17 今はもう、ない
朝早く飛び起きれば、まずはラジオ体操。
いつもの顔ぶれと交わすのは、朝のあいさつ。
少しひんやりとした空気の中、手足を、体をうんと伸ばす。朝から体の隅々まで元気はみなぎっている。
日が高く昇ってきたら、プールへ行こう。
特別な設備があるわけじゃないけど、みんなで水遊びして泳ぐだけで十分に楽しいから。
太陽が降り注ぐ中、いつの間にか肌はこんがり小麦色だ。
目いっぱい体を動かしてペコペコのおなかに、お昼のそうめんがおいしい。
おなかがふくれたら、風通しの良い部屋でお昼寝をするのだ。
うちわも大事、忘れちゃいけない。
目が覚めたあとは、嫌々ながらも宿題を進める。
鉛筆を握りしめ、ノートにかじりつく。
夏休みの終わりまでにちゃんと終わらせるのも、子どもの仕事のうちなのだ。
三時のおやつはスイカ? それともかき氷。シロップをたっぷりでお願いします。
冷たい麦茶は夏のおとも。汗をかいたコップといつでも一緒だ。
蝉の声がうるさいくらいに大きい。
どこかの家の軒先の風鈴がチリンと鳴っている。
日が傾いてくれば、暑さも和らぐ。
長い影を引っ張って、道の先のどこまでもひまわりが並んでいる。
夜は時には花火。時には肝試し。
少し大きなテレビの音。瓶ビールと栓抜き。
お盆に遊びに行ったおばあちゃんの家の蚊帳に、そーっと忍び込むように入る面白さ。
夏の景色は色濃くまぶたの裏に焼き付いて、昨日のことのようにはっきりと思い出される。
けれどそれは、今はもう、ない。
何もない。
あの頃の友達はいない。祖父母も亡くなり、短い夏休みを淀んだ都会の人混みの中で過ごすだけだ。
休みに家から出る元気があるはずもない。
薄暗い街灯の下、落ちた蝉が今にも命を終えようとしている。
今の自分からは失われてしまったものばかり。
思い出せば、ただ切ないだけ。
夏の終わり。
ただ暑いだけの夏の終わり。
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