12 鉄錆が降る

 救いようのない馬鹿がひとり、死んだ。


 歪んだアスファルトには降り続ける雨が溜まっていく。

 ビルに叩きつける雨粒は大きく、バチバチと音を立てる。

 鉄錆の臭いが、湿った空気の中に漂っていた。

 街を行く人間は皆足早に過ぎ去り、ひとりの人間の死の顛末なんて振り返りもしない。


 人はそういうものだ。この街もそういうものだ。




 ――あいつは筋金入りの馬鹿だった。


 誰もやりたがらない、得にもならない目立たない仕事を引き受けるような奴だった。

 雨の日に傘を盗まれても、「他の人のじゃなくて良かった」なんて笑ってずぶ濡れになるようなお人好しだった。

 へらへら笑いが鼻につくくらい、いつも機嫌が良さそうにしている奴だった。

 知らない人間を助けるのに少しも躊躇わないような奴だった。




 だから死んだ。

 本当に救いようのない馬鹿だから。



 足元に溜まった水は、赤く濁って鉄錆の臭いを発している。

 ゆらゆらと波紋が広がっていく。



「仇はとってやるよ」


 暮れかけた空の下ぽつりと零した呟きに、もし奴が答えるとしたら。


「仇討ちなんてどうでもいいから、その分お前が幸せになれよ」


 なんて言うんだろう。

 何も分かっていない。

 そんなことを言うのが極め付きの馬鹿の証だった。


 自分をちゃんと勘定に入れろ。

 もっと前にそう言っておけばよかった。

 それは永遠に取り返しのつかない後悔。



 仇をとるなんて、ただの自己満足。

 そんなことは初めからわかっている。

 それでも――。


 死んだ奴には文句も言えない。

 死んだお前が悪いんだから。

 どこかで見ているなら、簡単にくたばったことを少しでも悔いてみろよと思う。



 やまない雨がありがたい。

 無機質なこの街に、今夜鉄錆の雨が降るだろう。

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