「鎌倉の休日」中編
無事、ゆみ子さんのオードリー・ヘップバーンコスプレ写真も撮り終わり、僕たちは御本殿でお参りした。鈴を鳴らし、お賽銭を入れて、二礼二拍手一礼。ゆみ子さんとこれからも一緒にいられますように。
お参りを終えて本殿を出た途端、ゆみ子さんが言った。
「高橋君、何をお願いしたの?」
「え、何って……。ほらそういうのって誰かに言ったら叶わなくなっちゃうんじゃないかな」
「あれをご覧なさい」
ゆみ子さんは連なって掛けられている大量の絵馬を指差した。
「絵馬はどうなるのかしら? あんなにふうに白昼堂々公衆の面前にお願い事を晒しているわ。あの人たちの願い事は叶わないってわけ?」
まあ、そうかもしれない、と思ったけれど、そんなことを言ったらゆみ子さん「じゃあ、あそこで今まさに書いている人たちに言ってきてご覧なさい。『そんなとこに書いて明るみにしてしまったら、願い事、叶わなくなりますよ』ってね」とかなんとか言い出すぞ……。
「わかったわかった。正直に願い事を白状するよ」
「恥ずかしがらずに最初から素直に教えてくれればよかったのよ」
「もう腕を骨折しませんように」
「相模湾と東京湾、沈められるならどっちがいい?」
いや、え!? 冗談だし、もし冗談じゃないとしても結構切実なお願いのはずでは!?
「ゆみ子さん、あなたの愛に沈んでいきたいです」
「全然うまくない、0点」
ゆみ子さんが「おみくじ引きましょ」と持ちかけてきた。
「年始でもないのに?」
「夏至も近いし、年始みたいなものよ」
なんだその謎理論は、と思いつつもゆみ子さんに続いて僕もおみくじを引いた。さて、下半期の運勢は……。
「高橋君、待って」
「え?」
もしや。
「ゲームをしましょ」
やっぱり。
「いったい、どんなゲームをご所望でしょうか」
「そうね、運勢が悪かった方が過去に付き合った人数を告白する」
そんなデリケートな話するんですか!?
「そういえば今までそういう話、したことなかったわね」
「そ、そうですね」
実は、僕にはゆみ子さんと出会う前に一度だけ女の子と付き合った経験がある。中学時代に同級生と2週間だけ。しかも彼女は今も同じ高校に通っている。そんなこと、言えるわけない。
でも「付き合ったことがあるのはゆみ子さんだけだよ」って言ってしまえばこっちのものでは? そんなのバレなきゃいい話だし。
いや待て、ゆみ子さんがなぜこんなゲームをするのか考えるんだ。ゆみ子さん、もしかして実は僕の前の彼女のことを聞きつけていて、その噂の真相を確かめるためにこのゲームを持ちかけたのか?
だとしたらまずい。というより、そうだとしたらもうすでに詰んだも同然じゃないか……。
「さあ高橋君、せーので同時に開きましょう」
「う、うん」
「せーの」
僕のおみくじは小吉だった。うーん、これじゃ、少し弱いな。僕はゆみ子さんの手元に視線を移した。
ゆみ子さんのおみくじは……。
吉だった。
あれ……? ふたりの間に流れる静寂の時間。
「ねえ、ゆみ子さん」
「なに、高橋君」
「小吉と吉ってどっちが上?」
「……そうね、どうなのかしら」
僕はそれ以上、何も言わずに、さりげなくネットで検索してみた。これでもし小吉のほうが運勢がいいのなら、「僕の勝ち〜! さあさあ、ゆみ子さん、白状してくださ〜い」ともっていけるぞ。
"おみくじの運勢の順番には諸説ありますが、主に「大吉、中吉、小吉、吉」と続く説と「大吉、吉、中吉、小吉」という説があります。いかがでしたか?"
小吉の方が良いという説もあれば、吉の方が良いという説もある、ということか……。
「ゆみ子さん。神様は、おみくじを遊びに使うなって思し召しのようだよ」
【今回の余談】
高橋 「ゆみ子さん、恋愛運どうだった?」
ゆみ子「ええっと……『素直になれば万事うまくいく』って書いてあったわ」
高橋 「へぇ…。(神様お見通しじゃん)」
【次回】
「鎌倉の休日」後編
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