20 枯尾花

「……というわけで、この学校のどこかの教室には今も浮かばれない女の子の霊が出るんだって」

「えー! やだー!」

「どこの教室なんだろ……」


 女子生徒の一人が神妙な顔で語り終える。

 周りの女子たちはさざめいて、怖がる子もいれば笑っている子もいた。


 怪談話は、やっぱり盛り上がる。

 夏といえばこれでしょ、の一声で始まった放課後の教室での集まりは、最後にはそれなりの規模の輪になっていた。


 初めの一人を皮切りに、みんなそれぞれが取っておきの怖い話を語る。

 友達の友達から聞いた話。ネットで拾った話。ごくまれに自分自身の体験談。

 思い思いに、いかにも怖いよという口調で、ここだけの話は共有されていく。


「あー、怖かった。すっかり涼しい気分になっちゃった」

「そろそろ下校時間だよね。誰か、最後に話す?」


 下校を促すチャイムが鳴り響いている。

 そこで私は手を挙げた。

 シメの話を求めるみんなの目線と期待が、私に集中する。


「じゃあ最後に私が。実はさっきの女の子の幽霊の話には続きがあってね……」


 私はゆっくりと語り始めた。



「女の子の霊は、いつも夕方頃に目撃されるの。ちょうど今くらいの時間にね。でも実は彼女は、決まった教室に出るわけじゃないんだって」


 射し込む西日は、だいぶ低くなっている。

 へえ、とうなずきながらみんなは話の続きを待っている。


「彼女はね、いつの間にか、みんなの中に混ざっているの。放課後残ってみんなで話をしているでしょ、それで『さあ帰ろう』と思ってふと人数を数えると、なぜか一人多い」


 私の言葉を聞いた女子生徒たちは、なんとなくそわそわして、お互いの顔を見合わせている。


「増えてるんだよ、一人。でも誰が増えてるか、絶対わからないの。誰を見ても、みんな知っている子に思えちゃう。その増えた一人が、本当は幽霊なのに。もしかして、今みんなの隣にいるのは……」


 みんながみんな、息を飲む。

 そこでパン! と手を叩いたら、みんな驚いて飛び上がってしまった。


「なんてね。はい、おしまい! 怖かった?」


 私がそう締めくくると、目を丸くして竦み上がっていた女子たちのうち誰かが笑い出す。

 その笑いはだんだんとみんなに伝わって、最後には大笑いになった。


「やだもう、めちゃくちゃビックリした!」

「脅かさないでよ! 今絶対幽霊出たと思った」


 軽い非難を込めながら私を小突いてくる他の子に、私も笑いながら答える。


「幽霊の正体見たり枯れ尾花って言うじゃん。怖がるとススキみたいなちょっとしたものがオバケに見えちゃうんだって」

「ビビったら負けってことだね」

「あー、なんかオチがついてうまくまとめられた感じ!」

「じゃあ帰ろっか!」


 時間もちょうど良く、怪談話の会は完全にお開きのムードになった。

 みんな、帰ろう帰ろうと、それぞれ机に置いてあった荷物を持ち次々と教室を出ていく。

 怖かったね、なんて口々に言いながら。



 私はそんなみんなの背中を見送りながら、少し笑った。

 みんな気づかなかったのかな? それとも気づかないふりをしたのかな。

 あの時教室にいた子の数が、本当に一人多かったってこと。


 オバケの話を聞くの、オバケは大好きなんだよ。

 誰だって自分の噂話されてたら、興味が出て聞きたくなっちゃうでしょ。

 オバケの話をしたら、集まってきちゃうの。

 結構集まってたんだよ。みんなは知っていた?


 幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 でも待って、よく見て。その枯尾花、本当にただのススキだった?

 本当は、違うものじゃなかった?


 誰もいなくなった教室を、オレンジ色の太陽が照らしている。

 今日は楽しい一日だった。

 夏は私の一番好きな季節だ。こんなことがよくあるから。


 ノイズ混じりの校内放送の名残が、ブツンと切れた。

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