


「あなたは、本当に空気が読めないというか、相手の気持ちが読めないというか」


 むしろ、ゆみ子さんの気持ちが読める人なんているのか!?


「だから今まで彼女できたことなかったのよ」


 あれ、ゆみ子さん、中学時代に僕に恋人いたこと、知らないのか……?


「ゆみ子さん、僕、今まで恋人いたことないって言ったことあったっけ?」

「見ればわかるわ」


 そうか、なんか安心した。でも「見ればわかる」はひどくないか。


「まあ、何はともあれ、高橋君」


 まあ、何はともあれ……。


「今日は楽しかったし」


 僕も楽しかったし……。


「また、遊びましょ」

「はい、ぜひ」



【今回の余談】

高橋 「座禅も写経もゆみ子さん発案です」


【次回】

「俺は小野さんが気になっている」

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