「スーパー銭湯に行く」前編

 テスト明け初めてのデート。ゆみ子さんご所望の"怪文書"は無事完成したが、その日のデートプランはまだ決まっていなかった。


「それでゆみ子さん、今日は何がしたい?」


 と僕が尋ねると、数秒宙を仰いだ後、彼女は僕の目を見て言った。


「ゆっくりお湯に浸かりたい、テストも終わったことだし。落ちこぼれのあなたと違って上位数%のところで戦ってる人間はものすごく疲れるの」


 そして彼女はスマホで何かを調べはじめた。


「あった。天国の湯、駅前から送迎バスが出てる」

「天国の湯?」

「高橋君って何も知らないのね、最近できたスーパー銭湯よ」


 近所に最近できたスーパー銭湯を把握していないくらいで無知のレッテルを貼られたくはないが、まあ、のんびりお湯に浸かるのは悪い気はしない。


「スーパー銭湯いいね」

「じゃあ、早速、バス乗り場に向かいましょ」

「あ、ゆみ子さん、ちょっと待って」


 いや、冷静に考えてデートでスーパー銭湯っておかしくないか。だって、普通にお風呂は男女別でしょ? だったらデートで行く意味なくないか。


「ゆみ子さん、お風呂って男女別だよね」

「え、なに、高橋君、混浴がいいの? そんなに私の裸が見たいわけ? 結局私の体が目当てで付き合ってるってことなの? 高校生男子ってこれだから嫌になる。いやらしい、いやらしい。体が目当てならほかの女を当たってちょうだい。私はあなたの……」

「いや、違う違う! ほらデートなのにお風呂だと別々でしょ。それじゃあ、あんまりデートの意味がないんじゃないかって」

「うーん、じゃあ今日はもう解散。天国の湯、ひとりで行くね」

「って思ったけど、よくよく考え直してみたらデートでスーパー銭湯って最高だわ、ゆみ子さんマジ天才」


 そうして僕たちは駅前から送迎バスに乗り込んだのだった。




 お風呂はもちろん男女別だったが、広い湯船に浸かったおかげでテスト期間に溜まった疲れは癒された。落ちこぼれでもテストは疲れるのである。


 ああ、気持ちよかったぁ、とさっぱりした気分で脱衣所を出ると、女湯の入り口の前でゆみ子さんがひとり佇んでいた。しかもうつむきがちに。


「ゆ、ゆみ子さん、ま、待った?」

「ええ、相当待ちました」

「え、どのくらい?」

「かれこれ30分は」


 いや、そんなことはないでしょ、だってまだ45分くらいしかたってないよ!? え、15分で入って出てきたの? でも髪それ絶対ドライヤーでしっかり乾かしたでしょ、めちゃくちゃサラッサラになってんじゃん! 服脱いで、風呂入って、体拭いて、服着て、髪乾かして15分!? というか「ゆっくりお湯に浸かりたい」って言ってなかった? 言ってたよね!?


「本当に30分も待ったの?」

「私のことが信じられないわけ?」


 そう言って彼女はお食事処の方へスタスタ歩いていった。うーん、冗談だよな、いやでも、だとしたらあんな素ぶりできるか普通? まあ、ゆみ子さんに普通は通用しないか、などと考えながら僕は彼女の後に続いてお食事処に入った。




 お食事処はお昼を過ぎていたためか、かなり空いていた。僕らは窓際のテーブル席に通された。


「腹減った、お昼まだだったもんね。ゆみ子さん、何食べる?」


 僕がメニューに手を伸ばそうとしたその瞬間、彼女はサッとメニューを手に取った。


「私、お刺身が食べたい。高橋君も食べるでしょ」

「まあ、別にいいけど」

「あ、いいこと思いついた。ゲームをしましょ」

「ゲーム?」


 また彼女は何か目論んでいる……。スーパー銭湯のお食事処で、一体どんなゲームをしようというのだろうか。






【今回の余談】

高橋 「お風呂、本当に15分で入って出てきたの?」

ゆみ子「何言ってるの? 私、1時間以上入ってたのよ」

高橋 「……あ、これは完全に僕が悪い」(←時計読むの苦手)


【次回】

「スーパー銭湯に行く」後編

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