21 白光、水しぶき
「可愛いじゃん!」
「そ、そう?」
二人組の少女の一方が歓声を上げれば、もう一方が戸惑いがちな声音で伺うように尋ねる。
商業施設の水着売り場。季節は折しも夏真っ只中のオンシーズンのことだ。
大きな姿見の前で水着を合わせて、ためつすがめつ。入念に見比べる少女たちの目は真剣そのもの。
「確かに可愛い。かな……」
「でしょ? すごく似合ってるよ」
「ええ……でもなあ……」
「何が不満なのよ! いちばん最初にそれ手に取ってたじゃん。気に入ったんでしょ? 決めちゃいなって」
祐子は頬をふくらませて、親友を小突いた。
親友が煮え切らない態度に突入してから、もう十分も経つ。やりとりはいつまでも
困り顔の少女――葉月は『それ』を手にしたまま、眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
『それ』。
フリルがいかにも可愛らしい、ビスチェ風のビキニのことだ。
モスグリーンの落ち着いた色合いながらも、チェック柄なところにしっかり華やかさが加味されている。
露出が多すぎるわけでもなく、高校生の葉月にはちょうど良いデザインだ。
売り場にやってきた葉月がすぐにそれに目をとめたのを、祐子はちゃんと見ていたのだ。
「でもなあ……本当に着るの、これ?」
「そりゃ着るでしょ。今更水着が恥ずかしいとか言わないでよ? 水泳部よ、うちら」
呆れたように言った祐子は、うじうじとしり込みする葉月の背中を叩く。
そう、とにかくどれかに決めなければならないのだ。今日の二人の目的は水着を買うことなのだから。
祐子と葉月は、二人とも高校の水泳部の部員だ。
毎日のように学校近くの屋内プールで他の部員たちと練習に励んでいる。
たまの部活の休みに、みんなでレジャープールに行こうと言う計画が持ち上がったのはつい数日前のことだ。
熱心に部活動に励むのも大事だが、せっかくの夏休み。遊びだって満喫したいという実に高校生らしい本音の結果だ。
そこで不意に、祐子の親友である葉月が驚きのセリフを放ったのだ。
「レジャープールって、競泳用水着じゃダメなの?」
聞いてみれば葉月は小学校時代から水泳を続けているものの、レジャーでは海にもプールにも行ったことがないのだと言う。
レジャープールといえどもプール。競泳用水着が絶対ダメというわけでもないだろうが、場の雰囲気からして浮くことは間違いないだろう。
それに何より。
「ダメだよ! だって春樹も来るんだよ、葉月!」
「ま、まあ確かに男子もみんな来るって言ってたけど……」
祐子が力説するのには訳がある。
春樹というのは水泳部の男子部員で、祐子や葉月と同じ二年生。
春樹と葉月は、お互いに好意を持っているのが明らかな関係なのだ。奥手な二人はまだどちらからも言い出せていないけれど、水泳部の面々がみんなもどかしく思うくらいの両思いぶりだ。しかしこればっかりは、二人の代わりに出しゃばるわけにはいかない。
「いつもとちょっと違う葉月を見たら、きっと春樹も喜んじゃうと思うよ」
なかなか踏み出せない親友たちの背中を押してあげたい。
ちょっとお節介だとは思うけど、祐子はいつもそんな気持ちでいっぱいなのだ。
実際、今回は良い機会になる気がしていた。
練習の時はもちろんみんな水着姿。だからそんなのは見慣れたものだと葉月は思っているのだろうが……。
好きな女の子の、いつもとは一味違う可愛い水着姿を見て、惚れ直さない男はいないはずだ。
『春樹が喜ぶ』という祐子の言葉が決め手になり、葉月は水着を持ってやっとレジに向かっていった。
ウンウンと満足気にうなずきながら、祐子は彼女の後ろ姿を見送るのだった。
そして楽しみにしていた約束の当日がやってきた。
水泳部の面々で待ち合わせ、みんなでバスでレジャープールへと向かう。
レジャープールに到着して着替えを済ませ、分かれていた男女が合流する瞬間。
葉月も、それを見守る祐子たち『葉月応援団』も、やはりそのタイミングが一番ドキドキしていた。
「祐子……、変じゃない? 似合ってる? この水着」
「何回聞くのよ葉月。すっごい似合ってるから! 絶対大丈夫。ほら、猫背にならないの! ね、みんな!」
「そうだよ、めちゃくちゃ可愛いから!」
「絶対間違いない!」
他の女子たちも祐子の言葉を裏づけるように、次々と後押しを始める。
それが葉月を勇気づけたのか、葉月は大会の時のような堂々とした姿を取り戻して更衣室からプールへと足を踏み出して行ったのだった。
そこからはトントン拍子に話が進んだ。
女子たちに後押しされた葉月と、男子たちに後押しされた春樹。
二人がぎこちなくもお互いを褒め合って、楽しげに話し始めるまでそれほど時間はかからなかった。
今までよりぐっと接近した二人の姿を見て、祐子はほっと胸をなでおろし、波のプールをたゆたいながら満面の笑顔を浮かべていた。
「やれやれ、やっと進展しましたかー」
「良かったね、葉月と春樹が上手くいって。祐子、すごく気にかけてたもんね」
「本当に良かったよ。どうなるかと思ったけど、やっぱりキッカケって大事なんだね」
ずいぶん心配したけれど、どうやら親友の恋はちゃんと実りそうだ。
満足気にうなずいている祐子。そんな様子を見て、葉月と祐子という二人の友人を見守っていた歩弓も微笑む。そしてすぐに首を傾げた。
「じゃ、今度は祐子の番かな?」
「あはは、私は良いって。そんな相手もいないしね」
思わぬことを言われてちょっと目を丸くした祐子は、笑いながらそう答えた。
そうかな? などと意味深な笑みを浮かべてからかう歩弓にイタズラで水をかければ、他の部員たちも乱入してきて、すぐに盛大な水遊びに発展する。
一瞬で水辺は少年少女たちの明るい笑い声に満ち溢れた。
白光、水しぶき。
きらめき揺れる水面は夏の色。
一心に親友を見つめていた祐子が、自分に向けられた視線に気づくまでは、あと少し。
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