10 時にはあめのように

 ざあざあと音を立てて降る雨のように、激しい感情があふれ出してくる。

 涙は、とめどなく流れる。

 透き通ったその粒の上に、悲しみを、痛みを、すべて乗せて。



 葬儀はしめやかに執り行われた。

 弔問客がやって来ては故人を偲び、帰っていく。

 喪主は故人の娘に当たる彼女だ。

 ひっきりなしに訪れる客への応対や葬儀業者とのやりとりに追われ、ことさら気を張り詰めていたらしい。

 気丈で立派だねと言われるくらい、しっかりすぎるほどに彼女は喪主のつとめを果たしていた。

 静かな静かな夜のことだった。


 傍で見ていた僕は、かえって彼女のことが心配になっていた。

 喪失の悲しみを簡単にどうにかできるはずもない。

 それを気丈さという箱に無理に押し込めてしまえば、後に歪みが出てくるのではないか。


「泣かないんだね、君は」

「泣いてる暇、ないから」


 彼女の答えは素っ気なかった。

 暇はないという彼女は、あえて忙しくして心を置いてけぼりにしようとしているように見えた。

 置いてけぼりにされる心のことを考えると、胸が痛んだ。そうすると決めた彼女のことを考えると、なおさら。


 葬儀が終わり帰ろうかという頃に、雨が降り出した。本降りで、なかなかの大雨だ。

 それで僕はふと思いついた。

 外れた天気予報に恨み言を言う彼女の手を引いたのだ。

 屋根から一歩踏みだすと、僕らはあっという間にずぶ濡れになった。


「ちょっと、何なの! 濡れちゃったでしょ!」

「そうだよ。だからもう、良いじゃない」

「何が良いって言うのよ」

「良いじゃない。ちょっとくらい泣いたってわかんないと思うよ」


 虚をつかれた顔になった彼女。

 その表情が見る見るうちに、くしゃっと歪んでいく。


 流れていく水の、何処までが涙で何処からが雨なのか。

 その境はとても曖昧になっていた。


「本当は悲しかった。つらかった、すごく」


 そんな声が聞こえた気がした。

 大粒の雨は、泣けない彼女の涙の代わり。

 濡れて重くなった喪服ごと、濡れそぼった体を抱きしめる。


 天の涙は流れていく。

 心の澱も流れていく。

 時には、あめのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る