戦場に嗤う死神(デス)②

「あのデスガイアって男、何者なの?」

 戦場に向かう馬車の中で、奴を連れてきた新人の兵士にたずねる。


「あの男はガリリュース北部に封印されていた、魔の者たちの王だった男だそうです」


「は? 魔物の親玉ってこと?」


「ええ。モンスターと死者は数百年前にガリリュース王家の先祖が封印したという話ですけど、実際は和平と不可侵条約だったそうで、魔の者たちはガリリュースの北にある広大な地下に王国を築いていたんだとか」

 新兵は妙に詳しくガリリュースの歴史を語る。


「で、その親玉がなんでガリリュースの指揮官なワケ?」

 意味が分からない。


「彼は、これから封印を解く魔の者の軍勢の指揮官になるそうです」


「ああ……」


「彼らもやっぱり、外の世界に出たかったみたいです。不可侵条約と言っても封印は封印。ガリリュースの国王の施した封印が、魔の者の国の王に負けたとき、封印が解除され、魔の者を解放する代わりに、彼らにガリリュースを守らせるという約束になっていたみたいです。で、デスガイア氏はカムラ王の魔力には勝てないとみて、交渉の末、数名の部下と共に〝首輪付き〟で出てきたそうです。」


「首輪ねぇ……陰険なガリリュースのことだ。力を抑えられてんだろ。仮にも王だった男が、カムラの下で働かされるなんて。なんでそれで平然としてられるんだろ。私だったら、絶対いやだね」

 私は自分の武器をチェックしながら、つぶやいた。


「どんな気持ちなんでしょうね……まあ、とりあえず彼の部下を連れていけば、マクスウェルとも渡り合えるらしいですから」


「マクスウェルの本隊なんて、そんなに強いもんなの? 奴隷戦争をずーっと続けてきた様な経済国が。デカいだけなんじゃない?」


「規模だけなら本隊は世界一です。それに……摂政のセンダギと将軍のヴァイオレットの二人だけで、五大国の一兵団を十秒で殲滅したという恐ろしいうわさもあるので……」


「それなら、私や団長だって同じようなもんでしょ」

 私はロープを持ってぴん、と張る。よし。問題なし。このロープは、魔法糸で編んだ私の愛用武器だ。


「あ、そろそろ国境です。布をかぶってください」


「へいへい」


 私たち極光旅団の本部は、五大国パネロースのはずれに位置する、洞窟の中にある。

 五大国が私たちを雇わない事は周知の事実。それを逆手にとって、あえて五大国の中に居を構えている。

 今のアジトはもう十年以上使っているらしい。


 今回はいつも通り旅商人を装ってパネロース国境を抜け、北東の小国を複数経由してガリリュースの北部にある封印地へ向かい、デスガイアの部下の封印を解いてモンスターを引き連れて、マクスウェルを叩くという予定。

 報酬はいつもの数倍。私たちが先発隊だが、団長やほかの隊も加勢する予定になっている。


 私たちがこの国にアジトを作ったのは、ほかの国よりも検問が緩いから、という理由もある。だいたいが積み荷もろくに確認せずに通してしまう。国内から国外に出る時なんて、なおさらチェックが甘い。


 しかし、今日はいつもと様子が違った。


 パネロースの国境の門はいつも開きっぱなしで、開門の音など聞こえてくるはずもないのに、今日は木が軋む音が聞こえてきた。門が、閉まっていたらしい。


 このまま石造りの門を抜けたら外に出られるはずだった。しかし……


「ちょっとよろしいですか?」

 パネロース南部訛りの男の声が聞こえてきて、私たちは身体を硬直させる。


「おかしいなぁ。いっつもこんなに荷物積んではります?」


「え、ええ。積んでますよ?」

 御者に扮した部下が、下手くそな返答をする。バカ野郎。


「僕ね、今日たまたまここに来たんですけどね。こらぁ、確認体制を変えなあかんなぁ。ずさん過ぎるわ。なぁ?」

 男の声が部下に向けられたらしく、パネロースの国境兵は「は、はい! 申し訳ございません!」と裏声で答えた。


「しゃぁないわ。僕が直接見ます。ちょっと失礼……」

 荷台を男が覗き込む。


「んん……?」

 男が私たちに手を伸ばそうとする。


 もう、仕方ないや。


 私はロープを放って男の腕に絡め、魔力を込める。


「うおっ⁉」

 男は驚きながらも冷静に、私の絡めたロープから逃れた。


「チッ! 魔導士か!」


 私たちは一斉に飛び出す。

 さっき、私にデスガイアの事を伝えてくれた新兵は意外と動きが良く、飛び出した瞬間にパネロースの国境兵を一突きにして殺していた。


「あんた、やるじゃん!」

 私も嬉しくなって、目の前でうろたえるナマクラ兵どもの首にロープを巻き付ける。


「うぐっ……かはっ……」

 パネロース兵は簡単に死んだ。手ごたえ無し。五大国の国境兵なんて、雑魚ばっかだ。


「はぁ……かなわんわぁ……僕が来るといっつもトラブル発生や」

 私のロープから逃れた訛りの強い魔導士が、かなり離れた位置でぼやいている。


「アンタでしょ! 私たちを引きずり出したのは!」

 私はロープを魔導士に放つ。重りをつけなくても、真っ直ぐに向かって行く魔法糸のロープ。


「リードルート様! 危ない!」

 パネロース兵が魔導士をかばおうとしたが、魔導士はその兵士を突き飛ばした。


「大丈夫や。気にせんといて……大地の槌!」


 リードルートと呼ばれた魔導士がそう言った瞬間、大地が大きく振動し、国境の門の地面が大きく盛り上がって、私たちの身長の三倍の高さになり……雪崩となって降り注ぎながら、大量の石つぶてが飛んできた。


「ちょっと! 大地の槌ってこんな魔法じゃないじゃない!」

 私はロープで大量の石を捌きながら、魔導士に抗議した。仲間が続々倒れていく。


「僕のはこんな魔法なんですよ」


「ふざけた魔導士ね……ぶっ殺してやるわ……」

 私は笑顔になる。強いやつと戦うときはいつもこの表情が、思わず出てくる。


「おお、怖。僕も本気でいかせてもらいます」

 ふざけた魔導士も、笑顔だった。


 なんだ。同類じゃない。


「楽しめそうね……!」

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