「鎌倉の休日」前編
「さて、今日は何して遊ぼうかしら」とはならないだろう、今日に限っては。というのも、昨晩ゆみ子さんからLINEが来ており、「鎌倉に行きます。朝9時に改札集合」と知らされているからだ。
突然だから少しびっくりしたけれど、鎌倉までは電車で1時間程度だからそれほど遠くはないし、たまにはお出かけというのも楽しいに違いない。それに今日は……。
「おはよう、高橋君。何か言うことはないかしら?」
「オードリー・ヘップバーンも目じゃないね」
「当然よ。さあ、行きましょ」
そう、ついこの間、僕が「オードリーにぞっこん!」などと言ったのに動揺したゆみ子さんは「次の日曜日、楽しみにしていなさい」と言い放って帰っていった。なので僕は大変楽しみにしていたのだ。
白いブラウスと空色のロングスカートを身にまとい、ミディアムの髪を後ろで結んでいるゆみ子さんの姿は、本当にオードリー・ヘップバーンも目じゃないくらいに僕のハートを完全に射抜いた。
ゆみ子さんは普段、落ち着いたというか、暗い色の服ばかり着ていた。髪もロングヘアのストレートで、今まで短くしたと感じるほど切ったこともなければ、結んだところも見たことがなかった。もちろん、そうしたゆみ子さんもとても魅力的だったのだけれど、今日の姿を見せられてしまっては鎌倉どころではない。
「何見てるの?」
「車窓だよ、車窓」
「あ、そう」
そんなことを言い合っているうちに電車は鎌倉駅に到着したのだった。
梅雨の合間の晴れた日曜日。鎌倉駅は観光客で賑わっていた。
「ゆみ子さん、まず、どこ行く?」
「そうね、まずはお参りしなくてはなりませんね」
ということで僕たちは最初に鶴岡八幡宮に向かうことにして、小町通りを歩き始めた。
「そういえばゆみ子さん、なんで鎌倉なの」
「お気に召さない?」
「いや、そうじゃなくて、単純になんでかなぁって」
「コトでしょ」
「コト?」
「ローマも鎌倉もどっちも古都でしょ」
「……なるほど?」
え、もしかして『ローマの休日』意識してる? そうなの?
小町通りが終わりかけたところでゆみ子さんが立ち止まった。
「ゆみ子さん?」
「あのお店、寄ろう」
ゆみ子さんが指差す先にはジェラートのお店があった。
めっちゃ『ローマの休日』意識してるじゃん!! あれでしょ、映画の中のあの階段のところでオードリー・ヘップバーンが食べてたやつでしょ!
「ゆみ子さん、そういえば『ローマの休日』でもオードリーが食べてたよね」
「……え、そうだったかしら。私、途中から寝ちゃってて、多分そのシーン見てないわ」
いま、微妙な間があったぞ! 図星かよ。ゆみ子さん、かわいいかよ。
ジェラートを手にした僕たちは鶴岡八幡宮に到着した。道中、僕は自分のジェラートを食べ切ってしまったが、ゆみ子さんはちょびちょび食べているのか、まだ十二分に残っている。
「ゆみ子さん、早く食べないと溶けちゃうよ」
「早く食べてもお腹を冷やすわ」
それもそうだが……。
「ねえ、ここで写真撮ってくれない?」
「ここで?」
そこは鶴岡八幡宮の本殿へと続く、幅が広く、それなりに段数もある石段だった。
「まあ、いいけど」
そう言って僕はスマートフォンを彼女に向けた。
「あっ」
カメラのフレームの中にいる彼女は、『ローマの休日』のワンシーン、街中の階段でジェラートを食べているオードリー・ヘップバーンにそっくりだった。まったく彼女は素直じゃなさすぎるんだよな。
僕は「今日も麗うるわしいですね、僕のオードリーさん」と言ってシャッターを切った。
【今回の余談】
高橋 「髪を結んだのはどういう?」
ゆみ子「うなじ見せは男子の劣情を煽ると聞いたので」
高橋 「劣情って言わないで……」
【次回】
「鎌倉の休日」中編
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます