16 みみとしっぽのくに
「君は何が得意なの?」
無邪気な口調でそう問われ、私は硬直してしまった。
得意なもの。できること。持っている資格。
履歴書で何度も目にし、面接でも何度も聞かれた項目だ。
相手だって真剣に尋ねているわけではない。でも適当に言葉を選べば良いだけなのにできず、結局その態度が良くないとふるいにかけられてしまう。
苦々しいしくじりの記憶を刺激されて、今回もまた言葉が出てこなかった。
とかく、自信というものに縁がなかった。
胸を張ってこれが自分ですと言うことができない。
しかし同じ親の元で育った弟妹は自分とは違ったので、教育方針が悪いわけでもないようだ。
だとすれば、やはり私に欠陥があるとしか考えられない。
ぐるぐると考え込んでしまう。
私は――。
「ねえ、どうしたの?」
「えっ? あ、うん……」
思考の迷路にはまっていた私を、呼びかけの声が現実へと引き戻した。
私のちょうど正面の席には、陶器のマグカップを持った少年が座っている。
少年は少しだけ普通と違う。
彼の頭の上には、ぴょこんと大きな猫の耳がついているのだ。
さらに言うとおしりの辺りには、しましまの長いしっぽも生えている。
というか、このカフェにいる私以外の人はみんなそうだ。
誰もが動物の耳を、そして長さや形は違うけどしっぽを持っている。
ここでは、普通と違うのは私の方なのだった。
「もしかして難しい質問だった? ごめんね。君にはなにができるのかよくわからなかったから、知りたかったんだ。僕、『人間』って初めて見たからさ」
そう、実は私はこの世界でひとりきりの『人間』だ。
今流行りの異世界転移とやらで、ここにやってきた。
『人間』はこの世界では伝説上の生き物らしい。大昔に滅んでしまって、今は物語の中でだけ語られる存在なのだそうだ。
ちなみに目の前の少年は、少年に見えるけど立派な成人で、突然飛ばされたこの世界で困っていた私の保護者になってくれた恩人だ。
「みんなさ、結構はっきり苦手なことと得意なことがあるんだ。例えば僕は木登りは得意だけど、水に入るのは苦手だし泳げない。そういうシンプルなことで良いんだけど……」
得意なことか、なんだろう。
頭を抱えてしまった。
「苦手なことならたくさんあります。走るのは遅くて、泳ぐのは下手で、木は登れないです。空を飛んだりすることはできないし、力持ちでもなくてケンカは弱い……」
「ふむふむ……」
みじめな弱音を並べただけの話になっているのに、彼は真面目な顔で聞いてくれる。
「思いつかないんです、これと言って。……何ができるかって言われると……」
こういう時、私以外の人だったらはっきりとした回答が出せただろうか。
私にはこれができる! と信じるだけで、答えにはなるだろうに……。
本当に煮え切らない。自分が嫌になる。
なんだろう、私なりに導き出せる答えって。
その時、考え込んでいる私を見て、少年はなにか閃いたとばかりに膝を打った。
「わかった! それじゃない?」
「はい?」
「『考える』ことじゃない? 君がさっきからずっとやってる」
でしょ? と彼は犬歯が見えるほどにっこりと笑う。
間違いないだろうと言わんばかりで、得意げなくらいだ。
「……これも特技って言って良いんでしょうか?」
「そりゃ良いでしょ! みんなもっとのほほんとしてて、君みたいに一生懸命考える人なんてそうはいないよ。そうかあ、『考える』のが得意なんだね、人間は」
いたく感心されてしまった。
呆気にとられてしまったが、反面ひどくほっとした気持ちになる。
私にもあったのか、得意なことが。
「それじゃ、君にはこの国でできることはいっぱいありそうだ。これから楽しみだね。じっくり考えられる人って、色んなところで重宝されているから」
「そうなんですか……」
じっくり考えることができる、か。
そんなふうに思ってみたことはなかった。
『いつまでもグダグダ考えていないで、さっさと行動しろ』。
そう急かされてばかりだったから。
でも……。
「私、『考えて』みたいです。この国で私がなにができるのかって」
「良いね、ぜひそうしてみて。あ、でもね、取り急ぎ考えた方が良いことがあるかも」
そう言った少年は猫耳をぴこぴこと動かし、しっぽをくるんと巻いた。
そして彼が私に差し出したのは、木のボードにクリップで留められたこのカフェのメニューだ。
「デザートは何にする? これは急ぎの案件だと思うな。僕としてはバニラアイスの乗ったワッフルがオススメなんだけど、季節のパンケーキも捨てがたいよね」
「素敵ですね、どっちも。確かに急ぎの案件です」
さあ、どれに挑戦してみようかな。
私はゆっくりと考え始めた。
こんなにのびのびと考えられるのは久しぶりだった。
みみとしっぽの国で流れる時間。
それは、とてもとても優しかった。
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